第4話

 絶妙のタイミング。防衛戦を下げる必死の撤退行動。味方が一番無防備で、敵は一番油断する瞬間。撤退中の警察官とすれ違う。こういうのに慣れたベア子と同じ公安課の人間もいれば、駐在所のお巡りさんっぽい制服警官も混ざってる。現場は大混乱。気掛かりだったベア子の安否は―――今丁度確認出来た! なら憂い無し。

 アクセルを再度ぶん回して加速する。撤退の最後尾。ポンプ車からの放水で牽制していた警官が、側面から回り込まれたゲソに足を捕られ転倒。引きずりあげられる。響く悲鳴。一刻の猶予も無い。これはバイクごと突っ込むしか無い!

 エンジンに鞭打って速度落とさずイカへ急接近、迫り来るゲソの猛攻をギリギリのへたっぴライディングテクニックでかわし、胴体に思いっきりバイクごと突撃。ぶつかる直前、私は車体を蹴って離脱。バイクはその車体重量+加速を力に変えて見事イカの動きを一瞬止めることに成功した。貴い犠牲だ。ゴメンなさいマスター。

 …………公安課に請求出来るよね? 必要経費だよね?

 今のバイク自爆アタックでゲソが緩んだのか、警官はどうにかゲソの猛攻を逃れており、仲間に両肩担がれて一目散に撤退していった。あんまり深く考えずに突撃したけど、結果オーライだ。

 さてと。ヘルメット脱ぎ捨て、少し、息を整える。凝り固まった筋肉をほぐす様に全身に血を巡らすイメージ。現場は海に近く、相手は海に引き込む触手を持った軟体生物――――と、私にとってはトラウマ刺激しまくりの最低案件。一度は断った事案だけど、こう状況をお膳立てされてしまっては。

「ここで引き下がったら、美人ヒーロー失格だよね!」

 イカを視界に捉え、駆け出す。このトラウマ刺激状況というのも、考えようによっては悪くない。私の異能は、痛みをトリガーにしたエーテル循環。つまりこの状況。自然と運用効率が跳ね上がる。


「Code : Black Pain. Ready set...」


 グッと溜めて、あの日の痛みを胸中で――――炸裂させる。


「Go !」


 地面を蹴って飛び出す。瞬時にバイクのトップスピードに近い加速。そのままイカの胴体へ勢い任せの跳び蹴り。さっきバイクの比じゃないレベルで仰け反るイカ。負けじとうねうね私に迫るゲソ。右手に意識を集中。黒く鈍いエーテル発光を伴った拳を勢いよく叩き付ける。インパクトの瞬間、痛みを相手に流し込み、破裂させるイメージ。鈍色の閃光と共にゲソがはじけ飛び、ぼろぼろと灼け千切れる。

 イカが藻掻き叫ぶ。私も、藻掻き叫ぶ! ――――くっそ痛い。もう悶絶しそうなくらい痛い。唇をかみ締めて耐えているけど、のたうち回って泣き叫びながら世界の呪いたいくらいに痛い。辛い。苦しい。悲しい。寂しい。悔しい。でも、この痛みが私の力になるのだ。私のブラックペインという星の祝福に見せかけた呪いは、そういう力なのだ。

 イカの動きに変化が見られる。さっきまでの知能あるんだか無いんだか分からなかった動きから一変。どう見ても私が蹴り飛ばした胴体と、灼け千切れたゲソが痛くて、苦しくて、泣き叫ぶ様にのたうち回り、私と距離を取ろうと後退しているように見える。えぇ辛いでしょうよ。苦しいでしょうよ。恐ろしいでしょうよ。おおよそあんな生物では知りようも無い心的外傷による痛みを織り交ぜてぶつけてやったんだ。こんなの痛覚が在ろうが無かろうが死にたくなる程、痛い。

 壊されて転げ落ちたカーブミラーに映った自分の姿を見る。いつものハイブリーチではなく、今の私の髪色は真っ黒。黒いパンツに、黒いライダースジャケット。更に黒いスニーカー。全身真っ黒。そんな中、痛みを堪えてかみ締め出血した唇だけが真っ赤に染まっている。こんなのどこからどう見たって悪役サイド、悪の女幹部ブラック★ペインさんじゃん。あぁ、胃が痛い。

「バンビ!」

 怪獣退治後の諸星隊員みたいに走ってやってくるベア子。異能発現状態の私を見てちょっと表情を強ばらせたたが、今はそんな場合じゃ無いと持ち直した。相変わらず真面目一徹。職務に忠実だこと。

「ありがとう、来てくれて」

「まぁ私、星の意思を代行する者だし。こういう事態はやっぱり見過ごせないというか……」

 照れ隠し。素直じゃない私。あーもうって私が突然その辺に転がってた石を思いっきり蹴飛ばすもんだからベア子がびくってする。ちょっと怯えた感じで私を見る目。や、だからそんな顔をさせたかったんでも無くて。

「私たち、バディでしょ?」

 それ以上何か言うのも照れくさいし、彼女の反応も見たくない。これで十分。「手」

 言われて片手を出す。間髪入れずにバチンと叩かれる。

 私たちは、こういう間柄だ。これで四年やってきた。

「で、具体的にどうよ? 応援の、何だっけ、ファイタスター? いつくんの?」

「ファイアスタータ。なんか辺鄙なとこにいたとかでまだかかるみたい。待ってたらイカ、プラントまで行っちゃうわね」

 何ソレ使えねぇ! 肝心なところでいっつも警察組織ってのは。応援来る来る詐欺ばっかりなんだから、戦争映画のブラックホークばりに期待外れだよね。

「でもさっきのでイカ怯んでるし、このまま押さえ込めるんじゃ無いかしら?」

「そうだといいんだけど……」

 イカを見る。あ、やっぱりもう再生してる。露骨にこちらを警戒しているのか、二倍増しでゲソが牽制してる。二倍増しでトリハダ。キモチワルイ。こりゃ更に近付き辛くなったぞ。

「私の鈍色で灼き切ったのに再生してる。アレを丸ごとイカ焼きに出来る火力か、急所とか一撃で仕留める感じじゃないとキツイよコレ」

 ベア子が偵察に咒符を一枚飛ばす。鳥に変わった咒符はイカの触手範囲外から取り囲むようにぐるり一周。確かコレ、視界がベア子と共有されているはずだ。

「私や他の職員が与えた外傷も全部治ってる。それどころかちょっとずつ大きくなってるのかな……表皮も定期的に生まれ変わってるみたいな。これだと持久切れ狙うのも無理そうね。バンビ、アレ一気に灼ける?」

「……やったら私、世界を呪い殺せるくらいの痛みを抱える」

「なら却下」

 即答決断。私の異能はそういう代償を伴う。万能の魔法なんてそうめったに無いのだ。あるのはベア子のみたいな技術と研鑽によって成り立つ人の技か、私みたいな歪な呪われた奇跡。理不尽な力による不幸を私たちは散々見てきた。手が届かず、見捨てることもあった。どうすることも出来なかった。そうしないと私たちのどちらかが死んでいた。だから、言葉にはしないけど私たちは他の誰を見捨てることになっても、バディだけは見捨てない。

「急所? をどーんってやっちゃうか。この前YouTube見たよ。イカって目の辺りに急所あるの。上と下で別の急所になるみたいだから、アイツの感じだと二ヶ所同時攻撃必須だけど」

 そもそも生物学的にアレがそういうの通じる相手かという疑問はあるが、狙ってみる価値はある。一応ダイオウイカっぽいし……三十メートルあるけど。

「ごめんバンビ、私アレ貫ける様な咒方術もう無理かも。咒符も残り百枚切ってるし。さっきまでの感じだと胴体貫くには最低二百枚くらいはまとめないと」

 力不足でゴメンね、と申し訳なさそうに笑う。私は、このベア子の顔が一番嫌いだ。

「え、何?」

 がしっと、ベア子の頭を掴む。

「ちょっと、何か言いなさいよ」

 眼鏡が邪魔だ、ちょっと没収。

「痛! え、何? 何なの?」

 呼吸を整え、血を巡らし、体内のエーテル循環を活性化させる。ここまでやればベア子は気付いたらしい。じたばたと必死に抵抗し出す。だが、甘い! 既にベア子の影は私が踏みつけている。とある忍者に教えて貰った影縫いとかいう便利な技。単純エーテル出力量として私の方が優れているからこうなってしまったらもう抜け出せない。

「じょ、冗談でしょ?」

「これが一番確実」

「アレ、貫こうと思ったら相当」

「今は緊急事態、これは合理的判断。OK?」

 有無を言わせない口調で最終判断を求めると、弱々しくOKと。

 では、合意ですので。身長差約十センチ。私はちょっと首を下にして、ベア子はちょっと上を向いて。こんな大騒動の最前線で何やってんだろね私たち。そんなことを思ってしまいちょっと笑ってしまった。すると、それが伝わったのか、彼女も笑う。

 うん、そうそう。衣都はその顔が良いよ。





 それでは仕切り直し。その辺に落ちている鉄パイプを拾い上げ、構え、じっとりとエーテルを浸透させる。イメージは、そう、ねじ切れる様な痛み。螺旋となって、ドリルアンカーの様に、周囲肉を撒き込み、引きちぎり、四散する様な猛烈な痛み――――――うぇ、吐きそう。

「ちょっと、何でアンタが吐きそうな顔してるのよ。こっちも馬鹿バンビのエーテル無理矢理受け入れたせいで正直死にそうなくらい痛いし気分悪いし吐きそうなんですけど!」

 そりゃスミマセンでした。でも上手くいったみたいで、純粋なベア子自身の放出量も上がって、そこへ私の後付けエーテルが乗算されている。これなら、二人同時に、一撃で貫けるはずだ。

「Ready set ?」

「えぇ、いつでも」

 鉄パイプを構え、走り出す準備を。

 ベア子は残りの咒符を束ね繰り出す準備を。

 それでは、イカ退治開始だ!

「Go !」

 はじき出された様に駆け抜ける。障害物を足場に、立体的に、飛び跳ねる様に、イカへ急速接近。さすがのゲソも私の起動について来れなかった様でフリー状態でベストポジションへ到達。地面へ踵を打ち付け、黒いエーテル発光を伴った咒紋円を展開する。広がり、周囲の痛みを詠み上げ、広い、集めてくる。この土地に根付いた記録の残滓。それらを強制的にはぎ取り、この身を通して、攻撃へ乗算する。

 後方でベア子がエーテル収束を終えるのを感知。

 目配せはしない。私たちなら、ここが絶好のタイミングだと分かる。


「Black death line !!」

「平塚符咒式、紫影一線!!」


 黒と、紫。二つの閃光が走る。

 程なく、イカは全身白く染まり、ぬるりと崩れ落ちた。

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