第04話 友との別れ

 わしたちの歳はもう25歳になっていた。故郷の村を失ってから12年、風来坊を辞めてから行商をはじめて5年ほど。背負子から始まった私たちの行商はアスラーを加えて、詐欺に引っかかりそうになったり、盗賊に襲われたり、雨風の強い日には、一つの毛布で男三人でくるまって夜を過ごした事もあった。


 これからはどこかの街に店を構えて、人も増やして手広く商売を始めようかと考えていた。


 しかし、ある日から、カナビスがよそよそしくなった。前にもよそよそしくなった時は、結婚を考えた女が出来た時であった。わしは今度もそんな事かと軽く考えていた。


 だが、カナビスは神妙な趣きでわしの所へ来てこう言った。


「カイ、俺さ、結婚を考えている女が出来たんだよ」


「おぉ、カナビス、おめでたいじゃないか! で、どこの娘なんだ?」


 わしはカナビスがてっきり結婚資金や報酬の事で相談にし来たものと考えていた。


「いや…その…相手はジャスリンなんだけど…」


「ジャスリンって、どこのジャスリンだよ、この辺りの村でそんな名前の娘聞いたことが無いぞ?」


「前に、高級品の仕入れに、何度か帝都に行った事があるだろ?あの時に何度か寄った薬屋のジャスリンだ…」


「あぁ、あのジャスリンか確か、帝都で店の手伝いをしていた娘か…確かにいい娘だったな、それでこっちに呼んでやるのか? 迎えに行くなら帝都まで転移魔法陣を使えよ、それぐらいの金は出すぞ」


 わしはそう言って、皮袋の財布から、少し多めの金を取り出そうとする。


「いや…そうじゃないんだ…」


「そうじゃないって、どうした? まさか転移魔法陣を使わずに迎えに行くつもりなのか? その分、御祝儀を上乗せにしろって事か?」


 わしは冗談交じりにそう言いながら、財布から顔を上げると、いつも飄々としていたカナビスが、暗い顔をして頭を項垂れている。


「俺… ジャスリンの所で暮らそうと思っている…」


 わしはカナビスの予想外の言葉に唖然となり、口を開いたまま目を丸くする。


「先日、ジャスリンから連絡が来て、なんでもジャスリンのお袋さんが倒れて、一人で店を切り盛りしているそうだ、でも、ジャスリン一人じゃ店は回せない…このままだと、借金が返せなくて、店どころか親子ともども経済奴隷落ちするしかないそうだ…」


 まくし立てて話すカナビスを、わしは呆然になりながら見ていた。


「カイにはすまないと思う…でも、もうこの商売は俺無しでもやっていけるほど大きくなった。だから、俺が行かないとダメなジャスリンの所に行ってやりたいんだ!」


 わしは、意味もなく顎に手をやりながら、カナビスの言葉を考える。


 確かに、この商売は大きくなった、金の余裕もできた。カナビスのいう通り、一人抜けた程度では問題ない。理性をもって論理的に考えても、良識的に考えてもカナビスはジャスリンの所にいってやったほうがいいだろう。


 だが、わしには一つの夢というか我儘があった。二人で始めた冒険、二人で始めた商売、そして、アスラーを加えて三人で大きくしたこの商隊。このままわしとカナビスとアスラーの三人一緒に、これからも商売を続けて大きくしていきたい、同じ夢を一緒に追い続けたいと思っていた。


 でも、それはわしの夢や人生設計であって、カナビスのものではない。カナビス自身の夢や人生設計はカナビス自身で描かないと、いけない。


 わしは理性と感情の狭間で揺れ動いた。そして、ふと視線を上げてカナビスの顔を見る。


 あぁ、決意を秘めた目だ。これは相談ではなく、報告なのだ。


「カナビス… 俺が女だったら、俺を嫁にしてくれとお前を引き留めただろう、だが、俺は男だ、お前の嫁にはなれねぇ…」


「カイ…」


 そんなカナビスにわしがとやかく言って引き留めようとしても、カナビスはわしを振り切ってジャスリンの所へ向かうだろう…ならば、立つ鳥跡を濁さず、気持ちよく送り出してやるしかない。


「人間…いや、生き物は伴侶を見つけて子孫を残すのが最大の役目だ。俺はお前に返せないぐらいの恩義を感じている。こんな俺にずっと付き合って冒険なんてしてくれたんだからな、だから、お前を引き留める言葉を俺は持っていない… だが、友人として送り出してやる言葉は持っている… 行って来いよカナビス…そしてジャスリンとお前自身も幸せになってこい… 今までありがとう…」


「カイ…すまねぇ…本当にすまねぇ…そして、ありがとう…」


 その日の夜は、アスラーを加えて三人で最後の宴を開いた。アスラーも気持ちよくカナビスを送り出してやる言葉を送った。そして、酒の樽が空になるまで飲み続け、今までの思い出をみんなで語り合った。


 カナビスとアスラーが酔いつぶれて眠った後、わしはカナビスの荷物の底にかなり多めの餞別の金を入れてやった。負い目を感じているカナビスが起きている時には受け取らないと思ったからだ。


 そして、翌朝、置手紙一つ残してカナビスの姿は消えていた。置手紙には別れがつらくなるから、皆が眠っているうちに旅立つそうだ。それと、餞別のお礼も書かれていた。


 十年以上一緒に旅をしてきたのだが、終わりとは突然に来るものだなと思った。


 しかし、わしはカナビスが帰る家を見つけたと思う事にした。この行商も二人して帰る家を作る為に始めたことだ。だから、どちらかが先に帰る家を見つける事もあるだろう。次は自分の番だと言い聞かせていた。


 次の日から心機一転してアスラーと二人で仕事を始める事にした。しかし、思った以上にカナビスの抜けた後は大きかった。カナビスはわしらの目の届かない細々とした所をフォローしてくれていたのだ。


「カナビスさんの抜けた後、結構大きいですね…」


 段取りをしているアスラーがぽつりと零す。


「まぁ、仕方ねぇな、でもカナビスに戻ってきてもらう訳にはいかんから、二人で頑張るしかないか」


 そんな調子で二週間程、なんとか仕事を回した、しかし、ある日の夜、今度はアスラーがカナビスの時と同じ顔をしてわしの所に来た。


「カ、カイさん…お話がございまして…」


「どうした?」


「実は、実家から連絡が来まして…」


 そう言ってアスラーは手紙の入った封筒を見せる。一般人が使う様な封筒ではなく、上質の紙で作られた上に封蝋まで押してある。


「で、どうしたんだ?」


 わしは平静を装いながら尋ねる。


「実家を継ぐはずだった兄が急逝致しまして…家に戻らないといけなくなりました…」


 アスラーは申し訳なさそうにいう。


「アスラーはやはり貴族の出だったのか…しかもその封蝋、公爵家の物じゃないのか?」


「あっやっぱりバレてました?」


「魚が切り身で泳いでいると思うのは貴族ぐらいなものだ」


「あぁ、もうその話はやめて下さいよっ!」


 二人で笑い声を上げる。しかし、すぐに素に戻る。


「で、帰ってもよろしいでしょうか?」


「なんだ? 帰りたくないのか?」


「いえ、帰りたいです…」


 そう言ってアスラーは項垂れる。


「ちょっと聞いていいか?」


「なんでしょ?」


 アスラーは目だけ上げてわしを見る。


「どうして、家を出て、冒険者なんかになろうと思ったんだ?」


「話せば長い話になるのですが…」


「短く」


 アスラーの悪い癖が出そうになったので釘をさす。


「僕が家にいたら、兄と次期当主の座を巡って、家を二分してしまうと思ったから、家を出て冒険者になろうと思いました。外の世界を見て回るのが夢だったんですよ」


 顔を上げたアスラーはにこやかに述べる。


「で、夢は叶ったか?」


「はい! 叶いました!」


 わしはふっと笑う。


「じゃあ、家出少年はそろそろ家に帰る時間だな…家に帰って家族を安心させてやれ…」


 アスラーはわしの言葉に、目にぐっと涙を貯めていた。


「カイさん! 行倒れていた僕を拾って、一人前の冒険者に育てて頂き、また、色んな場所や人々を見せてくれました…本当にありがとうございます!!」


 アスラーは腰を九十度に曲げてわしに頭を下げた。


 その後、アスラーに転移魔法陣を使って急いで帰れるだけの金を渡し、この数年間で小汚くなった服装を見て、なんとか貴族の息子と見えるぐらいの衣装を買ってやった。


 そうして、アスラーも旅立っていった。実家はあの十二公爵家の一つのウリクリ家だった。最後まで黙っていやがってと思ったが、わしたちに気を遣わせない為の配慮だったのであろう。


 そして、わしは一人になって漸く気が付いた。カナビスもアスラーもわしの家族になっていたのだと… わしには空しさだけが残っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る