第11話 4月25日 11:25

   11


「それで、話とは何ですか? ――保志先生」


 会議終了後、生徒会メンバーの四人は三手に分かれた。

 内空閑うちくが空満子くみこと火乃宮火乃花ほのかは、二人が所属する二年一組の仲間と共にスキルの調査。

 阿津地あづちミチルは、明日以降の計画の為に同級生を説得。その後は、中等部生徒会に赴いて現状の確認と情報共有。

 猪鹿月いかづき水無月は、高等部の教員室へ。各学年の主任教諭陣と情報交換を行い、校長室で校長と認識の共有。僅か数分で廊下へ出た所で、待機していた保志仙二に声を掛けられた。


「ああ。話がしたくてな」


 教員室から少し離れた階段の踊り場。ある程度の広いスペースを確保された場所だが、四十路を越えて尚もジムに通い続ける巨漢が立てば少々狭苦しく感じる。

 暫く真面目な顔で黙っていた仙二は、盛大に溜息を吐いた。


「校長はダメだ。全く聞く耳を持ってくれん」


「……」


 下手に同意せず、水無月は笑顔で次の言葉を促す。


「俺は生徒の安全の為に……――いや、違う。違うな……」


 普段は豪放磊落な仙二だが、今日の情緒が不安定な様は表情から容易に察せる。


「猪鹿月……。俺は、早く帰りたい。コレが夢なら構わない。構わないんだ。そもそも、俺も夢か現実か分かっていない。……だが、もし現実だったら……」


「奥様の予定日、二ヶ月後でしたね」


「……ああ」


 仙二は最近では珍しくない晩婚で、四十歳で見合い婚。妻の妊娠が発覚した時には――それこそ生徒が話題の中心に挙げる程度には浮かれていた。


「正直、今でも現実とは思えない。あんな、ドラゴンなど……。だが、黙って事態の経過に身を任せる事の方が苦痛なんだ……! 俺は、前に進んでいる実感が欲しい……!」


 仙二は額から汗を流す。乾いた唇で小さく息を刻み、握る両拳も僅かに震えていた。

 対する水無月は、微笑んだ。二限目の授業が終わり、階段の踊り場で教諭を呼び止めて内容に詰まった点を質問する。そして疑問が晴れ、笑顔で礼を言う。――微笑む彼女の様は、正に日常の光景だった。


「この世界が現実か、私にも分かりません。保志先生の思い、軽々しく理解できます……とも言えません。――しかし、現状に対する強い意識は私達も一緒だと思います。だから、安心して下さい。私達も、協力します。……ふふ。同じ女として、奥様の心は理解できる心算つもりですから」


「……あ、ああ。……いや、済まなかった」


 僅かに放心した仙二は、今更ながら背筋を伸ばした。


「教師として、恥ずかしい姿を見せた。謝罪させてくれ」


「いえ。保志先生に強く想われている奥様が、同じ女として羨ましいです」


「う、うむ……。――じゃあ、俺は戻る。話を聞いてくれて助かった。ありがとな」


「ふふ、はい。どういたしまして」


 階段を下りる仙二の背中を見送り、彼の姿が見えなくなった所で水無月は目を伏せた。


「動物的問題の後は、人間的――精神的問題……。本当に、問題は山積み……。……私は、無事に子供を産めるのかしら」

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