第5話
家を出て、行く当てもなく近所をさまよった。
未成年が夜に落ち着ける居場所なんて、この街にはない。人気のない道をふらふら歩きながら、言いようもない不安に襲われた。
誰か、あたしを見つけて。
もう、透明のままでいるのは嫌。
泣きそうになるけれど、こんな時に限って、誰ともすれ違わない。田舎の住宅街だ。10時になればあたたかな窓明かりから、朗らかな笑い声や、お風呂の水の跳ねる音や、子供がはしゃいでは優しく諫められる声が聞こえてきていた。
あたしには与えられなかった世界だ、と思った。
さまよい歩いているうちに、大きな公園にたどり着いた。あたしは体の芯まで疲れ切っていて、とにかくどこかで腰を下ろしたかった。虫の声が遠くに聞こえる。半分夏みたいな毎日だけど、もう秋なんだな、と急に思った。あたしは半袖とハーフパンツ。荷物も持たず、着の身着のまま。あたしだけ夏のまま時間が止まっているみたいだ。
東屋のベンチに腰掛ける。自販機の白い明かりに蛾がたかっている。喉がひどく乾いて、口の中が張り付きそうだったけれど、自販機でジュースを買うお金すら持っていない。
あたしは、どうすればいいんだろう。
色んな事を考えた。生まれてから今まで、あの家で受けていた仕打ちのこと。妹には優しくするくせに、ちっとも優しくしてくれない両親のこと。愛されて育ったからか、ひどいことをたくさんしたのに、なぜかあたしを慕う妹のこと。だけど、妹は蹴られるあたしを見ているだけで、助けようともしなかったこと。
遠くに行きたい。どこか遠く。誰にも傷つけられることのない世界。
死にたい、という言葉が無意識に口からこぼれた。雫が顎から落ちてTシャツを濡らした。一度泣いていることを自覚すると、もうだめだった。
あたしが一体何をしたっていうの。
どうしたら許されるの。
神様。
手を祈りの形に握りながら、誰かがあたしを助けてくれないか、絶えず願った。星に願いが届くこともなく、時間だけが過ぎて行った。
色んな事を同時にぐるぐる考えながら、その実、何も考えられなかった。あたしはどうすればいい。答えはわかりきっていた。あたしの帰る場所は、あの忌々しい家しかない。
気づけば体が冷え切っていた。腕は薄く鳥肌が立って、ひとつくしゃみをすると、それを皮切りにもうふたつ、くしゃみが出た。
そろそろ帰らなきゃ、と不意に思った。鼻をすすって、立ち上がる。自販機の時計で時間を確認する。1時。日付はとうに変わっている。
それで一気に我に返った。急ぎ足で家に戻った。息を切らせながら、インターホンを押した。辺りは怖いほどに静まり返ったまま。なんの反応もなかった。
聞こえなかったのかもしれない。眠っているのかもしれない。ほんのかすかな希望にすがりながら、もう一度呼び鈴を押した。
やっぱり反応はない。
ぎゅうっと胸が苦しくなった。あたしはとうとう愛想をつかされたのだ。今までだって愛されてなんかいなかったのに、あたしはひどい絶望に襲われた。
あまりたくさん呼び鈴を押しても怒られるだけだ。
途方に暮れ、よろよろと座り込んだ。扉にもたれて体育座りをしながら、昔もこうやって一人で泣いていたことを、不意に思い出した。
悔しいのに涙が止まらなかった。泣いて、泣いて、泣き疲れて、あたしはそのまま浅い眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます