第7話 発覚

 この日、ローアンは貧困地区をほっつき歩いていた。


「今の手持ちは銀貨3枚に銅貨6枚……。どう考えても普通の冒険者の持ってる金額じゃないよなぁ……」


 最近のローアンの懐事情は、まさに火の車であった。


「最近は宿に泊まる金を切り詰めてるし、必要最低限の物しか買わないし、あとは依頼人の厚意によって食いつないできたところもあるからなぁ」


 しかし、そう都合よく依頼があるわけではないし、良い人ばかりではない。

 実際、今日まで生き延びてこられたのは運によるところも大きい。


「どこまで運が通用するかな」


 そんなことを考えていると、前から見たことある人物が出てきた。


「あ、ニハロ……」


 その時気がついた。

 いつもはヘラヘラとした顔であったが、今は真剣な眼差しをしている。


「何やってるんだ?」


 あまりにも真面目な顔をしていたものだから、ローアンはわざとニハロの視界に入るように近づいていく。


「……君か」

「どうしたんだ?こんなところで」

「ちょっと静かにしてもらえないかな?」

「は?」


 不思議に思ったものの、ローアンは黙ってニハロの後ろにつく。

 ローアンがニハロの視線を追うと、そこにはある人物の姿があった。


「あれ、カロット……?」


 かつて所属していたパーティを追放した張本人がいたのだ。


「なんでこんなところにいるんだろう?」


 カロットが別の道に入っていったのを確認すると、ニハロが走って追いかける。

 それに続くように、ローアンも走る。

 すると、とある物陰に隠れたニハロ。

 それに対応できず、思わず道の真ん中へと飛び出すローアン。

 その瞬間、目を疑うような光景が広がっていた。

 なんとカロットが、小さめのダガーを使って人を殺していたのだ。


「なっ……!」


 ローアンは思わず声を出してしまう。

 その声に反応するかのように、カロットがこちらを向く。


「……なんだ、ローアンじゃないか」

「なんだ、って……。カロット、何をやってるんだ……?」

「何って、見れば分かるだろう?」


 そう言ってダガーに付着した血をふき取り、しまうカロット。


「俺はね、こうやって殺しをしないと気が済まないんだよ」


 そういって髪をかき上げながら、ローアンのことを見る。


「なんていうのかな……?人間、腹が減ったら食事をする。眠くなったら睡眠を取る。そんなごく普通のことをやるように、俺は殺人をする」

「そんな……、なんで殺人なんか……!」

「逆に聞くが、殺人をしてはいけない理由はなんだ?人間は家畜を殺す。自然界の動物は縄張りやメスを巡って争い、時に命を落とす。食料を狙って他の種の動物を殺す。それと殺人になんの違いがあるというんだ?」

「それは……」

「人間だけ特別扱いしていいとでも思っているのか?そりゃそうだよな。聖典には『神は自身の姿に似せて人間を作った』って書いてあるもんな。だけど、俺から言わせてもらえば、そんなの幻想に過ぎない。己の行動を正当化するためだけの言い訳だ」

「カロット……!寺院のことを敵に回すつもりか!」

「そうだ。俺は、ゆくゆくは帝国を滅ぼし、そして新世界の千年王国を作り上げる。王国には選ばれし民が住み、永遠に近い幸福と安寧を手に入れることができる。そこに人も動物もない」


 ローアンは衝撃を受けていた。

 寺院の教えには、「人と接し、そして人としての使命を全うせよ」とある。

 これの解釈として、神の代わりに地上のすべてを人間が支配し、管理を委託するという学説が主流だ。

 カロットの言っていたことは違う。聖典を否定し、人と動物が手を組むというものだ。


「その考え、まさか古代共和国の地教か?」


 地教とは、地上は神が存在する前から有り、そこに神々が誕生したといういにしえの宗教である。


「いや、それとは違う。俺の考えているのは神代かみよから続く、神話の世界を作り上げることだ。日の本ひのもとに集う、本当の意味での神の時代だ」


 そういってカロットはその場を立ち去ろうとする。


「カロット!」

「お前が見た事は誰にも言うな。もし誰かに話したことが分かったら、その時は君の番だ」


 ローアンの引き止めもむなしく、そのままカロットは去ってしまった。


「……さて、面倒な事になった」


 いつの間にか、ひょっこりとニハロが出てくる。


「このままだと魔法科学研究所と衝突する可能性があるな。これは団長に相談しないと」


 呑気なニハロを見て、ローアンは思ったことを口に出す。


「なぁ、ニハロ。なんでカロットのことを尾行していたんだ?」

「この間、仲間が殺されたんだ。情報をかき集めて、彼が犯人である証拠を掴んだんだか……」

「僕に邪魔された、と?」

「でも、そのおかげで有益な情報が手に入った。結果としてはプラスだよ」


 そういって、貧困地区へと踵を返すニハロ。


「私はこのまま団長に話をしてくる。君は……まぁ、自由にしてくれていいよ」

「あっそ」


 ローアンはその言葉通り、今日生きるためのことを考えるのだった。

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