第03話 旅の始まり
一度、街の学校に戻り、色々と後始末や準備をした。
事情を話した先生から、彼が昔使っていた冒険用のリックと剣を貰い、僅かばかりの金を握りしめて、カナビスと二人で道具屋に旅をする為の道具を買いにいった。
何から買うべきか悩んでいたわしらに、店の店主は先ず、食事の道具から買いそろえろと言って来た。なんでも、身体が資本、その身体を作り動かす為には食事が重要との事だった。わしは口に入り、腹が満たされればどうでもよいと考えていたが、店主の強い勧めも
あって、木製の皿、木製のマグカップ、変なポットに、鍋とフライパンを言われるがままに買わされた。それで金のほとんどが消えてしまった。
そこから意気揚々と旅立ったわしらは、当然の如く、すぐに困難な状況に陥った。飢えや渇き、傷や病気、死にかけたこともなんどもあり、己が不幸を呪った。しかし、今から思い返すと幸運であったのだろう。未熟な子供二人が、思い付きで始めたような行き当たりばったり冒険で死なずに、こうして生き延びておるのだから。
そんな思いをして、時にはカナビスと殴り合いの喧嘩をしながらも、一年が過ぎるころには、最初の生き延びる為に食い物を探すと状態から、余裕をもって行動できるようになり、冒険の旅というものを出来る様になっていた。
色々な街を渡り歩き、色々な物を食べて、色々なものを見て回った。楽しい旅であった。食事の度に、湯を沸かすポットがピーとなり、高い買い物させられたと、カナビスと二人で笑いあった。あの時、わしはカナビスと共に確かに冒険の旅をしていた。
そして、また二・三年経ったころには、金になるものを集められるようになり、悪いことも覚え始めた。酒と女だ。金を稼いでは酒と女に浸り、金が無くなれば稼ぎに出る。そんな日々を何年か続けていた。
しかし、二十歳になりかけていたころ、街での知り合いが次々と結婚をして家庭を持ち始めたのを見ると、自分たちも刹那的に生きるこの生き方ではいけないと思い始めてきた。
また、その頃、自分自身にも限界が見え始めて来ていた。剣聖などと呼ばれるような剣の腕はなかったし、カナビスの普通の魔術師だった。それに、ゲームの様にわしが訪れるのを待っているような遺跡もなく、自分のレベルに合わせた討伐されるべきモンスターなども居なかった。
わしは、この世界でも物語の主人公の様な存在ではなく、ただの一般人であるという現実を突きつけられていた。
「なぁ、カナビス…このままでいいと思うか?」
夜の野営で焚火にあたりながら、カナビスに尋ねる。
「カイ、このままでいいと思うかって、どういう意味だよ?」
「いやさ、このまま日銭暮らしながら生きていくのってどうかと思い始めてな」
「やっぱりあれか? 街の連中が結婚して家庭持ち始めたのを見て、自分も家庭をもちたくなったのか?」
「まぁな、カナビスはどうなんだよ? このまま風来坊って訳には行かんだろ?」
「俺かぁ~」
そういって、カナビスは夜空を仰ぎ見る。
「俺はさぁ、次男坊だったから、学校だけは行かせてもらえたけど、その後は家を追い出される予定だったんだ」
「あぁ、前に言ってたな」
わしはピーとなったポットを火から降ろして、野草から作った茶葉を入れる。
「だから、その辺りを彷徨って野垂れ死ぬものだと思っていたんだが、やっぱ帰る家が欲しいよな…」
「じゃあ、もうその日暮らしの日銭を稼ぐのはやめるか…」
わしは木製のマグカップにお茶を注いで、カナビスに差し出す。カナビスはそのマグカップを暫く見つめていたが、心を決めたようにそのマグカップを受け取る。
「そうだな、これから少しづつでもいいからお金を貯めて、また定期的に稼げるような仕事をしようか」
そんな訳でわしたちは、まず初めに行商の仕事を始めた。行商の仕事と言っても、他の旅商人が立ち寄りそうにない村々を回って、欲しいものを聞いて、次に訪れる時に売って回るだけの話だ。それに荷物は大きな背負子に持てるだけで、移動手段は足だ。あまり良い稼ぎにはならなかった。
そんな行商の仕事でも、繰り返していれば、村々に知り合いが出来て信用されるようになってくる。そして、仕事もただ物を買ってくれるだけではなく、手紙や荷物の配送を頼まれるようになってくる。なのでわしたちの稼ぎも徐々に増えていった。
そんなある日、とある村で村長に呼び止められる。
「ちょいと、兄ちゃんたち」
「なんですか?村長」
「兄ちゃんたちに、預けたい人物がおるんじゃが」
「俺達に預けたい人物?」
わしたちは犯罪者の護送でも頼まれるのかと思った。
「いや、先日、この村に行倒れた冒険者が来よって、扱いに困っておるんじゃ、なんでも駆け出しの冒険者らしくての、旅の仕方も分かっておらん様だ、兄ちゃんたちに頼む事はできんか?」
わしとカナビスはその言葉にぷっと吹き出す。旅を始めたばかりのわしらと同じじゃったからだ。
「とりあえず、本人に会わせてもらえますか?」
「あぁ、いいとも、おーい! アスラー! こっちこい!」
村長が声を上げると、腑抜けた感じの好青年がこちらに走ってくる。
「こいつが行倒れのアスラーだ」
わしは、どこぞの村の次男坊か三男坊が、冒険者に憧れて村を逃げ出した者だろうと考えていたが、予想と違って、冒険者にしては身なりがちゃんとしていた。
「俺は行商人で剣士のカイだ。こっちは俺の相棒で魔術師のカナビスだ」
「どうですかな? 引き受けてもらえますか?」
「なんのことです?村長」
村長の言葉に、とうの本人のアスラーは訳が分からないように尋ねる。
「ははは、行倒れのアスラー、俺達は村長にお前さんを冒険者として育ててくれって頼まれたんだよ」
「えっ? そうなんですか? よろしくおねがいします!!」
そうして、アスラーはわしたちの仲間となった。
一緒に旅をしてみるとアスラーは一般人の常識を全く知らないお坊ちゃんだった。おそらく、どこかの貴族の放蕩息子が家出でもしたのだろうとわしたちは思った。
そんなアスラーにもわしたちは野営の仕方や、料理の仕方、村人の習慣や風習などを教えた。最初はすぐに根を上げていた背負子の大荷物も、我慢して担ぐようになった。
そんな事もあって、背負子で荷物を運ぶだけの状態から、一頭の老いた荷馬を買えるようになり、運べる荷物は増えていき段々と稼ぎは多くなっていった。時折、アスラーに悪い遊びを教えながらも荷馬の数は増えていき、数年経った時には、荷馬車の商隊を組めるようになっていた。
全ては順調だと思っていた。このまま稼ぎを増やして、どこか大きな街に店を構えるのもいい、そうしたら、嫁を貰い、家を買い、普通の家族を持って暮らしていけると思っていた。
しかし、そんな日は突然に終わりを告げ始めた。
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