第13話  4月25日 12:19

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 正午。常なら四限目の授業が始まり、黒板を叩くチョークの音が静寂を奏でる未種学園だが――現在は、廊下や校舎の外を走り回る生徒や教員の足音が響き渡っていた。


「男子生徒は教室を、そのまま使用するわ! 女子生徒は体育館よ!」


「第一体育館に、中等部一年と高等部三年! 第二が中等部二年と高等部二年! 第四が、中等部三年と高等部一年です!」


「今から、地下の保管室から体育館へ毛布を運び出します! それから、体調不良の生徒は事前に申告して下さい! 第三体育館を、臨時の保健室として開放しています!」


 午前中、中央講堂で摩訶不思議を経験した生徒達は――その後、戻った教室で担任教諭から現状が伝えられた。夢か現実か、そんな事は誰も分からない。しかし太陽が昇る以上は、必ず沈む。時間は変わらず流れている。故に、備えなければならない。例え夢でも、衣食住が揃って初めて文化的な生活と言える。

 突然訪れた非日常を前に、しかし生徒達の表情は明るい。物語の主人公を思わせる体験は、童心を高揚させる。何より、隣には友達も居る。見方を変えれば、雰囲気は移動教室に近い。自然教室や修学旅行、その延長線上を歩く子供達は無邪気で――その裏で地道な苦労を続ける大人の表情に注目する子は稀。尤も今回の場合は、ネガティブな感情を表に出さない教員陣が優秀だった。




「やっぱりダメね」


 喧騒から離れ、高等部三年が使う第三校舎――その一階の女子トイレに高等部生徒会のメンバーが集まっていた。

 全自動のタンクレストイレ。未種学園には、保護者から寄贈された高性能な自家発電機が複数存在する。なので電気的な問題はクリアされている。現在の最も深刻な課題は、地下の上下水道が切断された事で逼迫する生活水関係。

 封水の枯れたトイレ。操作盤のスイッチを押した所で、水は一滴も流れなくなっていた。


「……死活問題ね、コレは」


 生徒会長、猪鹿月いかづき水無月。中高の生徒執行部に指示を出した後、急いで合流。汗で張り付くスクールシャツの下から、水色が僅かに浮かび上がっていた。


「実際、どの程度影響しそうなんだ? 男は、小なら木陰でも済むからな。最悪の場合、大でも女より抵抗は低いだろう」


 副会長の阿津地あづちミチルは女子トイレという空間を気に掛ける様子も無く、淡々と会話を進める。


「凄く気にしますよ、女の子は……。特に、思春期は大変ですから……」


 書記の火乃宮火乃花ほのかは、四人の中で最も深刻な表情を浮かべている。


「精神面も、まあそうですけど――現状では衛生面の方が深刻ですわね」


 四人目の生徒会メンバー、会計の内空閑うちくが空満子くみこは溜息と共に頭を抱えた。


「そうね。薬は保健室の極僅か。病院は無く、ドラッグストアも無い。予防を怠れば、一気にパンデミックね」


「水は、プールの水が使える。しかし生憎、片方は二年に一度の修繕を控えていた。既に水を抜いている。一応、オリンピックサイズが二面で五百万リットルは確保できる。早々無くならん」


「塩素濃度は水道水と同等程度で、先天的なポテンシャルから見れば飲料水に転用しても問題は無いんですけどね……」


「ヒトが使えば当然抜けた髪や垢、汗や唾液が混じります。浄化装置は現状問題無く可動します――が、消毒用の塩素など課題が全く無い訳ではありませんわ。また飲用の後天的な影響として、『プールの水を飲む』という精神面も考慮せねばなりません。勿論、最悪の場合には煮沸消毒でも何でもして飲む事になりますけど」


「飲用水問題は、追々考えましょう。今は、とりあえずトイレの水ね。――ミチル君から」


 パンパンと手を叩き、水無月が場を締めた。指名されたミチルから順に、いつも通り問題に対する解決策を一人一案提示する。


「トイレの使用を限定する。男子が生活する校舎は一階、女子が生活する体育館は一階と二階だ」


「えっと……。水を入れたバケツは、場所を指定して管理します。トイレ使用の際には、指定場所から水を持って行く形で。バケツが空なら、元の場所に戻す事を億劫に思っても放置する程ではないでしょうから。……最悪、記名制に切り替えます」


「水の使用は、必然的に女性が多くなります。なので、運搬の際には男子生徒も使いますわ。現在は出せる報酬が無い為、ローテーションを組む事で平等を演出して不満を抑えます。後々は、外界探索免除等の安全を報酬として考えていますわ」


 そして、


「――うん。まず、トイレの場所は男子側も二ヶ所開放します」


 いつも通り、水無月が最終的な判断を下す。


「同じ校舎に二学年生活させる予定だからね。下級生の子が、上級生の中に混じってトイレを使うのは精神的な影響が結構大き過ぎると思うの」


「了解だ」


「バケツは記名制を採用します。バケツにも番号を振り、誰が何時何番のバケツを使ったか――全て管理するわ。閉鎖的な環境で最も懸念すべき負の感情は、目に見えない不満よ。あの娘、使った後にバケツを戻さない。私が戻さなかった事、もしかして誰かチクった? 無意識に積み重なった不満は、他者に対する攻撃性へ変化するわ。だったら、お役所仕事に対して友達と一緒に愚痴を言ってくれた方が建設的よ」


「分かりました」


「水の運搬は、大筋で認めます。但し、人員の管理は厳密に。女子生徒が使う水を、女子生徒が生活する体育館に――女子生徒と共に運搬します。極端な話だけど、中等部一年の女子の中に高等部三年の男子を混ぜれば――絶対に問題が起きるわ。女子の中には、自分の負担を男子に押し付けている――と感じる娘も当然出るでしょう。その負い目に、男子が付け込まない保障は無いわ。学年は勿論、クラスから人間関係まで考慮します」


「分かりましたわ。一日二日では詰まらない事を願いましょう――で、次は大量にバケツを確保しなければならない訳ですが」


 空満子が腹案を示し、水無月は頷いた。


「直ぐ呼んでくれる? 私も同席するわ」

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