梅雨と言えば相合傘

「うわ…………マジかよ」


 先日、麻耶さんから「打ち合わせをしたい」と連絡を受けていた俺は、大学終わりにバーチャリアルの事務所を訪れていた。打合せ自体は軽い内容で問題なく終わったのだが…………会議室から出た俺は、窓から外を見て小さく毒づいた。


「予報じゃ降らないって言ってたのになあ」


 朝の曇り予報はどこへやら、外はバケツをひっくり返したような大雨だった。今の俺の気持ちみたいな分厚い灰色の雲が空を覆っている。そして通学リュックをひっくり返しても折りたたみ傘は入っていない。はっきり言って…………ピンチだ。


 バーチャリアルの事務所は高級オフィス街の中ではあるものの駅から絶妙に離れた場所にあって、近くにコンビニなども見当たらない。気合でダッシュするという選択肢は、今の所採用したくないのが本音だった。


「迎えに来てもらうか…………?」


 スマホで天気を確認すると向こう3時間は降水確率100%の文字が並んでいて、粘ったところで事態が好転するとは思えなかった。迎えに来てもらう相手が女性オンリーな以上、アクションを起こすなら早いに越したことはない。


 俺はルインを開き…………少し悩んだ末、ひとつの名前をタップした。





 梅雨と言えば…………そう、相合傘!

 梅雨シーズン真っただ中の今日この頃、世界は空前の相合傘チャンス。これを機に蒼馬くんと相合傘しちゃうんだから!


 …………と、意気込んでいたんだけど。


「そういえば私…………全然外出ないんだった…………」


 典型的インドア派の私は雨が降ってもなんのその。太陽照ってもなんのその。雹が降ろうがお構いなし。何なら1日中カーテンを閉め切っていて、外の天気なんか分かりません。


 そんな私に相合傘チャンスなんて訪れる訳もなく。


「…………真冬はいいよなー…………毎日蒼馬くんと外出出来てさー」


 私も大学行けば良かったなあ。そしたら夢のキャンパスライフで蒼馬くんとキャッキャウフフ。目くるめくアバンチュールが私たちを襲っていたはずなのに。


「うむむ…………このままじゃ梅雨が終わっちゃうよ…………」


 閉め切ったカーテンを手でちらっと寄せれば、相合傘にはおあつらえ向きの大雨が街並みを濡らしている。


「蒼馬くん、傘忘れてたりしないかな…………私、すぐに駆けつけるのに」


 ていうか…………時間を確認して気が付く。蒼馬くん、帰ってくるの遅いなあ。いつもならもう帰ってるはずなのに。もしかして…………本当に傘忘れてたりして?


 …………どうしよう、連絡してみよっかな?


 でも、困ってたら向こうから連絡くるよね?


 あーでも…………私じゃなくて真冬に連絡するのかな。それはなんか嫌だなあ。


 いいや、送っちゃえ。


「…………おわっ!?」


 決心してメッセージを作っていたら、スマホが音を立ててにょきっとトークが生えて来た。


『静ごめん、悪いんだけど今からバーチャリアルの事務所来れたりする? 傘忘れて困ってるんだ』


 ……………………


 …………


 来た。


 来た来た来た来た!!!!!!!


『すぐ行きます!!!!』


 私は超特急で着替えて、家から飛び出した。


 傘は…………勿論、1本だけ持って。





「やっほー蒼馬くん! お待たせぃ!」

「はっや」


 会議室の扉が勢いよく開けられ、黒パーカー姿の静が現れた。

 まだルインを送ってから30分ほどしか経っていない。爆速でルインの返信が返ってきたからなんだと思ってたけど、いくらなんでも早過ぎるだろ。


「家にいた? 早くない?」

「蒼馬くんが寂しがってると思って、ダッシュで来させて頂きました! ほらほら、早く帰ろうぜい」


 ずかずかと会議室に入ってきた静が、立ち上がった俺の背中に回り込んでぎゅうぎゅうと出口に押してくる。見ればパーカーの端々が雨に濡れていた。本当に急いで来てくれたんだな…………


「ありがとな静。マジで助かった。借り1でいいから」

「いえいえ、いつも蒼馬くんには何から何までやって貰ってますから。気になさらないで下さいな」

「それもそうだな。じゃあ借りはナシで」

「いやそれは別問題。ちゃーんと返して貰うから…………覚悟しててね?」

「変な事は却下だからな」

「うんうん。とりあえず…………帰ろ?」


 静に押し出されるように俺たちはビルの玄関口までたどり着いた。


「じゃあ静、傘貸してくれ」

「…………?」


 俺の言葉に静は眉をひそめ、訳が分からないという顔をした。その顔をしたいのはこっちなんだけどな。


「いや、だから、傘」

「ないよ?」

「…………なんで?」

「1本しか持ってきてないもん。だから────」


 そう言って、静が外に飛び出していく。


「────ほら、早く入って?」


 ビニール傘を広げて────こちらに向かって手招きをする。


「…………」


 …………なんだろうか。


 多分吊り橋効果だか、その他の謎の効果のせいだと思うんだが。


 雨の中、こちらを向いて微笑む静が妙に可愛く見えて────俺は一瞬目を奪われる。


「? 蒼馬くんはやくはやく! わたし濡れちゃうよー?」

「…………あ、ああ。今行く」 


 無邪気に笑う静はきっと、そんなこと全く意識してないんだろうが。


 ────こうして俺は、生まれて初めての相合傘をするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る