第6話
扉の開く音で、浅い眠りから引き上げられた。父さんと母さんが、表情のない目でこちらを見ていた。
入れ、と冷たい声。
玄関の時計を見ると、2時15分ごろ。泣き腫らしたせいで視界が霞んでいて、ぼんやりとしか見えなかった。玄関に足を踏み入れると、安心で、膝から崩れ落ちそうになった。
疲れは限界を迎え始めていた。そのまま部屋に戻ろうとすると、「お前は入って来るんじゃねえ!」と、父さんの太い怒声が耳をつんざいた。
入れって言ったのはそっちなのに、どういうこと?
もう、何も考えられなかった。母さんは腹を抱えて笑っていた。おかしくて仕方がないとでも言うように。視界はおぼろけだったけれど、ざまあみろ、という声が確かに聞こえた。
その日は玄関で寝るしかなかった。床の冷たさが体を刺した。寂しくて、辛かった。うんと小さな頃、玄関から外に出された冬の日みたいに。
家に入れてくれたのは、きっと恩情でもなんでもない。朝になれば、通勤や通学をする人たちが家の前を通る。そうすれば、軒下で寝ているあたしは不振に思われる。
自分が娘を閉め出す親だと、ばれたくない。だから、一応は屋内に入れたけど、部屋には入れてくれなかったのだろう。
限界はとうに超えていた。あたしは乱暴に突き落とされるように眠りに落ちた。
母さんの起きてきた音で、目が覚めた。
あたしを嘲笑っていた母さんは、やっぱり温度のない目でこちらを見ていた。あたしはきっと、道端のゴミと同じ。憐憫も慈しみも、少しだってなかった。
「母さん」
「何」
声が明らかに不機嫌だ。あたしは声を振り絞って、「部屋に入れてください」と言った。母さんは鼻で笑った。
「あんたみたいな、親を裏切る残酷な子なんて、入れるわけないでしょ? 入れてほしいなら、パパにお願いしなさいよ」
顔を凍りつかせたあたしを見て、母さんはいっそう楽しそうに目を細ませた。こんな風に弄ばれて、嘲られるくらいなら、いっそただ憎んでほしかった。
あたしはよろよろ膝をつく。手を組んで、「お願いします」と頭を下げる。父さんの説得なんかできるわけない。いつまた容赦のない暴力が襲ってくるかわからない。そうすれば、今度は本当に殺される。
「あんたの土下座にそんな価値があると思ってんの?」
ほんのひとかけら残っていたプライドが、その言葉でぐしゃりと踏み潰された。
「……わかった」
涙が床に落ちた。
やっぱりこの家にあたしの居場所はないんだ。あたしはここにいるべきじゃないんだ。出るしかない。友達の家に逃げ込もうとドアノブに手をかけた時、「あんたさあ」と尖った声が背後から刺さった。
「もし、またどっかへ行こうとするなら、高校も退学にさせるし、住民票も移動させて、あんたを外に捨てるから」
その言葉に、さっき以上に血の気が引いた。
看護師になる夢は、まだ持ち続けていた。苦手な勉強も、好きじゃない学校も、家での苦しい生活も、それだけにしがみついてやり過ごしてきた。
母さんの思うがままに翻弄される自分が悔しかった。
あたしはそのまま玄関に座り込むしかなかった。母さんの足音が遠ざかってから、ポケットに忍ばせてあったスマホに手を伸ばした。
誰かに助けを求めようと思った。LINEだけはまともに使える。数少ないつながりに私は縋った。中学時代からの友人には「バイトだから家には行けない」と言われ、高校の友人には「家がわからないから」と断られた。深い深い絶望にさらにのまれそうになった。
そんな時、ネットの友達が、児童相談所の電話番号を教えてくれた。児童相談所が関わるほどひどい状態だというのを、その時初めて知った。自分なんかが頼ってはいけない場所だと思っていた。
あたしは立ち上がり、ひとつ深呼吸をして、扉に手を伸ばした。
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