第12話 4月25日 12:07

   12


 昼。二年一組の教室の机で弁当を広げる御十神みとがみマナセの正面には、紅葉色の瞳をキラキラと輝かせたホグラが座っている。


「……食べる?」


 両手を膝に乗せたホグラは、瞼を閉じる事も忘れた様子でマナセの弁当を見続けていた。そのプレッシャーに耐え切れず、彼は彼女に箸を差し出す。


「――っ! い、いいんですか……っ?」


「う、うん……」


 圧が凄い。マナセは一瞬だけ腰が退けた。隣の席の古清水ミナミも、若干呆れた表情を浮かべている。


「欠食児童みたいな反応ね」


「見た事あるの?」


「昔の小説や映画だったら、そういうテーマも珍しくないわよ。まあ、今時の子は現実味が無いって鼻で笑うでしょうけど」


「そうなんだ。……でも、あんまり辛い内容は僕も苦手かな」


「……冬物語なら大丈夫かしら……。……ね、ねぇマナセ。もし良かったら、今度私と――」


「父様、凄く美味しいです……っ!」


 震える右手で箸を持ち、漸く卵焼き一切れ飲み込み――ソーマに夢中なインドラが如く、ホグラはマナセの手料理を絶賛した。


「そう? 良かった」


「はい……っ! 本当に……っ、本当の本当に美味しかったです……! 御馳走様でした……っ!」


「え? もういいの?」


 ホグラが食べた量は本当に小指の先程度で、少量とも言えない量だった。


「……え? えっと……も、もっと頂いても……いいんですか?」


「うん、いいよ」


「……で、ですが……」


 煮え切らない言葉とは裏腹に、ホグラの手は箸を放さない。


「僕の手料理で笑ってくれる君の顔、もっと見せてくれたら嬉しいな。……ごめん、我儘かな?」


「……え、っと……」


 俯いたホグラの耳が朱く染まる。


「と、父様……。あの、えっと……本当に、嬉しいんですか……?」


「うん、嬉しい」


 間髪入れず、マナセは笑顔を返した。


「……で、では……頂きます……」


 首筋まで朱く染め、普段から横一文字な口を緩めたホグラは――ゆっくり味わう様子で食事を再開した。彼女の様子を隣で見ていたミナミは、半目でマナセを睨む。


「随分優しいのね」


「そうかな?」


「そうよ。まあ、マナセは基本誰にも優しいけどね。……でも、やっぱり……――」


「何?」


 一瞬だけ目を伏せたミナミに、マナセが首を傾げて問う。


「……何でもないわ。少なくとも、高校卒業まで話す内容ではないわ」


「……? どういう事?」


 しかしミナミの返答を聴いたマナセは、更に首を傾げる結果に終わった。


「別に、いいでしょ。――それよりマナセ、貴方のスキルの事だけど」


「うん」


「多用しちゃダメよ」


「……」


 黙り込むマナセに対し、ミナミは弁当箱を置いて臍を向ける。


「貴方のスキルは確かに万能よ。土さえ用意すれば――水も食糧も、家も電車も造れるわ。マナセ、貴方のスキルで国は完結する。私達は、現状の危機を難無く脱せる」


「……良い事だと、思うけど」


「ええ、貴方を知らない人から見れば良い事ね。でも、私はイヤよ。マナセだけ、奴隷が如く働かされる国なんて。そんな国、絶対に認めないわ」


「……」


「……お願いよ、マナセ。この世界で、貴方は特別よ。でも、元の世界に居た頃から――貴方は私の特別なの。無理しないで。無茶もしないで。お願いよ……、約束して……」


 最後は涙声で訴えるミナミの頭を、マナセは優しく撫でた。


「ありがとう。できる限り、努力するよ」


「……狡い人ね、本当に」


「ごめんね」


「謝意は行動で示しなさい」


「うん」


 三分間撫で続けた所で、ミナミは漸く満足した。


「……今回だけ、ですからね」


 箸先に載せられる少量で、今もチマチマと食べ続けるホグラがミナミを一瞥した。


「他人を攻撃する位なら、可能な範囲で無視しなさい。マナセに嫌われるわよ」


「――え……。と、父様……っ! ホグラは別に……っ!」


「うん。……でも、喧嘩はダメだよ」


「は、はい……」


「うん。……美味しい?」


「――あ……。はい……っ! 父様のお弁当、すごく美味しいです……っ!」


「そう、良かった」


 マナセが薔薇色の頭を撫で、ホグラは目を閉じて僅かに口角を上げる。その本当の家族が如き様を見、ミナミは本当に小さな苦笑を浮かべた。




「やっぱりダメね」


 猪鹿月いかづき水無月は、生徒会の面々と共に厳しい表情を浮かべた。

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