第9話
施設に来た日から、学校へ行くことを禁止された。両親との接触を避けるためだそうだ。
しばらくは休息のつもりでゆっくりできたけれど、日に日に焦りが募った。施設のみんなは各々学校に行くのに、あたしだけ一人で留守番。自習くらいしなければと思うけれど、何を、どんなペースでやったらいいかもわからない。そもそも、ここに来てから何日かは情緒がずっと安定しなくて、すぐにフラッシュバックに襲われては、頭が真っ白になったり、わけもなく泣き出すことも多かった。
比較的調子がいい時は、自分なりにやってみようともした。教科書を開こうとしても、真っ白なノートと見たことない文字の羅列をみると、ぴたっと思考が止まってしまう。焦りのあまり、過呼吸になる。その様子を見ていた職員さんから、「今は、ゆっくりお休みする時間なんだよ」と宥めるように言われた。
友達と会うどころか、連絡をとることもできない。手紙ひとつ出すことを許されないのだ。
突然、見知らぬ土地に来て、知っている人の誰とも会えない。話もできない。孤立状態。あの家から逃れられたのはよかったけれど、先が全く見えなかった。友達に忘れられてしまっているんじゃないか、進級できないんじゃないかと、とにかく不安でいっぱいだった。
その中でも、楽しいことはあった。小さな歓迎会を開いてもらったこと。初日に、「この人だれ? この人だれ?」とまとわりついてきた女の子が、すごく懐いてくれたこと。同い年くらいの子たちと親しくなれたこと。
驚いたのは、みんながみんな訳アリだから、家族からされたことの話を気軽にできるということだった。学校の友達との話ではどうしても暗くなってしまう話題でも、「わかるわかる、うちもさ~」とちょっとした笑い話にできた。
本当なら、笑い話になんかするべきじゃなかったのかもしれない。無理に面白おかしく話していたのは、ある種の防衛本能みたいなもので、心はずっと泣いていたのかもしれない。けれど、それも含めて許容してもらえる感じが、温かくて好きだった。
そうして過ごした二カ月は、今までで一番安らかで、けれど不安な時間だった。不自由の中に、確かに自由があった。自由とは必ずしも楽しくてきらきらしたものではないことを知った。
そうこうしているうちに、季節は移ろい、コートがないと寒いくらいの季節になっていた。まったく進んでいなかったあたしの時間は、この頃急に動き出した。
あたしが里親に引き取られることが決まったと、椎名さんが教えてくれた。一度面談をした里親さんは、穏やかそうで、いかにも世間のイメージする「お母さん」って感じの雰囲気の人だった。
問題はなかったか、大丈夫そうかと、面談後に施設の人に訊かれた。あたしは曖昧に頷いた。そのまま話はとんとん拍子に進み、その日のうちに里親さんの家に行くことが決まった。
里親に引き取られるなんて、しかもこの歳では珍しいと、仲良くなった施設の子に言われた。
「よかったね!」
その子は明るく笑って、不安の消えないあたしを「大丈夫!」と励ましてくれた。
けれど、本当に心配なのは、自分のことより妹の方だった。
最後に家を出た時から、一回も妹に会っていない。
あの子は今、大丈夫なのだろうか。どうせなら連れて行けばよかった。自分一人だけ自由になったことがひどく薄情な行いだったような気がした。
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