第9話 狼煙
一晩経って、ローアンは目を覚ました。
「うぅ、頭がズキズキする……」
ベッドから起き上がると、そのまま部屋を出る。
そこには、魔法科学研究所の面々がそろっていた。
「ローアン、無事だったか」
「少し頭痛がしますけど」
「なら問題ない。とにかく、ローアンに早急に聞かないといけないことがある」
団長のコスロスが重い雰囲気で話し始める。
「ローアン、お前の見たことは信じられるか?カロットによる我々への攻撃。国家や役人の腐敗。これらは真実だ。我々が何とかしない限り、また次の犠牲者が出る。しかももっと大規模にな」
「分かってます。すべて事実なんですよね」
「もちろんだ。お前のためでもある。レジスタンスとして、我々に協力してくれ」
ローアンの結論はとっくに出ていた。
「僕は、魔法科学研究所に入りたいと思っています」
「それなら……」
「でももう一押し、何かきっかけがないと行けない気がするんです」
「その『もう一押し』というのは?」
「分かりません。何かモヤモヤとした状態であるのは分かっているんですが……」
その時、入口の扉が勢いよく開いた。
「大変だ!帝国が戦争を吹っ掛けようとしている!」
「何だと!?」
「平和になりつつあったこのご時世に戦争なぞしたら、周辺国からなんて言われるか分からないぞ」
「でも噂話ではないのか?」
「いや、ちゃんと号外新聞も出ていたし、冒険者ギルドにも兵士を募る依頼があった」
「これまた面倒なことになったな」
コスロスは頭をかく。
「だが、同時にチャンスでもある。おそらく目標は北にある共和国南部の州だ。あのあたりは影響力のある民族が支配する地域だ。何が何でも手に入れたいのだろう。ならば国王が出しゃばってくるとも考えられる」
「だがどうする?国王がいる本陣は警備が強固だ。並みの人間じゃ到底到達できるとは思えない」
「だが、それを実行できる人間を俺たちは知っている」
その時、一斉にローアンに視線が集まる。
「ローアン、お前にしか出来ないことだ。頼めるか?」
「それは……」
ローアンが口ごもりしていると、また別の人が飛び込んできた。
その人物は、全身に傷跡があり、血まみれになっている。
「どうした!?」
「奴です……。カロットがまた仲間を……!」
その声には、まさに怒りと憎しみがこもっていた。
その時、ローアンは悟った。
「そうだ……。カロットだ」
「何?」
「カロットのパーティを壊滅させるんだ」
ローアンの脳裏によぎったのは、自分のことを捨てたかつてのパーティメンバーの姿である。
「あいつはもういらない。復讐してやる……」
ローアンの目から、光が失われる。
「今なら、いつもの宿に泊まっているはずだ……。頼む、仲間の
ローアンは地下の部屋を出る。その後ろを、ニハロが追いかけた。
ローアンはまっすぐ、カロットたちのいる宿へと歩いていく。
「ローアン、何か策はあるのかい?」
ニハロが聞く。
「方法がないわけではない。ただ面倒なだけだ」
「まぁ、君のスキルだと大抵は面倒なことになるだろうけど。それを使って勝算はあるのかい?」
「正直ないに等しいかもしれない。でもやらないといけない気がする」
「それなら私も止めはしないよ。一緒に行くよ」
そういって、宿の前までやってくる。
時刻は早朝。殺しをしたカロット以外なら、まだ寝ているだろう。
『それは数多の種類を持つ生命体。群生となって襲い掛かれ』
差し出した手の先に、魔法陣が展開される。
『
魔法陣から大量の粉のようなものが吹き出す。
それはカロットたちのいる宿を覆いつくす程の量だ。
「一体何を召喚したんだ?」
「ダニだ。あいつらには、じっくりと傷みつける」
召喚したのはコナフキダニ、ケナガヒダニ、そしてナンポウマダニだ。
コナフキダニやケナガヒダニは、増殖すると呼吸器官などに入り、アレルギー性の疾患などを発症する。また、ケナガヒダニは人間を咬むこともあり、それが皮膚炎となって症状が現れる。
そしてナンポウマダニは、吸血することで最も知られているダニである。時に200mlもの血を吸い、また様々な感染症や毒を持っているため、大変厄介な存在だ。
そんなダニの大群をまるで火を起こした時の煙のようになるまで召喚する。そしてそれらを、各部屋に向かって突撃させる。
当然、何も知らないパーティメンバーは、安眠しているだろう。
そこに、大量にダニが投下される。するとどうなるか。
強制的にダニを吸い込み、呼吸困難に陥る。体中にケナガヒダニが咬みつき、ナンポウマダニも血を吸い始める。
ほどなくして効果が出始めたのか、悲鳴のようなものが聞こえてきた。
ものの数分程度で、悲鳴は終わり、何かが倒れるような音が聞こえる。
「全員どうなったんだ?」
「おそらく重篤な状態に入っている。とりあえず確認しよう」
そういってローアンは、ダニたちをもとに戻し、宿に入る。
宿の受付も、何が起きているのかさっぱりな状態だ。
階段を上がり、それぞれの部屋を確認する。
パーティメンバーは、それぞれ全身を咬まれ、血を吸われ、毒と感染症に侵されている状態だ。
その中にはカロットもいた。手持ちの回復ポーションで延命を図っているようだが、間に合っていない。
「ローアン、貴様……!」
「どうだ?カロット。たった数日でパーティ追放した奴に殺される気分は」
「最悪の一言に尽きるね……!」
「そのままあの世に逝ってしまえ」
そういってローアンは、カロットが持っていたダガーを手に取り、首に当てる。
「自分の行った行為は、自分に帰ってくることを忘れるな」
そういってローアンは、首をスパッと斬った。
「ずいぶんとえげつないことをするね」
後ろから見ていたニハロが声をかける。
「なんか、ここまでしないといけない気がしたから」
そういって宿を出る。
魔法科学研究所に戻る道のりで、ローアンはニハロに話す。
「僕、レジスタンスとして生きていくよ」
「そうか、分かった。団長には私から話しておくよ」
「いや、いい。こういうのは自分で言わないといけないから」
ローアンの言葉に、ニハロはホッと胸を撫でおろした。
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