第3話

 妹は愛に守られながらすくすく育った。あたしは透明のまま、やることになる家事だけが増えて行って、中学生になった。

 小学校から中学校に上がると、勉強が急に難しくなった。先生の板書のスピードも、小学校に比べてずっと早い。自分なりにがんばって授業を聞いているつもりでも、なかなか頭に入らない。家で勉強をしようとしても、家事だなんだと呼び出されるし、怒られた日はドキドキしてしまって勉強がほとんど手につかない。

 小学校の頃に仲が良かった子とは、クラスが離れてしまった。そのまま、うまく友達の輪に入れないまま、1カ月、2カ月。そうなるともうグループはほとんど固まっていて、あたしの入れる隙間はなかった。部活はバレー部に入った。放課後の買い食いやおしゃべりにつき合えないことが増えると、誘われることすらなくなって、心なしか、ボールが回って来る回数も減った。ペア練習の時はいつも余って、顧問とやっていた。それすら「顧問に媚びている」と陰口が聞こえた。

 どこの輪にも属せないあたしは、厳しくなった校則や部活のストレスのはけ口に、さりげなく攻撃された。そうは言っても、「いじめ」と言われるほど露骨なことはされない。それとなく無視されたり、席替えのたびに隣の子に顔をしかめられたり、たまにプリントを飛ばして回される。そのくらい。

 あたしは、ここでも透明になる。

 中学も2年にもなると、「あの子ははじいていい子」のレッテルが次のクラスにも持ち込まれる。他の子より替えの少ないブラウスは、いくら綺麗に洗ったつもりでもどこか薄汚れていた。「あいつ、くさくね?」と言われることが、他の何よりもつらかった。

 名前を呼ばれることは学校でもなかった。新しいあだ名が増えた。「バイキン」と「ゴミ」。


 勉強も友人関係もうまくいかないあたしを、両親は嫌っていた。朝から機嫌次第で殴られたり蹴られたりした。帰ってからも。理由は、あたしが気に食わないから。あたしの顔や表情、仕草、声のトーン、ご飯の食べ方。その他すべて。

 妹だけは他の家族とまるで違った。あたしが小学生のころは、あたしを露骨に侮っていた妹だけど、その態度を母が注意してから(なんでも、母の妹に似ていて気に食わなかったらしい)、あたしに対する風当たりが少しずつきつくなくなった。時には哀れみにも似た目を向けられることもあった。

 妹は可愛く、愛嬌もあり、勉強も友人関係も上手にできる優秀な子だった。あたしとは真逆。両親もそれをわかっていて、すぐに妹を引き合いに出しては、「菜々子はできるのになんであんたは」と不機嫌をぶつけた。

 妹は、その上性格もいい子だった。殴られることはあたしよりずっと少なかったけれど、あった。その時は泣いて悲しがるのに、すぐにあたしに矛先が変わると、「お姉ちゃん、大丈夫?」とあたしの顔を覗き込んだ。

「触らないで!」

 あたしは思わず妹の手を払った。あんたが産まれてから、どんどんおかしくなったんだ。あたしの憎しみはきっと筋違いで、ただの八つ当たりだったけれど、自分で抑えることができなかった。

「何様のつもりだお前は! この、クズが!」

 すぐに父さんのキックが飛んできた。

「お父さん、やめてよ!」

 妹の声。

「クズにクズって言って何が悪い! 菜々子に謝れ!」

 父さんは開き直ってあたしを傷めつける。頭をかばった腕にたくさんの足が飛んでくる。

「菜々ちゃん、あんな奴の心配なんかしなくていいのよ」

 母さんの猫なで声が聞こえた。

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