第02話 少年の夢
わしの名はカイ。前世での名もカイじゃった。
わしがこの世界に来てからもう何年の歳月が過ぎたであろうか…今では前世の世界よりもこちらの世界の時間が長いのは確かじゃ…
確か、前世でのわしは、しがない車の運転手をしておったと思う。それも、漸くとった大型免許と危険物取扱者の資格で運転できるようになったタンクローリーの運転手をしておった。
不景気の中で漸くとった資格と、漸く採用された仕事で、任されたタンクローリーの運転。わしは、首にならんように慎重に運転しておった。
しかし、あの日、わしが曲がろうとしたところに強引に割り込んで前に飛び出してきた車。あの車のせいでわしの運命は大きく狂った。わしは咄嗟にその車をさけようとしたのじゃが、その努力は空しく、目の前に物凄い勢いでファミレスが迫っておった。中の客の女子高生の驚く顔がスローモーションの様に見えた。
そして、わしの日本での人生はその時に唐突に終わった。恐らく、そのままファミレスに飛び込んでしまったのであろう…あの時の客が無事であれば良いが…もう何十年も前で、前の世界での話じゃ。
そして、再びわしが目を覚ました時、わしは病院のベッドの上ではなく、見知らぬ女性の腕の中におった。事情が分からずに声を上げようとしても、赤子のような泣き声しか出せず、身体を動かして辺りを調べようとしても、わしの手足は小さく非力であった。
わしは赤ん坊そのものになっておった。わしは死んで生まれ変わっておったのじゃ。
わしは再び生を受けたことを喜んでおったが、周りの状況を知るたびに、ここは恵まれた日本ではなく、どこかの貧しい遠い国だと分かった。ガスや電気はなく、水道すら通っていない。喰うものも硬いライムギパンにシャバシャバのスープぐらいでいつも腹が減っていた。
それでもわしは大事に育てられていたのだろう、よく同じ年の子供がよく病や飢えで死んでおった。わしはその様子をみながら医療すらまともに存在しないとはどんな片田舎の場所であるのかと思っておった。
そんなわしが6歳になった時に衝撃的な事があった。6歳になると洗礼を受ける習慣があるので、わしは両親と共に、教会のある近くの街へ出かける事となった。そこで、わしは初めてこの世界の地図を見た。それはわしの知っている世界地図ではなかった。
そして、わしは漸く、普通の生まれ変わりではなく、異世界に転生したことを知ったのであった。わしはその時、身体全身が粟立つような感覚に囚われたが、すぐに喜びへと変わっていった。
わしは、漸く物語の主人公のような主役になれる。前の世界ではうだつが上がらないただのモブのような一般人だったわしが、この世界では脚光を浴びる主役になれるかもしれない。そんな風に考えた。
実際、身体は六歳の子供でも、中身は前世で25歳まで生きた人間である。辺鄙な田舎では一を聞いて十を知る神童のように扱われた。そんな訳でわしは村の皆からの期待を背負って街で教育を受ける事になった。
しかし、わしの快進撃はそこまでであった。いくら前世の知識があるとは言え、専門的な知識も技術ももっていない一般人、また、わし自身物覚えも頭の良さも良くはなかった。なので、街の頭の良い子供たちを集めた学校ではすぐに埋もれていった。
それでもわしには何か特別な力があると信じて疑わなかった。頭の良さがなければ、魔法や剣の腕があるに違いないと思っていた。だが、そのどちらも特に目立つような才能は無かった。しかし、いつの日か物語の主人公のように覚醒する日が来ると思って、魔法も剣も修行を続けた。勉強も覚醒するかも知れないと思って、手を抜く事はなかった。
そんなわしの姿を見て、同じ生徒の友人ができた。そいつはカナビスという好奇心旺盛な男子だった。そしてわしはそのカナビスと良くつるむようになっていた。
「おい、カイ、お前は良く飽きもせず、剣の修行なんてやってんな」
「いつの日か剣の才能に目覚めて、英雄になれるかもしれんだろ? お前はどうなんだよ?」
授業が終わって、剣を振るわしにカナビスはよく声を掛けてきた。
「俺は、いつか世界中を回って色んなものを見てみたいんだ、だからその時に便利なように魔法の勉強をしている」
「そうか、それも面白そうだな、俺も回ってみたい」
「じゃあ、俺が魔法でお前が剣を極めて、二人して世界を回って見ないか?」
カナビスの言葉はわしの心をくすぐった。仲間と共に世界を巡り、数々の冒険譚を築き上げる。
「いいな、やってみたい! 俺の名を世界中に轟かせてやるぜ!」
そんなわしに故郷の村が災害によって壊滅したとの知らせが届いたのは13歳の時出会った。
わしはその知らせを受け取り、すぐに故郷の村へと戻った。何故かカナビスもついてきてくれた。
村に辿り着くと、そこは泥まみれになって、何もかも洗い流されて、見渡す限りの沼地へと変わり果てていた。どうやら、上流の大雨で鉄砲水が起きて、村がその濁流に飲まれたそうだ。
わしを街の学校へと送り出してくれた両親やその援助をしてくれた村の人々の遺体すら見つける事は出来なかった。全て濁流で洗い流されてしまったのだ。
わしはこの世界での肉親・知人を全て失い、村の側でずっと泣き続けていた。
そんなわしに、カナビスが声を掛けてきた。
「なぁ、カイ…冒険の旅にでも一緒に行こうか?」
「カナビス! 突然何言ってんだよ!」
突然の唐突な言葉に、わしは声を荒げて叫ぶ。
「何言ってるって、お前…学費は村のみんなから出してもらっていたんだろ? だったらもう学校には通えないじゃないか」
そうだった。わしは村の皆からの援助で学校に通えていた。将来、村に有益な人物になると期待されての事だった。でも、その期待に応えるための村人や村自体がもうどこにもない…
「カイ、お前やお前の村の人には悪いが、村を復興するにしても、こんな沼地を元に戻すのは不可能だし、例え戻せたとしても、また洪水がくるような場所じゃ誰も移住してこないだろ」
カナビスの言葉に返す言葉が無かった。その通りだった。わしがいくら期待されていようか、努力をしようが、自然という驚異の前では無力だった。
「なら、村の生き残りのお前が名をあげて、どこか新しい土地で村を作るってのはどうよ! 物語の主人公みたいでカッコ良くないか!?」
今から思えば子供の浅はかな思い付きであったが、当時のわしにはその言葉が神からの信託の様に思えた。
「そうだな…両親や村のみんなの為にも、俺が名を上げて、新しい村を作らないと! 俺の物語の最初の一ページの始まりだ!」
その時のわしは、最初の試練をあたえられた英雄の様に自分の事を考えていた。そう考えるしか他無かった。
わしは立ち上がり、カナビスに手を差し出す。
「じゃあ、よろしくなカナビス」
「あぁ、よろしくな相棒!」
こうしてわしとカナビスは冒険の旅に出る事となった。
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