第08話 どんぐり

 ティアナとの森の中の道なき道を進む旅は、ずっと続いていた。


 その間に、ティアナも薪拾いや、ドングリ集めも上手くなり、草の繊維をよって紐を作れるようになった。また、最初は抵抗感があって食べる事ができなかったハギスも、塩が切れたことにより、血の塩分を欲しがって食べられるようになった。今では自分で進んでハギスや内臓と血のソーセージを作れるようになった。ただ生き物の命を奪う事だけは俺の仕事であった。


 また、木の皮を剥いで火にあぶり、ティアナが作った紐でかばんやリュックを作って、保存食などの荷物も一杯持てるようにした。獣からとった皮はこれから標高の高い山を越えなければならない。その為には防寒着が必要だ。その防寒着を作る材料として残しておいた。


 他にも獣の肉からでる脂も残していて、料理に使ったり、石鹸を作ったりもした。


「へぇ~ 石鹸って脂と灰から作るのですね…」


「あぁ、職人の作る石鹸には及ばないがこれでも、身体を洗えるからな」


「でも、私はカイさんの石鹸も好きですよ、この杉の香りのする石鹸ってなんだか気がやすまりますよね」


 また、池や小川を見つけた時には、魚とりをしたり、先程の石鹸を使って身体を洗ったりもした。


「ティアナ、知ってるか? 魚は切り身では泳いでいないんだぜ」


「そんなの私でもちゃんと知ってますよ!」


 そういってティアナは頬を膨らませて怒る。アスラーの奴はよっぽどお坊ちゃんだったんだな。


「ところで、ドングリは集めるばかり食べていないですが何故なんですか?」


「あぁ、ドングリは日持ちのする非常食だからな、山越えをする時に獲物がとれないと思うから、今の内に貯めているんだよ」


「しかし、ドングリって食べられたのですね、美味しいのですか?」


「そうだな、ドングリもかなり溜まったから一度炒って、いつでも食べられるようにしておくか」


 そういうわけで夕食が終わった後に、ドングリを炒り始める。


「どうだ? ドングリは」


「栗というだけあって、ほんのり甘いですね。これならおやつに持ってい来いですよ」


「ははは、こいつは甘い品種だからな、苦いのもあるから気をつけろよ」


 こんな感じに追われている身であることを忘れて、サバイバル生活を楽しんだり、また、夜の焚火を囲んで、二人で色々と話に花を咲かせることもあった。


 そんな風に明るく振舞っているティアナであったが、時折、不安や家族と会えない寂しさがあるのか、わしに気付かれないように声を押し殺して泣きながら寝ている事もあった。そんな時には、ティアナが泣きつかれて眠りに着くまで、昔話をしてやった。彼女は最初の内は泣いているが、やがて話を聞き入り、そして、いつの間にか眠り落ちる、そんな感じだった。

 

 また、慣れない野外生活で疲労が蓄積して、ティアナが熱を出すことがあった。そんな時には彼女も弱気になって、もう家族に会えないとか、私を置いて行ってとか言い出した。でも、わしはずっと側にいて、薬草を飲ませて、彼女の手を握っていた。


 そんな生活を送っていると、わしはいけないとは思いつつも、身分の差や立場の違いなどを忘れて、いや忘れたふりをして、ティアナと男女の中になっていた。わしは行けないと思いつつもずるずるとティアナに惹かれていきのめり込んでいった。


 そして、ある時、ティアナにこんな言葉を掛けてしまった。


「このまま、どこか遠い所で二人で暮らさないか…」


 しかし、わしの言葉にティアナは目を伏せて視線を逸らす。


 わしはその瞬間、しまったと思った。わしと彼女は愛し合っているのかもしれないし、それとは異なり、家に必ずや辿り着くために、わしに置き去りにされないように情で絆す為に身体を許したのかもしれない。


 そもそも、わしはどこの馬の骨とも分からない男で、彼女は由緒正しき侯爵家の御令嬢。本来、手を触れるどころか、視線を合わせる事すら無いような二人である。


 そんな彼女に、今の状況を利用して身体を重ねた挙句に、烏滸がましくも二人でどこかで暮らそうなど、身の程を弁えないにも程がある。


「すまない… 血迷った事を言ってしまったな…忘れてくれ…」


 わしはそう告げて、彼女に背中を向けて眠った。



 そして、十分なドングリなどの食料が集まり、獣の毛皮で作った防寒着が出来たので、わしらは遂に山越えをする事となった。


 山の裾野はまだ針葉樹林があるが、高度が高くなるにつれ、樹木は少なくなり、僅かばかりの草が生える程度になる。それでも尾根を目指して進んでいくとその草すらなくなって、万年雪の景色になっていく。


 雪を溶かせば水になるが、肝心の溶かすための燃料が今運んでいる量しかない。普段の様にずっと焚火をしたままで暖をとりながら眠る事は出来ない。夕食の時にドングリをかじり、ポットで雪を溶かしてお茶を入れる分しか薪がないのだ。


 また、ティアナに作らせていた紐もさらによって綱にして、お互いを結び付けている。彼女が足を滑らした時に引き上げる為のものだ。


「今になって、漸くドングリと植物の繊維から紐を作る意味が分かりましたよ…」


 ティアナは白い息を漏らしながら、声を掛けてくる。


「獣になったみたいと言っていたが、防寒着も作っておいて良かっただろ?」


「えぇ、裾野の方は暑かったのでどうして必要なのか分からなかったのですが、それも分かりました。この防寒具を来ていても寒いです」


 そんな事を話しながら山を登っていたが、尾根を越えるあたりで、急に雲行きが怪しくなる。


「マズいな…天気が荒れるぞ…」


「どうするんですか?」


「どこかに避難場所を作ろう」


 わしは岩陰に万年雪を集めて簡易のかまくらのつくり二人でその中に逃げ込む。


「こりゃ、しばらく動けんな…」


「凄い風と寒さです…あれ? もしかして雪も降っているんですか?」


 そして、その嵐は何日も続いた。


 わしたちは外に出る事が出来ずに、かまくらの中で身を寄せ合って過ごしていた。


「獣から脂をとって集めていたのは、この為なのですね」


 ティアナが脂を灯芯で灯した明りを見て呟く。


「狭い空間で火を燃やし過ぎると息苦しくなってくるからな」


 こんな風に会話をしているが、不安もあった。非常食として貯めていたドングリが尽きていたのである。


「カイさん…」


 ティアナはポツリとわしの名を呼ぶ。


「なんだ、ティアナ」


「私、カイさんに謝らなければならない事があるんです…」


 彼女はわしの肩にもたれながら呟く。


「謝らなければならない事って?」


「私、実はこっそりドングリを摘み食いしてしまっていたんです…でも、こんな事になるなんて思っていなかったんです…」


 わしは彼女の肩に腕を回す。


「ティアナ、俺もティアナに謝らなければならない事がある…」


「カイさんが?」


 ティアナがわしを見上げる。


「あぁ、実は俺もこっそりドングリを摘み食いしていたんだ…」


 わしの言葉にティアナがぷっと吹き出す。


「では、二人とも共犯ですね」


「そうだな、共犯だ」


 二人で危機的な状況を忘れて笑い声を上げる。


 そして、笑いが収まり二人とも落ち着いたところで、わしは違和感を感じた。


「あれ、おかしい?」


「なにがですか?」


「音がしない… びゅーびゅーと吹き荒れていた風の音がしない…」


 わしがそう言うとティアナも耳に手をやって耳を澄ませる。


「本当だわ…音がしない…」


「もしかすると!」


 わしはかまくらに穴を開け外に繋げる。すると穴から明るい光が漏れてくる。


「光だ…」


「カイさん!! 空です!! 青空です!!」


 ティアナが声を上げる。わしはその声にかまくらの壁を崩す。すると外は眩いばかりの光に満ち溢れていた。


「青空だ!! 青空!! 嵐が去ったぞ!!」


「これで、私たち助かるんですね!!」


「あぁ、あの尾根を越えればロラード領だ! もう追手は来ないぞ!!」


「森に行けば、ドングリも食べられますよね!!」


「あぁ!! ドングリどころか肉も喰えるぞ!!」


 わしらはこうして、追手を振り切り、ロラード領へ入ることが出来たのであった。




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