第11話
本性が出始めたのは、里親さんの家に住み始めてから、3週間くらい経った頃。
発端は、聡美さんと浩次さんの口喧嘩。些細なことから始まった口論は、机を叩いたり怒鳴り合ったりのものに変わる。あたしは部屋でじっと息をひそめて、喧嘩が終わるのを待っていた。大人の怒鳴り声は怖い。喧嘩なんて、前の家ではめったに怒らなかった。父さんも母さんも、あたしをいじめることで二人で結託していたから。
やがて、強くドアの閉まる音がして、気配が一人分減った。聡美さんの泣く声がしていたから、たぶん浩次さんが出て行ったのだろう。
あたしはそおっと部屋を出て、「大丈夫?」と聡美さんに声をかけようとした。
「あなたは知らんぷりなのね。家族なのに」
聡美さんの声も表情も、すごく冷たかった。
「こんなんじゃ、いるのもいないのも変わらないわ」
あたしは聡美さんの態度に凍り付いて、動けなかった。「何やってるの。さっさとお風呂入っちゃいなさい」と追い払うように言われて、お風呂場の中に逃げ込んだ。
聡美さんは、それから日に日に当たりが強くなった。機嫌がいい時には猫なで声を作るけれど、そうでないときは感情のない声であたしを冷たくあしらった。そんなときに限って、この間のテストの結果が出ていた。
「テストの成績表、もらったんでしょう。見せなさい」
拒否権のない命令口調だった。もたつきながら鞄を探るあたしに、「早く」と聡美さんはいらだった様子で言った。不機嫌にさらされるとあたしはますます焦って、聡美さんをますます怒らせることになった。
あたしの成績表を一瞥するなり、聡美さんは大きく溜息をついた。
「どうしてあなたは普通になれないんですか?」
敬語。とどめの一撃だった。親しみを失ったと感じさせるには、十分だった。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい、じゃないんですけど。あなたは人よりがんばらなきゃいけないの。わかるでしょう? 何やってるの?」
畳みかけるような口調に、言葉は喉に詰まってしまって、何も言えなかった。
あたしは普通になりたかった。だからこの家に来た。なのに。
聡美さんの監視の目は日に日に厳しくなった。浩次さんが帰ってきて、より冷たい温度が家に漂うようになっても、それは変わらなかった。ひどい時には浩次さんの目の前で長々とあたしを怒鳴ったけれど、浩次さんは我関せずだった。
友達に苦境を求めた。インターネットで知り合った人にも。みんな、ひどい話だねって聞いてくれたけど、「外に相談したほうがいい」と言われるたび、相談しないお前が悪いと責められている気がした。
だって、相談した結果がこれじゃないか。
もう一度相談したって、また学校に行けなくなって、みんなからますます取り残されて、そのうえ家でまた嫌な思いをするかもしれない。今度はこれよりもっとひどいかもしれない。
どうせ、あたしが悪い。あたしがダメだから、周りにそうさせてしまうのかもしれない。
自分を責める言葉は、いくら湧き出ても尽きなかった。
そのうち、聡美さんはスマホを見るようになった。「なんで友達にこんな嘘言ってるの!?」「私、こんなひどいことしてないわよね?」「嘘ついたって謝りなさい」と強い口調でまくし立てられ、友達に「あれは嘘だったんだ、ごめんなさい」と目の前でメッセージを打たされた。「あんたはろくなことをしない」とスマホを没収された。タブレットでどうにかインターネットの人とは繋がっていたけれど、それも、時間の問題だった。
だれか、助けてください。
その言葉は、どこにも届かない。
必死に助けを求めても、誰も助けてはくれない。あなたががんばるしかないとしか言われない。
あたしは二回親ガチャに失敗した。本来引き直すことのできないものを、二度も弾いて、どちらにも失敗した。
「虐待を受けた子はそういう運命を自分で選んだ」と誰かが言った。
あたしは、何も選んでないのに。
どうすればよかったんですか。
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