第10話 親心と友人との再会

 娘を救ってくれたのであれば、誰であろうと恵比須様の様な笑顔になるが、結婚相手となると話は別である。今、ティアナの父親のテオドール卿は仁王様の様な顔をして俺を睨みつけている。


「貴様ぁぁ!!! 自分が何をしでかしたのか分かっているのかぁぁ!!」


 テオドール卿の雷鳴のような怒鳴り声が響く。


「まぁまぁ、よろしいじゃありませんの、あなた」


 母親のテレーゼ夫人がころころと笑いながら夫のテオドール卿に声をかける。


「しかし、お前! こいつはな! 報酬に娘のティアナを要求しているんだぞ!!」


 テオドール卿は突き刺しそうな勢いでわしを指差す。


「いいじゃありませんの、どこかに連れていくわけでもなし、ここに居てくれるのでしょ? カイさん」


「はい! そうであります!!」


 何故かわしは軍人の様な構えで答えていた。


「しかしだな! こいつはティアナを垂らし込んで…」


「あなた!」


 テオドール卿の怒声をテレーゼ夫人の気迫ある声が遮る。


「よく聞いて下さい…ティアナは二か月も姿を消し、私たちはもはやティアナの事を諦めかけていました… でもティアナは帰って来た。それだけでも十分喜ばしい事じゃありませんか…」


 テレーゼ夫人の言葉にテオドール卿は小さく頷く。


「それだけではなく、ティアナは伴侶となる方を見つけ出し、そして、私たちに孫まで授けてくれるのよ、おめでたいじゃありませんか」


「えっ?」


「えっ?」


 テレーゼ夫人の言葉にわしとテオドール卿は同じ言葉を漏らす。


「テレーゼ、今、孫といったか?」


「はい、もうしましたよ」


「その孫が出来るのは、弟のトビアスではなく、姉のティアナの方なのだな?」


「はい、そうですよ」


 テレーゼ夫人はにっこりと答える。しかし、テオドール卿は再び仁王の顔をしてわしの方に向き直る。


「貴様ぁぁぁぁ!!! わしの娘をぉぉぉ!!!」


 そう言ってテオドール卿は腰の剣に手を掛ける。


 その時、わしは今度こそ殺されると思った。


「あなた!!なりませんよ!!」


 テレーゼ夫人がぴしゃりと声をあげる。


「テレーゼ! だが、コイツは!!」


「あなた! カイさんを手にかけたら、ティアナはお腹の子供と共に命を断ってカイさんの後を追いますよ。そうなれば、今度こそ、ティアナは私たちの手の届かない所へ行ってしまいます…それでもよろしいのですか?」


「そ、それは…」


 テレーゼ夫人の言葉にテオドール卿は目を伏せる。


「それにティアナはもうおむつをしていた子供ではなく、立派な女性になったのです。いい加減、子離れしてください。その代わり、今までの愛情を孫に向ければいいのですよ…」


「そうか…私に孫ができるのか…」


 テレーゼ夫人の諭すような言葉に、テオドール卿が頷く。


「分かった、孫に愛情を向けよう…だが…」


 テオドール卿が仁王の顔してこちらに振り向く。


「お前は別だからな!!」



 こうして、ティアナは玉の様な男の子を産んだ。二人で相談して、アイヒェルと名付けた。テオドール卿は言葉通りに恵比須顔になって孫のアイヒェルに愛情を注いだ。わしには仁王顔のママであったが…


 アイヒェルが六歳になった時に、わしとティアナにこんな話をしてきた。


「お母様、お父様、どうして私の名前はドングリを意味するアイヒェルなのですか?」


 わしらはその言葉に二人で微笑んだ。


 そして、アイヒェルが10歳になるころ、あれほど元気だったテオドール卿が病で倒れた。そして、わしはそのテオドール卿に呼び出された。


「私はお前の事が嫌いだ。私の大事な娘を奪ったお前の事が嫌いだ。私はこの世界で一番ティアナの事を愛している男だ。しかし、私はもう長くはもたん… 私の亡き後、ティアナの事を一番愛している男はお前になる。ティアナの事は頼んだぞ…」


 あれほど仁王の顔をわしに向けていたテオドール卿が菩薩の様な顔になっていた。

 

 そして、テオドール卿が亡くなり盛大な葬儀が執り行われた。葬儀が終わった後、テレーゼ夫人にティアナとわし、そして弟のトビアスが呼ばれた。


「夫テオドールの遺言をこれから申し上げます。アドリー家の当主にはティアナが就くようにとのお言葉でした」


 テレーゼ夫人は毅然たる態度でそう告げる。


「待って下さい母上! 確かにティアナ姉さんは長子ですが、僕は男ですよ!?」


 弟のトビアスがテレーゼ夫人の告げたテオドール卿の遺言に異議を述べる。


「トビアス、黙りなさい。テオドール卿の遺志です。それに男子が家を継ぐことが多いのは、女子が嫁に行くことが多いからです。しかし、ティアナは嫁ぐのではなく、婿を連れて来て、既に男子の子もいます。それなのに貴方は子供どころか、まだ伴侶もいないではないですか」


 この言葉により、ティアナがアドリー家の次期当主に決まったのであった。そして、テレーゼ夫人は一年後、テオドール卿の後を追うように、ぽっくりと亡くなった。


 当主になったティアナにわしは彼女の前に出るようなことはせず、後ろで彼女を支える様に当主の仕事を手伝った。というかわしにはそれぐらいの事しかできなかった。森でのサバイバルの時は彼女はわしに頼りっきりだったが、当主の仕事に関しては逆の立場だった。


 わしは自然相手や気の知れたカナビスやアスラー相手なら、仕事をして小金を稼ぐことが出来るが、当主の様に、顔も名前も知らない、数多くの領民相手に経済を回す事や治安を維持する事、他領地との交渉など出来るはずもなかった。


 貴族の子弟は幼い頃から領地経営や帝王学的なものを学ばされる。ティアナもそうだし、あのアスラーだってそうだろう。その日暮らしをしていた風来坊のわしに手伝えることは少なかった。だから、わしは彼女の身体を気遣い、わしが彼女の目となり足となって、彼女の欲する情報を集めてくる役目を担っていた。


 彼女は当主の座に決まる時に揉めた弟のトビアスを冷遇することなく、逆に厚遇して盛り立てた。だからトビアスとの関係は良好なようにその時は思えた。


 そして、領地経営の引継ぎが落ち着いたころ、各地の有力者に挨拶周りをすることになった。その時に、寄り道して久しぶりに昔の仲間に会いに行った。


「よぅ、カナビス、久しぶりだな」


 わしは、12年ぶりに帝都で暮らすカナビスの元へと赴いた。


「へぇ? もしかして…カイちゃん? カイちゃんなのかよ!」


 12年ぶりにあった友人がいきなりちゃん付けで呼んで来たので驚いたが、どうやら子供たちに昔話をするときに、ちゃんづけが根付いてしまったらしい。


 カナビスはわしだと気が付くと、がっちりと抱擁してくる。


「いや~!! 本当に久しぶりだ!! なんの連絡もなかったんで心配していたんだぞ!!」


 カナビスとは13歳の頃から一緒に12年間冒険し、その後12年間ご無沙汰だった。しかし、彼の中のわしに対する友情は何一つ変わっていなかった。


「済まないな、色々と忙しかったもので…で、カナビスに紹介したい人物がいるんだが、こちらが俺の妻のティアナで、こっちが俺の息子のアイヒェルだ。俺は今、ガイラウルのアドリー領にいるんだ」


「えっ!? ってことは、カイちゃん、今はお貴族様になったって訳なのかい? こりゃすげー!! おい!! ジャスリン! ジャスリン!!」


 カナビスは店の奥に声を飛ばす。


「どうしたの? カナビス」


 すると店の奥から、ぞろぞろと三人の子供をひきつれてカナビスの妻のジャスリンが姿を現す。


「えっ? もしかして、カイさんなの?」


 ジャスリンは俺の顔を見て目を丸くする。


「あぁ!そうだ! 俺の一番の親友のカイちゃんが、お貴族様になって俺に会いにきてくれたんだ!!」


「カイちゃん? パパがよく話しているカイちゃんってこの人なの?」


 カナビスの子供たちが首をかしげてわしを見上げる。


「あぁ、そうだ! この人が俺の話していたカイちゃんだ! お貴族様になったんだぜ!!」


「すごい! すごい! だっこ! だっこ!」


 カナビスの子供はまるで稀代の英雄でも見るような目でわしにだっこをせがんで来た。


 その後、店を早めに閉めたカナビス一家とわしらの一家は、共に夕食をとりながら、12年分の空白を埋める様に語り合った。わしはカナビスの変わらぬ友情が何よりも嬉しかった。


 そして、次はウリクリのアスラーの所に会いに行った。アスラーはあの頃のおまぬけな貴族のおぼっちゃんから、立派な威厳を持った貴族の当主となっていた。なんでもウリクリ内の噂では、中興の祖と呼ばれているらしい。


「カイさん! いや、もうカイ様とお呼びすべきですかね、お久しぶりです」


 アスラーは昔と異なり少しよそよそしさはあったが、立派な当主になっており、その事をわしは自分の事のように嬉しく思えた。


「これからはウリクリ家とアドリー家で友好を結び、共に繁栄を目指しましょう!」


 昔の友人たちが、元気で幸せでいる事がなによりも嬉しかった。 


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