林城静のあれやこれや

 ────拝啓、この世界に生きとし生ける皆様。いかがお過ごしでしょうか。寒暖差の激しいこの時期です、風邪などひいていませんでしょうか。私、林城静はその事がとても心配です。


 さて。

 話は変わりまして…………日本には『恋の病』という言葉が存在します。恋煩い、とも言いますね。

 特定の相手を恋い慕い、想うあまり…………まるで病気にかかったような状態になってしまうと。初めてこの表現を聞いた時には、上手い事を言うなあと思ったものです。


「…………」


 …………私は今、蒼馬くんの手を握っています。


 蒼馬くんと真冬が、よりにもよって恋人繋ぎをしているのを発見し、驚き、おののき、桃ノ木山椒の木、慌てふためいた私は何とかおっかなびっくり蒼馬くんと恋人繋ぎをすることに成功したのでした。殊更に騒いでみせたのは、あまりの恥ずかしさに素面では耐えられそうになかったからかもしれません。


 蒼馬くんはどうやら私の事を『女らしさの対極にいる女』と思っているようですが、私も一応女の端くれ。心の中に乙女を宿しているのです。結果として蒼馬くんには『騒ぐな』と怒られてしまいましたが、この手の温かさに比べたらどんな罰も軽く感じられました。


 さて、そもそもどうして私が蒼馬くんと手を繋いでいるのか、真冬と蒼馬くんが手を繋いでいるのをみて居ても立っても居られなくなったのか。


 その理由は…………そう、ズバリ恋の病です。

 

 私、恋しちゃってます。めっちゃ乙女です。いえーい。


 そんな訳で恋のライバルである真冬が蒼馬くんと手を繋いでいるというのは、私的には全くノーサンキュー。第一種戦闘態勢アラートバリバリ赤信号。まさか蒼馬くんと真冬が付き合ってるなんて事は無いと思うけど、理由はあとでみっちり問い質す必要があるよね。大方、真冬が無理やり繋いでるんだとは思うんだけどさ?


「…………おい。何のつもりだ」


 挨拶も無しに手を繋いだ私に、蒼馬くんはあんまり怒って無さそうな声色で、怒ってそうな言葉を発した。多分そんなに怒ってないんだと思う。私と手を繋げて、怒る理由なんてないもんね?


「真冬と繋げて私と繋げない理由はないでしょーが」


 何とか軽い感じで言った風に見せられたけど…………やっぱり内心はちょっと怖かった。

 だってさ、「ごめん静、俺真冬ちゃんと付き合ってるんだ」なんて言われる可能性が、1億分の1…………いや1恒河沙分の1くらいはあったから。だからホントは怖かった。


「だからって繋ぐ必要ないだろ…………両手塞がるんだよこれじゃ」

「まあまあ、私が上手くリードしたげるからさ」


 でも、どうやら真冬と繋げて私と繋げない理由は蒼馬くんには無さそうで、私はとってもハッピーな気持ちになった。ちょっと声もウキウキしちゃってたかもしれない。でもそれくらい嬉しかったんだ。


 蒼馬くんの手がね、本当に温かかったんだよ。


「静、邪魔するなら帰って。今日はカレーだからそっちには用無い」


 むむむ。

 これがゲームだったら完璧に私ルートに入っていたってのに、やっぱり現実はそうはいかない。お邪魔虫が現れる。真冬がぐいぐいと蒼馬くんを私から引きはがそうとしてきた。


「お兄ちゃん、このお邪魔虫をマンションに帰して」

「蒼馬くん、この生意気な妹つまみ出しちゃって」


 蒼馬くんを取り合って対峙する私達。何だか周りの人から見られている気がするけど…………ごめんなさい、ちょっとだけ許して下さい。今はそれどころじゃないんです。


「…………ああもう! お前ら、いいから黙って俺に着いてこい!」


 けれど、そんな私たちのキャットファイトは蒼馬くんの一喝によって収束を見せた。


「…………きゅん」

「…………好き」


 蒼馬くんの後ろに2人並んで、私たちは頬を赤く染めた。お互いちらっと見合って…………そしてすぐ視線を逸らす。同じ人が好きな者同士、真冬にはなんだか不思議なシンパシーを感じるんだよね。


 そして私達は無事カレーの材料を揃えてレジに並んだ。レジのおばちゃんはどうやら蒼馬くんと真冬の事を知っているみたいで、目が合うなり顔を綻ばせた。チラッと意味ありげに私を見たのが気になった。


「…………あら? いつもの熱々カップルじゃなーい! どうしたのよぉー今日はぁ!? 両手に花じゃない、やるわねぇこのこの!」


 蒼馬くんに絡み始めるレジのおばちゃん。その名も佐藤さん。この一瞬だけでも、陽気でいい人そうなのが分かった。


 ……………………ん?

 なんかいま、とんでもないこといわなかった?


 …………熱々?


 …………カップル!?


「…………蒼馬くん、いつもの熱々カップルって…………どういうこと?」

「ヒィ…………」


 私がじーっと睨みつけると、蒼馬くんは情けない声を出して震えあがった。ちょっと、ちゃんと説明してよ。


「…………ふっ」


 真冬が私に向かって勝ち誇ったような視線を向けてくる。家に帰ったら覚えてなさい。絶対締めてやるんだから。


 …………私はその晩、特に理由は無いけど早速ヨクルト1000を飲むことにした。すぐ寝ちゃったから効果はよく分からなかった。

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