第8話 条約

 結局その日は、まともな依頼を受けずに過ぎ去った。

 翌日、依頼を受けにギルドへ足を運ぶ。

 すると、何やら人だかりが出来ていた。


「おいマジかよ……」

「本当なのか?」

「何かの間違いだろ」


 騒然とした空気感がそこには存在していた。


「有名人でも来たのか?」


 ローアンは後ろのほうから、人混みの中心を見る。

 するとそこには、外交省の腕章を着けた役人がいた。


「外交省?なんでこんなところに……」


 その役人が、受付で何か話し込んでいるのが見て取れる。

 そして諦めたように受付を離れ、人混みに向かって声をかける。


「誰か!虫を召喚できる冒険者を知らないか!?」

「僕か?」


 それは明らかに、ローアンのことを指していた。

 そして、ローアンのことに気がついた他の冒険者が、道を開けるようにして人混みを割っていく。

 役人とローアンの間に道が出来た。


「もしかして君、召喚虫使役の冒険者か?」

「え、あぁ、そうです」

「良かった。君に要件があるんだ」


 そういってローアンのことを取り囲む。


「来てくれるかね?」

「……はい」


 あまりの威圧感に、ローアンは首を縦に振るしかなかった。

 そのまま、街一番の高級ホテルに案内される。


「あのー、僕なにかやらかしましたか?」


 居ても立っても居られず、ローアンはそんなことを聞く。


「大丈夫、問題を起こしたとか犯罪関係で来たわけじゃないから」


 そういって、なにやら大層な準備をする関係者たち。


「実は、皇帝陛下にとある噂話が聞き及んでね。虫を使役する冒険者のことなんだ」

「つまり、僕の話ですよね?」

「そう。そのことに関して、陛下は酷く憂いた。もし君が、間違った使役をしてしまえば、帝国中が混乱するだろうと」


 そういってローアンの前に、ある紙が置かれた。

 それは見るからに上質な紙で出来ているように見える。


「……これって」


 内容を軽く見ただけでなんとなく察してしまう。


「『昆虫召喚に対する相互理解と利益を追求するための協力関係に関する帝国とローアンとの密約』。帝国と君との間に交わされる条約だよ」


 その言葉に、ローアンは冷や汗が出るのを感じた。


「言葉通りの問題と考えてほしい。帝国にとってみれば、臣民から税金や穀物を徴収できないのは損益だ。君も冒険者として、依頼が来ることがなくなるかもしれない。それどころか、帝国の経済が停滞して失業もあり得る。それを未然に防ぐための条約だと思ってほしい」


 簡単に内容を見る。

 内容は難しく書いてあるものの、ところどころ不穏な文字が見え隠れしている。

 「ローアンは収穫の時期の前後にはスキルを使わないことを了承する」という文章。「ローアンがスキルを使用する際の昆虫召喚上限」の表。

 どう考えてもローアンに不利な条約だ。


「さ、ここにサインをして」


 そういって役人が、ペンを差し出してくる。

 ローアンは一度、ペンを持とうとするが手をひっこめた。


「……条文を見る限りでは、僕のほうが不利に見えます。一度考えさせてください」

「そんなことはないよ。君の身の安全は保障するさ」

「いやでも……」


 そこまで言ったところで、ローアンは何かを察知する。

 次の瞬間、ローアンの頭に何か鈍器のようなものが勢いよく当たった。


「ガッ!」


 ローアンは地面に伏す。

 何か生暖かいものが頭の横を垂れる。

 それが床のカーペットに滴り落ちた。

 血である。


「な、んで」

「ゴチャゴチャうるさいんだよ。君、今の立場分かってるの?」


 そういって、役人がローアンのそばに立つ。


「君のような民間人は、おとなしく国の言うことを聞いてればんだよ」


 ローアンの頭を踏みつけ、グリグリと体重をかける役人。


「その国が、国民にこういうこと強要しちゃいけないだろ……!」

「ずいぶんと先進的な考え方だな。……君の経歴を見させてもらったよ。ロクな経歴じゃないな。このままここで死んでも問題ないくらいだ」


 役人はローアンの頭を蹴り飛ばすと、椅子に座りなおす。


「さて、どうする?ここで死ぬか、条約にサインするか」


 関係者が剣を取り出し、ローアンに突きつける。


「君は運が良い。まだ選択肢があるんだからな」


 ローアンは体に力を込めて、立ち上がる。

 そして椅子に座ってペンを取り、所定の箇所にサインを書く。


「良い判断だ。それじゃ、この文書は持って行っていいよ。お互いにこれがないと問題が起きるからな」


 そういって役人は、関係者を連れて部屋を出た。

 しばらくしてから、ローアンも部屋を出る。

 正面ロビーを出た所で、ニハロが待ち構えていた。


「ローアン!」


 ふらつくローアンを、ニハロが介抱する。

 ローアンは、そのまま魔法科学研究所のアジトに連れ込まれた。


「薬草を刻んで液を抽出した回復ポーションだ。すぐに効果が出ると思うよ」


 そういって試験管に入った緑色の液体を、ローアンの頭の傷にかける。


「役人まで腐っていたか。これはいよいよ俺たちが本格的に動かないといけなさそうだな」


 団長のコスロスが決意を新たにする。


「ローアン、君のためでもある。魔法科学研究所に手を貸してくれないか」


 ニハロがローアンに聞く。

 しかしローアンは脳震盪を起こしているのか、はたまた血を失いすぎたのか、意識がはっきりしない。

 ニハロはおとなしく、そのまま安静にさせるのだった。

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