第5話 妹、スイーツを堪能する。
妹と相合い傘をしながら歩いていると、雨に霞む景色の向こうに、煌々と灯るガイフルの看板が見えてきた。
「そういえば、スイーツは? 宿題、ちゃんと全部終わったよ」
その看板を見て、美羽が期待を込めた視線を向けてくる。
「ち、覚えてやがったか」
「もち。勉強内容は忘れても、スイーツは忘れない」
「できれば勉強内容も覚えておいてくれ……」
ため息まじりに言う俺をよそに、傘の優先権を持つ妹はじわじわと進路を変更していった。
「ガイフルへようこそー。お好きな席にどうぞ―」
そして入店と同時に、店員さんの元気な声で迎えられた。
店内を見渡したあと、俺たちは一番奥のボックス席に腰を落ち着ける。
「どれにするか迷っちゃうねぇ。お兄様」
「唐突に呼び方をお兄様に戻すなよ。お客さんが少ない分、声が通るんだぞ」
メニューを開いてニコニコ顔の妹とは対照的に、俺はこわごわと周囲を見渡す。幸いなことに、誰かに聞かれた様子はなかった。
「言っとくが、頼んでいいのは一つだけだぞ」
「わかってますよー。どれにしようかな」
「急に真剣な目になりやがって……まったく、勉強中もそれくらいの表情しろよ」
「いつもはしてるよー……うし。決めた。お兄ちゃんは食べないの?」
「夕飯もあるし、飲み物だけにしとく。じゃあ、店員さん呼ぶぞ」
呼び出しのチャイムを鳴らすと、控えていた店員さんが足早にこっちにやってきた。
「ご注文、お決まりですか?」
伝票片手に聞いてきた店員さんに、俺はコーラを注文する。
「えーっと、これください」
一方の妹は店員さんにメニューを向けて、素早く注文を済ませた。
角度が悪く、妹が何を注文したのか見えなかった。
「かしこまりましたー。少々お待ちください」
一礼して去っていく店員さんを見送りながら、俺は一抹の不安に襲われる。何が来るんだ?
◇
「お待たせしましたー。ご注文のコーラと、店長ヤケクソパフェでーす」
やがて運ばれてきた品物を見て、目を疑った。
俺のコーラの倍は髙さがある器に、下から、コーンフレーク、生クリーム、チョコレートソースが何層にも重ねられ、上部には何種類ものアイスと、色とりどりのフルーツが乗っかっていた。
「……何だこのパフェ。でっけぇ」
「すごいっしょ。なんと、このサイズで1990円」
「ほほう」
器のサイズや使われているフルーツの種類から値踏みするに、異様なほどの安さ。なるほど、店長のヤケクソ具合がうかがえる。
……だが、全部食えるかどうかは別問題だ。
「…またこんなの頼みやがって」
「えー、一つなら良いって言ったじゃん。お兄様の嘘つきー」
「確かに言ったが……限度を考えろ、限度を」
それこそ、値段はヤシ牛の並盛り牛丼5杯分。カロリーに至っては……めまいがした。計算したくない。
「お前、これ食って夕飯入るのか?」
「え? えーっと……せっかくだし一緒に食べればいいじゃん。いただきまーす」
笑顔で言って、パフェスプーンを手に取った。
「まあ、せいぜい頑張れ。コーンフレークの一つも残すんじゃないぞ」
◇
「……お兄様、もう限界」
「はえぇよ! まだ四分の一も食ってねーじゃねーか!」
店長ヤケクソパフェを食べ始めて10分弱。妹は早々にギブアップした。
「アニキ、助太刀して」
言って、アイスが乗ったパフェスプーンを向けてくる。
「どうせ渡すなら、器ごと渡せよ」
「えー、できるだけ自然にお兄ちゃんに『あーん』しようと思ったのに。アニキの意気地なし」
また、そんな浅はかな考えを……つーか、限界なのは本当らしい。俺の呼び方がブレブレだ。
「フルーツはおいしかったけど、次のアイスが冷たすぎて、口の中の感覚がなくなった」
そう言って儚げな笑顔を向ける。フルーツの森を抜けた先には、アイスの地獄が待っていたというわけか。
よく見れば、バニラ、チョコレート、ストロベリー、三種類のアイスがヤケクソに盛られている。
「仕方ねぇな……貸してみ」
「お、お願いします」
ずずず、と俺にでっかい器を差し出して、妹はぐったりとテーブルに突っ伏した。
「……まったく、無茶しやがって」
俺は覚悟を決めて、残されたパフェの山に挑む。まずはストロベリーアイス、貴様からだ!
「ぐお、アイスクリーム頭痛が……!」
意を決してかぶりついたものの、すぐにアイスの逆襲が始まった。
加えて、ひたすらに甘い。これはきつい。
「ちなみにこのパフェね、二人で15分以内に食べきれたら改名権をゲットできるらしいよ。『お兄様ヤケクソパフェ』に改名してみたら?」
「トラウマになりそうだからやめてくれ」
少しだけ気になって腕時計を見たが、注文してから20分以上が経過していた。すでに改名の権利はなく、俺は胸を撫でおろした。
「取り皿とスプーンもらってきてやるから、回復したらお前も手伝え。甘すぎて胸焼けがしてきた」
「これだけ疲労困憊の妹に、まだ食べさせる気!?」
注文したのはお前だろうがーーー! と心の中で叫ぶ。あくまで、心の中でだ。実際に騒いだら、お店の迷惑になるからな。
「すみません。取り皿をもらえますか。あと、スプーンも」
俺は恥を忍んで、取り皿をもらう。そしてできるだけ甘くなさそうな部分を選んで、妹に取り分けてやる。
「はあ、これだけ食べたら、もう夕飯いらないかもね」
お前がその台詞言うのかよ! 俺が言うならわかるが、お前が言うのかよ!
……と、もう一度心の中で叫びつつ、俺は黙々とアイスを口に運ぶ。
「お兄ちゃん、アイスばっかりで大変でしょ。ここらでコーンフレークいかが? あーん」
「だからしねーって!」
つい我慢しきれず、大きな声が出てしまった。
妹も黙々と食べていると思いきや、ふいにスプーンを差し出してくるとは。
巧妙過ぎて、危なく引っかかるところだった。
……いつか一線を超えてしまいそうな自分が怖い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます