第15話 4月25日 14:07
15
「毛布の次は、水入りバケツの運搬ですか。僕達、被災地支援の学生ボランティアみたいですね」
「ンだなァ」
時計が十四時を回る頃、未種学園の生徒達はバケツリレーに従事していた。
敷地を南北に分ける中心線を西へ辿った先には、学園の誇る第二水泳競技場が鎮座する。オリンピックサイズのプールが二面分、その貯水量は五百万リットルを超え――その水をトイレに転用する事が伝えられ、生徒は教員の指示でバケツリレーの列を成していた。
上空から観察すれば、扇子の仲骨が六本。その一部を二年一組と二組が担当し、その中に身長の高い――実に百九十近い男子生徒が二人、列の途中に山を作って話していた。
「この一体感、何だか懐かしいですね」
金髪碧眼を絵に描いた少年――ブラム・R・ゴールドは、柔和な微笑を浮かべた。海外で有名な貿易会社の社長が日本の港に作った愛人の子で、日本国籍を持つ正真正銘の日本男児――と本人は語っている。
「ン? アニメの話じゃなく、実際に行ったって話か?」
正に巨漢。ブラムより更に十センチも身長が高い少年――
「ええ……ああ、いや。アニメの話でした。昔、災害に見舞われる都心モノがマイブームだったんです」
「ニッチなマイブームだな……。まァ、今時は全部ドローンだしな。流石に、学校にゃあ災害用ドローンなんて置いてなかったか」
「そうですね。しかし、自分達の生活用水を自分達で運ぶ――中々味の有る体験ではないですか」
ブラムは作業当初から少し楽しそうな微笑を浮かべ、
「そうかァ? オレは早く帰って、アニメが見てェなァ」
対してヒカルは、何度も溜息を吐いて現状を憂いている。
「まあ、それは確かにその通りです。ネットの無い環境では、三日と自我を保てる自信が有りません」
「勝ったな。オレは半日だ。少女戦隊モノが、漸く四ヶ月目を迎えるって時期に……。マジで勘弁して欲しいぜ」
「……少し意外ですね。私は、もう少し
ブラムの言葉を受け、ヒカルは物凄く微妙な表情を浮かべた。
「……まァ? 確かに、アニメに憧れる部分も有った。異世界に転移して、オレも主人公が如く敵をバッタバッタと薙ぎ倒す! 何度もベッドの中で夢見たさ……。ケド、ベッドの中で夢見てただけなンだよ」
バケツを右から左へ受け渡す手は止めず、ヒカルは器用に青空の望郷を仰いだ。
「親父の金で学校通って、お袋のメシ食ってアニメ見て。オレは、多少窮屈でも自由の中で暮らしてた。でも実際異世界に来てみれば――寝床もトイレの水も、一から全部自分で用意しなきゃなンねェ。食いモンもそうだ。オレは今日、揚げたての唐揚げが食えるか? 明日は脂っこいラーメンが食えるか? まあスキルなんてモンが手に入ったが、そりゃあ皆同じだ。オレが特別なワケじゃねェ。結局、ガキが妄想してた都合の良い展開なんて現実には有り得ねェって事だ」
瞼を閉じたヒカルは、大きな溜息と共に顎を下げた。
「――だったら、親が用意してくれたベッドでバカバカしく夢でも見てた方がマシだった。今では、そう思ってるよ。……いや、マジで。毎日息してるだけで、何の苦労も無く生きてきたって事を実感したわ」
特に、とヒカルは真面目な表情を作った。
「トイレは大事だな。トイレの水が流れないってだけで、原始時代まで生活が退行した気になるぜ」
「二十世紀まで、汲み取り式のトイレは存在していましたよ」
「マジか。原始時代って案外近ェな」
二人は小さく吹き出し、小さく笑った。
「でもやっぱ、死活問題はネット環境だな。アニメが見れねェ。漫画も読めねェ。娯楽が一切存在しねェ。オレァ、こんな生活イヤだ」
「おや、懐かしい」
「え?」
「ああ、いえ。何でも」
ヒカルの疑問符を、しかし親友のブラムは無視した。
「ネットは娯楽のガリバートンネルですから。遮断は痛手ですねぇ」
「ああ。電気も、大丈夫なンかな。まあ電気が有った所で何もできねェんだけど。……昔って何して遊んでたンだ?」
「ヒカルさんの言う昔の幅は分かりませんが、昔から続く娯楽――という事なら三つほど」
「へェ。何だ、興味あるわ」
「食う・寝る・ヤる、ですね」
「……ブラム、アンタ良い性格してるよマジで」
良い笑顔を浮かべるブラムに対し、ヒカルの表情は一瞬で疲労感が増した。
「そんなンで、お坊ちゃんお嬢ちゃんが集う一組でやっていけてンのか? 浮いてんじゃねェか?」
「まあ、浮いた話は一つも有りませんが」
「多分……というか、絶対意味違ェな。……浮いた話と言やァ、マナセはどうしたんだ? あの目立つ美貌が見えねェが」
「ああ。彼なら、何やら生徒会長に呼ばれたようです」
「あの青薔薇姫に?」
血に因らず、人類最高峰の才能を開花した――という意味で生徒が使う、未種学園生徒会長の美称。オタクらしく厨二心を忘れないヒカルは、好んで異称の類を使っている。
「一体何の用だ? まァ、マナセが女子生徒から――いや、男子生徒からも呼ばれる理由なんて告白以外にゃ思い付かねェが」
「どうでしょう? あの生徒会長に限って、そんな私用で生徒会メンバーの火乃宮さんを使うとは思えませんが」
「何だ、歌姫が呼びに来たのか。じゃあ、何かマジで生徒会の用事なのか。……帰る方法でも判明した、とか?」
「その方法に、マナセさんの力――スキルが関わっている、と?」
「ああ」
「……」
「……」
「微妙に、有り得そうですね」
「ああ。あのマナセなら、ワンチャンある」
二人は真剣な表情で頷いた。
「まァ、色々考えたって仕方ねェ。オレ達はオレ達で、ガキらしく今を楽しもうぜ」
「……そうですね」
一拍間を開けたブラムの微笑が、ヒカルが続けた言葉で一瞬だけ固まった。
「――で、ブラムはどんなスキルだった?」
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