第3話 妹、添い寝する。


「よっ」


 その日の授業が終わり、下校時間になる。妹は当たり前の顔をして校門で待っていた。


「お前、わざわざ待ってなくていいから、友達と帰れよ」


「友達のトモちゃんは委員会活動なのー」


 本当なのか冗談なのか判断に困ることを言って、くるりと向きを変えて歩き出した。


 ……なんだかんだいって、今日も一緒に帰るのか。


「アニキ、今日はマルキョー寄ってかないの?」


 帰宅途中、妹が少し先に見える建物を指差した。


「ああ……ちょうどタイムセールの時間だな。寄ってくか」


 ちなみにマルキョーというのは、この地域に昔からあるスーパーだ。ちょうど通学路にあるので、よく利用している。


「いらっしゃいませー」


 店員の元気な声に迎えられて入店し、俺はカゴを手に取る。


「さて、今日の夕飯は何にするかな」


「アニキ、アイス買っていい? アイス」


「まさか、飯の前に食う気か? 小さいのにしとけよ」


「やた」


 そう言った直後、美羽は冷食やアイスが並んだコーナーに駆けていき、パビコを手に戻ってきた。


「パビコか。なかなかいいチョイスだな」


「でしょー。これならアニキと二人で分けられるもんねー」


 ちなみに妹が選んだのはヨーグルト味だった。


 俺はコーヒー味が好きなんだが、選択権は妹にあるので文句は言うまい。


「お、豆腐が安い。今日のメインはこれにするか。次は……」


「こうやって一緒に買い物してると、新婚さんみたいだよねー」


「お、大きな声で言うなっ。買い物に来てるおばさまたちから、変な目で見られるだろっ」


「タイムセール中だし、皆買い物に集中して気にしてないよ。それで、晩ごはんは何にするの?」


 言いながら、妹は買い物かごの中を覗き込んでくる。


「豆腐、ニンニク、長ネギ、ひき肉。それと……なんか瓶」


豆板醤トウバンジャンな。何作るか、当ててみ」


「むー……家常豆腐ジャーチャンドーフ?」


「またマニアックな中華料理を……もっとポピュラーな奴だ」


「わかった。麻婆豆腐マーボードーフ


「当たり」


「ご飯が進むやつですなぁ。楽しみぃ」


 よほど夕飯が楽しみなのか、スキップしながら俺の後ろをついてきた。


 美羽は麻婆豆腐、好きだもんな。


    ◇


「はー、宿題めんどい」


「ご飯食べたら、お風呂の前に宿題終わらせる! って息巻いてたのはどこの誰だったか」


「だってアニキ、数学だけでこんなに宿題あるんだよ? 絶対おかしいって」


「学生の本分は勉強だ。それをおろそかにするんじゃないぞ」


「そーいうアニキ、宿題は?」


「今日は少なかったからな。もう終わった」


「いいなぁ。代わりにやってー?」


「断固として拒否する」


 助けを求める妹に背を向けて、俺はゲーム機を起動する。


 正直やり飽きたゲームだが、宿題を手伝っても百害あって一利なし。ここは心を鬼にすべし。


「ゲームばっかやってないで、妹の宿題手伝わなきゃ駄目だぞ!」


「うわっ!?」


 すると、妹はいきなり背中に抱きついてきた。やめろっ、柔らかいものが当たるっ!


「それ、オンラインゲーム? フォールトナイツ?」


「うんにゃ、モンスターバスターズ。巨大なモンスターを倒していくやつ」


「ずっとやってるけど、面白いの?」


「ま、まぁそれなりだ」


 待て待て! もたれかかってくるなっ。だから柔らかいって!


 どうしても背中に意識が行ってしまい、ゲームの操作が散漫になる。駄目だ、集中できん。


「あー、やられちゃったー。お兄ちゃん、へたっぴ」


「くそっ、今日はやめだな」


 俺はゲーム機の電源を切り、天井を見上げる。


 ……負けた。主に妹に。


「じゃあ、宿題手伝うべき。きっとゲームの神様の思し召し」


「くそー、どこだよ。少しは自分でやれよ」


「ほいほーい。この問題なんだけど……」


 結局、俺は宿題を手伝わされる羽目になった。こういうのは自分でやらなきゃ駄目なんだぞ。俺が宿題を手伝ったところで、テストを受けるのは美羽なんだからな。


    ◇


「ふー、今日も疲れた」


 お互いに入浴を済ませ、布団に潜り込む。今日も妹に振り回された一日だった。


 暗闇の中で目を閉じると、一日の出来事が頭の中に浮かび上がってくる。


 今日気になったのは、校門前での美羽の言動。あいつ、お兄ちゃん大好きなのは良いけど、本当は友達いないんじゃないのか?


 友達のトモちゃん、実在してるんだよな? 兄ちゃん、心配だぞ。


 そんなことを考えていると、次第に睡魔がやってきた。


 段々と意識が遠く……なってきたところに、気配を感じた。


「うっす」


 静かに目を開けると、目の前に美羽の顔があった。


「美羽、何しに来た」


「寝込みを襲いに」


「それ、女の台詞じゃねーから」


「たまにはこっちで寝てもいいよね」


「な、なんだと?」


 思わず聞き返すも、妹は躊躇することなく布団に潜り込んできた。おいおい、本気かよ。


「こうやって一緒に寝るの、ずいぶん久しぶりだねぇ」


 すっぽりと俺の隣に収まって、掛け布団で口元を隠しながら言う。いやいや、俺の記憶が確かなら、一週間前にも添い寝してきた気がするぞ。


「ねえ、腕枕してよ。昔みたいに」


 これまで一度もやった記憶はございませんが。


「えー、いいじゃない。一回くらい!」


「人の心を読むんじゃねぇ!」


「アニキの考えることは、手に取るようにわかるぞよ」


 ぞよってなんだよ、ぞよって。


「ねー、首痛くなるー。肩凝るー」


 言いながら、首を左右に揺らす。あーもー、なんてわがままな妹だ。


「くそっ……今日だけだからな、ほれ」


「えへへー、ありがとー」


 俺は全てを諦めるように、左腕を投げ出す。妹は満面の笑みで頭を預けてきて、すぐに寝息をたてはじめた。


 その安心しきった寝顔を見ながら、これ、朝になったら絶対腕が痺れてるパターンだよな……なんて思ったのだった。


 ……いつか一線を越えてしまいそうな自分が怖い。

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