第3話

 端から見て、僕と彼女はどういう関係に見えたのだろうか。『他人の意見など関係ない、こういうのは当人同士の問題だ』と綺麗なお言葉を掲げることは簡単だが、現代社会に生きる以上他者からの目を気にせず生きるというのは不可能である。これを『そんなことはない』と言ってしまえるのは、よほどの強者か、ただの愚者だろう。

 大学内で彼女と行動を共にすることが増えてしばらく、元々彼女と付き合いのあった友人たちとも少し仲良くなった。大概最初は僕たちが付き合っているのかと思ったらしい。大学生の思考回路なんてそんなものだ。だが、そんな彼らも僕たちの関係性を見て皆一様に「それはないな」と思ったらしい。

 曰く、「や、だってマリちゃんの北上君への接し方、どうみても女友だちと一緒なんだもん。男女の友情は無いって言うけど、北上君可愛いからそもそも女の子枠ならありだよね」

 僕個人としては悲しむべきか喜ぶべきか、なんとも微妙なところである。

「何? フジは男扱いされた方がいいわけ?」

 とある水曜日。見たかった映画を二人で見た後(なぜ水曜日なのか、僕の口からから語ることは憚られる)パンケーキのお店へ。周囲は女子とカップルばかり。一人だと流石に入れないが、彼女と一緒なら堂々たるものだ。

「別にそういうわけじゃ無いけど。でもマリさん、僕がどっちの格好でも女の子扱いするから」

「そんなに器用には出来ないわよ。私の中でキミは可愛い女の子。いいじゃないそれで」

 二人で遊びに行くとき、基本的に僕は女性の格好をしている。そうなると僕は店員さんに話しかけたり出来なくなるので、必然的に彼女が色々と手を貸してくれる。その立ち振る舞いがまた堂に入っているというか、自然でカッコイイ。なるほど、栗坂のお店の店長が“また毛色の違う子”と言ったのは嘘では無いらしい。これだけ綺麗にエスコート出来るのだからそれなりの場数は踏んでいそうだ。対して僕は……アルバイトの関係上、エスコートされるのだけはそれなりの場数を踏んでいる。

「あ、そうだ。再来週の日曜だけどさ、フジ空けれる? 清香さんがバーベキューするからフジも誘ってみたらって」

「キヨカ?」

「ん? あぁ、店長のこと。清香さんって言うのよあの人。スタッフとその家族、後はそのお友だち呼んで肉焼くの。時々そういう催しやりたがるのよ」

 あれ以来、割と頻繁にあのお店には遊びに行っている。この格好をしていても大丈夫なお店ということが一番ではあるが、彼女を介してお店のスタッフや常連さんとも顔なじみになれたこともあって、とても居心地よく利用させて貰っている。

 特に、アルバイト後、微妙な気分になっているときに一杯飲みに行くには最高である。これまでそういうときに一人でいると、何故だか惨めな気持ちになることがあった。自分は一体何をしているのだろう。こんなことをして、いつか痛い目を見るのではないか。もう全て諦めてしまった方が健全なのでは無いか。一人誰とも話さず鬱々としているとどうしてもそんなマイナス思考が渦巻く。そんなとき、あのお店へ行くのだ。誰かと話をして、少しだけ本音を漏らして、お馬鹿な話をして笑う。それだけでいい。何も特別なことはない。でも、自分が許容される世界がある。それが重要なのだと、初めて知った。

「海でやるよって言ってたわ。厨房の武村さんも彼氏呼ぶって言ってたし、もしかしたら新鮮な魚の差し入れあるかも」

「武村さんの彼氏って、あの二次元並みに渋いイケメンの先生?」

「そ、あの人釣りが趣味らしいから。釣りに行き過ぎだってこの前もケンカしたらしいわよ。釣り好きのイケメンとヒゲ坊主のコックって……ホント二次元よね」

 ケタケタと笑いながらパンケーキをほおばる彼女もそれなりに面白いプロフィールだと思うけど……それは口に出さないでおくか。

「あ、因みに今私の中で一番二次元的存在はフジだから。美少女で男って、まんま昔のエロゲじゃない?」

「女好きのパパ活美少女のマリさんの方が大概だと思います」

「あら、ありがと」

「……どうしてお礼?」

「美少女って。褒めてくれたんでしょ?」

 そういってニッコリ笑う彼女は可愛い。……どんだけ強いんだよ。

「フジも可愛いわよ」

 ちょっと気取った声で、真っ直ぐ僕を見ながらそういう彼女。あぁ、これに墜とされてきたんですね歴代彼女たちは。顔がちょっと熱いです。

 そんな僕の気持ちはお構いなしに、はい、とパンケーキに添えられたキウイフルーツをフォークで刺してこちらに向けてくる。無言の圧力。口を近付けるとあーんって。仕方ないのであーんと答えてキウイを頂く。

「手慣れてるわね」

「……まぁ、プロ彼女してますから」

「それ、ちょっと意味違うわよね」

「知ってるよ。でも男を幸せにする女をプロ彼女って呼ぶなら僕もプロ彼女で間違って無いかなって」

 あぁなるほど、と納得する彼女。なら私もプロ彼女だと笑う。

「美少女と歩いて、食事して、ハグして、キスして、エッチして。そりゃ幸せよね。その気持ちは私も分かるわ。世間じゃ『好きになった理由は?』って聞かれて『顔です』って答えると総スカン食うでしょ? アレって私納得いかないのよね。顔が一番で何が悪いのよ」

「聞いた話だけど、顔で選ぶのが当たり前の世の中になってしまったら、結婚出来ない男女更に増えて、反比例して出生率が下がって、やがて国が衰退するからわざとそういうプロパガンダを広めて回ってるって話があるよ」

「あ、なるほど。因みにどこで聞いたの?」

「例の変態紳士。まぁ、イケメンなのに結婚してないから矛盾してる気がするけど」

「それは男娼趣味のせいでしょ。LGBTはどうしてもね。フジもこの先苦労するんじゃない? 結婚したら奥さんに隠れて続けてくの?」

 彼女の美点であり欠点は、言葉に歯に衣着せないことだ。お世辞を言わないし、ずばっと痛い腹をつつく。だけど賛辞や謝辞も直ぐに言葉にする。好き嫌いは分かれるだろうが、友人として付き合っていて僕は気持ちいいと思う。もっとも、TPOはちゃんとわきまえられるらしいので友だち以外やバイト中はちゃんとおべっかも使うらしい。そう考えると友だち相手にも本当にまずいラインはわきまえているんだろう。そこがただの無神経な人との違いだ。

「僕は、どうかな。服装の趣味って変わることもあるから……もしかすると飽きてしまうかもね。歳いったらこんなことするのも限界が来るだろうし」

「そうかしら? 最近はあんまり年齢関係無いと思うわよ。年配のお姉さんでもすっごい魅力的な人はたくさんいるし、逆に若くても残念な人は残念。まぁ、自分の見た目をどういう風に演出したいかは個人の趣味みたいな物だから、外野がとやかく言うべきじゃないのかもしれないわね」

 趣味か。確かに僕みたいな男でも努力と研鑽でここまでなれるのだ。時間とお金があれば大概のことは出来る。なので彼女たちは単にそのリソースを別のところに使っているだけなのだろう。

「フジは多分アラフィフくらいまでなら可愛いままよ。その先はもう男女差が無いから何とでもなるわね」

「ありがと。喜んで良いのかちょっと微妙な心境だけど」

「あら、歴とした賞賛よ? 私はダメね。アラフォーになる頃にはけばくなっちゃいそう」

 そうだろうか。そのくらいになったらすっごい短髪とかにして、カッコイイ仕事の出来るお姉様になってそうな予感もあるけど。

「ま、先のことは分からないよね。僕、女性扱いされるのが嬉しいってわけじゃないからさ。そりゃ服とかメイクとか褒められるのは嬉しいんだけどね。だから今はコレは趣味として楽しくやりますよ」

「そうね。今日のフジも可愛いわ。髪留めとその靴の柄が一緒なのはびっくり」

「ありがと。マリさんも、今日も美人で素敵だよ。口紅、その色初めてだよね?」

 そこから先はもはやただの女子トーク。スマホで通販サイトやメーカWebページを見ながら大盛り上がりでした。

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