Epilog

 とある記念式典での立食パーティ。会場内でにこやかに談笑し、代わる代わる挨拶を交わす雇用主の直ぐ後ろに控えて立つ。服装は地味な女性物のパンツスーツ。基本的に僕の役目は彼が握手をする際にグラスを預かったり、何か手渡された際にそれを受け取り、持っている鞄へしまう程度だ。

 あれから約二ヶ月半。めまぐるしく時は過ぎて、世間は師匠も走る師走も終盤。僕はあのとき交わした契約を守り、日々真面目に彼の元で働いている。

 条件は白鷺さんの秘書見習いとして雇用契約を結ぶこと。取り敢えず半年間。時期にして春までと言う短期契約だ。その間元のアルバイトを行うことは禁止。元のアルバイトで稼いでいた金額に相当する賃金は保障するという確約付だ。勤務はあくまでも学業優先。放課後、休日、空いている時間を勤務として、白鷺さんに付き添い事務仕事から色々なお世話、ボディガート、果てはお酒の相手まで……多岐にわたる業務をこなしている。

 そしてあの日の宣言通り、合間合間に秘書さんによる超スパルタ特訓を挟みつつ正規雇用契約にむけた訓練も施してくれている。あの人めっちゃサディストだ。正直超怖い。今も昨日散々投げ飛ばされて間接キメられたこともありすっごく身体痛い。油断すると顔が引きつるぞ。

「相変わらず白鷺君は顔のいい秘書を連れてるよね」

「あははは、どうせ管理されるなら美人の方が気持ちよく働けますからね」

 違いないと笑っていらっしゃる。ヤレヤレ、だったらちゃんと管理されて欲しいものだ。じゃないと僕は秘書さんのストレス解消に付き合わされ過ぎて、このままじゃ秘書なのか自動投げ飛ばされ人形なのか良く分からなくなってくるぞ……


 無事パーティは何事も無く終わり、報告書を書いて提出すると僕の今日の勤務は終わりである。さっさとロッカールームへ行って服を着替える。

 白鷺さんの会社は案外まともで、ちゃんとしたビル(自社ビルだ!)に居を構える貿易会社だった。これもちょと予想外。きっとイリーガルなブラック企業をだと予想していたのに。しっかりとした福利厚生。真っ当な思考を持った社員。安定した業績と、確かな成長を続ける一流企業だった。そんな会社での秘書見習い経験。これは確かにマイナスにならないだろう。あのままアルバイトを続けていくよりはよっぽどか健全で、真っ当な人生に近付ける。

 スーツを脱ぎながらロッカーを開けて……中身が入れ替わっていることに気が付く。元着てきた服と靴の代わりに見覚えの無いブランドの紙袋と箱が置かれている。ブランド名を見ると着るのを躊躇う様なハイブランドではない。紙袋の中を覗くとご丁寧にタグを外された洋服一式。これ、この前経理の石原さんと雑誌見ながらこれいいねって言ってた服だ。レディアゼルのチェックのワンピース。ショップで聞いたら売り切れてるって言われていたのにどこで手に入れてきたのか。シャツもタイツも全てコーディネイトされて一通りキッチリ揃っている。ロッカーの下の方には服に合わせた灰色のヒール。コートは流石にそのままだけど、これは元々白鷺さんが買ってくれたお高いブランドの一品だし……げ、下着も用意されてるじゃん。

 しぶしぶ用意された服一式に着替え、メイクを整えてロッカールームを出ると社長と社員数名がわざとらしく休憩用のテーブルでお茶を飲みながら待ち構えていた。経理の石原さんもいる。と、いうことはここにいるメンバーが主犯か。

「あの、これ」

「よく似合っているね。可愛いよ」

 そう言っていの一番に褒めてくれるのは社長の白鷺氏。この人は昔から変わらない。会うとまずは服装を褒めてくれる。

「や、そうじゃなくて」

「ふじっちゃんへ私たちからのクリスマスプレゼントよ。因みにそのチェックのワンピは社長が手に入れてくれました」

 あぁ、道理で売り切れてるはずのものが手に入ったわけだ。

「私はせっかくだから長く着れるちょっと背伸びした服がいいのではと言ったのだけどね。でも、確かにこういうのはキミが一番欲しいと思っている物を送るのも悪くないな」

 うんうんと肯く社長。まぁ、そう言いつつこのコートはちょっと値段がとんでもないんですけどね。

「ありがとうございます……でも下着まで用意されてるのはちょっと気持ち悪いので減点です」

「ほらやっぱり社長それは無いって言ったじゃないですか!」

 女性社員からブーブー言われる白鷺氏。うーんアラフィフはこのあたりデリカシー欠けるよね。

「でも好みだろう?」

 だから余計気持ち悪いのだ!

「さて、このあとはデートなのだろう? そろそろ急がないと遅れてしまうよ」

「僕の予定把握するの止めて下さいよ!」

「親はいつの時代も子どもの恋愛に敏感なのさ」

「や、親じゃ無いから」

「いつでもパパと呼んでくれてもいいんだよ?」

 最近はいつもこんな感じだ。随分と打ち解けた様に思う。他の社員さんもそれを笑いながら見ているし、ときに僕を擁護し、ときに社長側について僕をいじってくる有様だ。

 白鷺さんの目的は未だに謀りかねるところはあるけど……まぁ、なる様になるか。



 駅の改札を小走りに通過する。慣れない新しい靴で思ったより駅まで時間がかかってしまった。周囲を見回すと直ぐに目当ての人を発見。柱に埋め込まれたディスプレイにもたれかかる様にしてスマホを眺める長身、ショートカットの美人。

 たぶんあそこの女子中学生っぽい子たちと、大学生っぽい男の子たち、それからあのOLさんから熱い視線を注がれている。うーん、相変わらず顔がいいから。ちょっとじぇらしー感じちゃう。


 こんな不安定な生活、いつまでも続くわけがない。

 きっといつか終わりは訪れる。

 僕はやがて大人になる。

 魔法は解けて空からおちる。

 でもせめてそれまでは―――

 せいぜいこのモラトリアムな人生を堪能しようじゃないか。


 お待たせ、と飛び切りの笑顔と共に下から覗き上げると、嬉しそうににっこり笑ってくれる。

 随分可愛い洋服だねと、褒めてくれるので照れながらお礼を言って。

 じゃあ行こうかって、歩き出す際に差し出されたその腕につかまって。

 それでは、楽しいデートの始まりです。



終わり

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彼女な僕と、彼女との関係性 時邑亜希 @Tokimura-Aki

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