第07話 二人の野外生活

 わしが早朝、目を覚ますと、ティアナは熟睡しておった。貴族の娘が慣れない森歩きをして、相当疲労していたはずだから当然だろう。


 わしは高い木に登り辺りを見渡す。炊事の煙も、人が入って鳥が驚いて飛び立つ様子も見て取れない。常時見ている訳ではないので断言は出来ないが、恐らく追手は森の中に入らず、逃がした馬の蹄の後でも追っているのであろう。これなら時間が稼げそうだ。


 わしは木を降りて、水場を探して水を汲み、そして昨日内に仕掛けておいた罠を見て回る。幸運な事に野兎が一匹、罠に掛かっていた。わしは手慣れた手つきで首を折って〆る。


 そして、野営地に戻り早速ウサギを捌いていく。先ず湯を沸かし、ウサギの首を切って血を器に受けながら血抜きしていく。そして、内臓を取り出し別に分けておく。湯が沸いたところで、そのままウサギを鍋の中に放り込む。暫く茹でた後、引き上げると。皮が手軽に剥けていく。


 また、鍋に水を入れて湯を沸かしておき、その間にウサギの取り出した内臓をナイフで細かく刻み、先程の血と手持ちの乾燥させた香草と混ぜ合わせる。


「ふわぁ~ カイさん…おはようございます…」


 ティアナがわしの物音に気が付いたのか目を覚ます。


「おはよう、ティアナ」


「カイさん、何をして…ひぃっ!」


 ティアナはわしが内臓と血を混ぜ合わせているのを見て小さな悲鳴をあげる。


「昨日仕掛けておいた罠に野兎が掛かっていたんで、調理している所だ」


「で、でも…血まみれじゃないですか… ひぃっ! こっちにはうさぎさんの死体が…」


 ティアナのその様子を見てわしはクスリと笑う。ティアナが貴族の娘で、こんな事に慣れていないのもあるが、わしも冒険を始めたころは似たようなものであった。魚はなんとか捌く事ができたが、鳥や四つ足の獣を締めるのは、かなり抵抗があり、カナビスと二人して泣きべそになりながら、ウサギを締めた事を思い返していた。


「お湯が沸いていたら、そのウサギを放り込んでおいてくれ」


「えっ!? 私が? いえ、やります…」


 ティアナは咄嗟に感情が拒絶したが、すぐに理性がそれを押さえつける。ティアナは指の先で摘まむようにウサギを持ち上げながら鍋の中にウサギを入れる。


 わしの方か混ぜ終わった内臓と血を、ウサギの胃袋の中に詰め込んでいき、出入口を縛り上げる。


「カ、カイさん…それはなんなのですか?」


「あぁ、これは俺の故郷…いや故郷ってほどのものではないか、ハギスって料理だ」


 そういって、その胃袋も鍋の中に放り込む。


「えぇ…」


「新鮮な内臓はこうやって調理すれば喰えるようになる。こう言った場所では内臓も貴重な食料だからな」


 ティアナは軽いカルチャーショックを受けながらも、これからこれを食べる事を想像して複雑な思いの表情をする。


「よし、これぐらいでいいか」


 わしはうさぎの本体を鍋から引き上げ水を切り、適当な枝を使ってウサギの身体を魚の開きのように広げていく。


「えっ? 茹でて食べるのではないのですか?」


「いや、焼くと時間が掛かるから、先に茹でて中まで火を通すんだよ。で、これに塩と香草をまぶして…」


 ウサギを火にあぶって焦げ目を付けていく。味は普通に焼くより落ちるが、このやり方は圧倒的に時間の短縮になる。


「うわぁ… 先程まで、ウサギの死体にしか見えなかったものが、ちゃんとした料理に見えてきました…」


 ティアナは唾を呑み込みながらウサギを眺める。


「よし、そろそろいいか」


 わしはウサギを火からおろし、足の一本を切り落としてティアナに渡す。


「これ? 私にですか?」


 ティアナは恐る恐る足を受け取り、ゴクリと唾をのみ、そして齧り付く。


「どうだ? 美味いか?」


「あ、あの…その…肉の美味しさはあるのですが…硬くて…」


「あぁ、すまんすまん、ほら貸して見ろ」


 ティアナから足を受け取ると、ナイフでさいの目に切れ目を入れていく。


「これならどうだ?」


「はい! これなら噛み千切れます!」


 ティアナは貴族の娘だから、普段はよっぽど美味い物を喰っているはず。しかし、昨日は一日歩き疲れていたので、それが最高のスパイスとなっていたのだろう。上手そうに齧り付いていた。


 わしはその様子を見ながら、ハギスの入った鍋を降ろし、ポットに水をいれて火にかける。そして自分の分の足を一本切り取り、残った分は枝に紐を掛けて、焚火から少し高い位置にぶら下げておく。


「これなら食料も何とかなりそうですね」


「いや、今日は運が良かっただけだ。だから残った分は日持ちするようにしなくてはならん。残ったウサギをぶら下げているのも乾燥させるためだ」


「野外活動って大変なんですね…」


 ティアナはぺろりと口の周りの汚れをなめとりながら言った。


 わしは足に齧り付きながら、鍋に浮いた油をすくって別の容器に入れていく。そして、ハギスの方は湯から取り上げ冷ましておく。また、ポットが音を立て始めた所で火からおろし、茶葉を入れて、蒸らして置き、その間に足を食べてしまう。


「カイさん、本当に手際が良いですね…」


 ティアナがわしの様子を見て感心して声を上げる。


「あぁ、13歳の頃からこんな生活を続けていたからな…」


 わしはお茶を注いでティアナに渡す。


 食事が終わった後、残ったウサギとハギスは大きな葉っぱに包み、リュックにいれる。そして、焚火の後は埋め戻して上から枯葉を被せ、残った骨は別の場所に埋める。


「どうして、骨も一緒の所に埋めないんですか?」


「骨を一緒に埋めると、獣が掘り返して、焚火の跡がばれるからだ」


「へぇ~そんな事まで考えているんですね…」



 その後、再び森の中を進んで行く。高い木の下で楽に進める場所もあるが、繁みが生い茂る場所も通る事があるので、前進に手間取る場所もあった。


「あ、あの…カイさん、すみませんが、その剣で繁みを薙ぎ払いながら進んで頂く事は出来ないでしょうか?」


「いや、そんな事をすれば跡が残る、追手が来ればバレてしまうぞ」


「そ、そうですか… でも、時折、葉っぱを千切っていらっしゃるのは何故ですか?」


「あぁ、これは香草になる植物で、こちらは茶葉になる植物だ。今朝も飲んだだろ?。こっちは繊維がとれる植物だ。今後、紐を作らないといけないからな」


 わしは植物を一つ一つティアナに見せて説明してやる。


「カイさんは何でもご存知なんですね」


「ははは、何でもは知らないさ、俺の知っている事は俺が体験した事だけさ」


 そう言って笑って答えた。しかし、笑っていられるのも今のうちだった。


 これからティアナとの二人旅があんなにも続くとは思っても見なかった。



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