第51話 気遣いができる男
「さて、これでよしっと」
翌日、俺は昼休みと放課後の時間を使って調理室でカレーを仕込み、ようやく完成した。
「うん。
俺は
「リウト来たよ~、あんたの料理の実力をガツンと見せつけちゃって!」
いやいや、他人事のように言っているが、元はと言えばちひろのせいでこうなったんだろうが。だが癪だけどちひろの言うとおり、せっかく作ったこのカレーで、クラスメート達の舌を唸らせてみせる。
「う~ん⋯⋯良い匂い」
「これは期待できるんじゃない」
俺のカレーは、まずは女子達を香りで虜にすることに成功する。
「確かに匂いは良いけど問題は味じゃね?」
「そうだな。食ってみてそれで判断しないと」
しかし男共はまだ俺の料理の腕に懐疑的な感じだ。
「天城くん、鍋が4つあるんですけどこれは⋯⋯」
神奈さんが疑問に思うのも当然だろう。試食用のカレーなら鍋が1つあれば事足りる。
俺はその疑問を解消してあげるために鍋の蓋を3つ開けていく。
「これって⋯⋯全部同じカレーじゃないのか?」
「まさか俺達運動部の腹を満足させるために、多めにカレーを作ったとか? 中々気が利くじゃねえか」
悟と都筑が見当違いの答えを口に出した。
実は鍋の中のカレーの量は、1/3以下しか入っていない。その理由に気づく人はいないか⋯⋯。
「えっ? ちょっと待って。これって1つずつ匂いが少し違わない? それにルーの色も」
俺のカレーの秘密に気づいたのはちひろだった。
ちひろは俺がわざわざ意味もないのに、3つの鍋を用意するはずがないとわかっていたのか、その秘密に気づく。
「そう⋯⋯ちひろの言うとおりこの鍋のカレーは3つとも味が違う。左から甘口、中辛、辛口となっている」
カレーが嫌いと言う人はほとんどいないが、辛さについては別だ。辛いのが嫌いな人もいれば、甘いのが嫌いな人もいる。新入生歓迎会で来るお客さんも然りだろう。だから俺は全員が食べれるように三種類の味を用意したのだ。
「天城くんすご~い」
「私、辛いカレーが出たらどうしようかと思っちゃった」
「滅茶苦茶気遣いできる人だね」
3つのカレーを作ることで、さらに女子達から賛美の声が上がってくる。
実は天城家もコト姉とユズは辛いカレーが駄目なので、鍋を2つにして作っているのだ。その気遣いがまさかここでも生かされるなんて。
「けどそうなるともう1つの鍋に入っているのは何なの? カレーが入っている鍋とは形が違うけど⋯⋯」
白井さんの言うとおり、他の3つの鍋と違ってもう1つの鍋は土鍋だ。俺は白井さんの疑問を解くために土鍋の蓋を取る。
すると鍋から白い湯気とほのかに甘い香りが調理室に広がった。
「「「土鍋で炊いた御飯⋯⋯だと⋯⋯」」」
男子達が声を揃えて面白いように驚いてくれる。
「私、土鍋の御飯なんて初めて見たよ」
「この御飯でカレーが食べられるの?」
「これは期待できるんじゃない」
やはり香りと言うのは空腹に並ぶほどのスパイスだ。米とカレーの香りのハーモニーにより、クラスメート達の腹の音が今に聞こえてきそうだな。
「リウト、早く食べさてくれ」
腹ペコの野獣達に対して、俺とちひろと神奈さんが1人2口くらいの量で紙皿によそう。
さあどんな結果が出るか。
今までカレーを出して不味いと言われたことはないが、やはり初めて食べてもらう時は緊張してしまう。
そしてクラスの半分ほどよそい終わった頃、突如調理室から声が上がった。
「うめえ! 何だこれ! ほどよい辛さににんにくがガツンと加わり、味が豊かになって最高に旨いカレーに仕上がってるぜ!」
どうやら都筑は皆より先に食べてしまったようだ。悪くない感想だが⋯⋯。
「そんなに美味しいんだ」
「でもにんにくが入っているのかあ」
「ちょっと匂いが気になっちゃうよね」
花の乙女である女子高生達は、にんにくの匂いが気になるようだ。しかし⋯⋯。
「大丈夫、入っているのは辛口だけだから。中辛と甘口にはにんにくは入れてないから安心して食べてくれ」
「そうなの?」
「それじゃあ遠慮なく頂きます」
「もうさっきからこの食欲をそそる匂いがやばくて我慢の限界だったよ」
そしてクラスメート達が一斉にカレーを口の中に運ぶ。
「この甘口のカレー美味しいです! マイルドで甘さだけではなく深みがある味になっていて⋯⋯何か隠し味を使っているのですか?」
神奈さんが珍しく興奮気味に話しかけてくる。
「甘口はバニラアイスと少量のチョコを入れてるかな。女性や子供が食べやすいようにイメージして作った一品だね」
「バ、バニラアイスですか! チョコレートは聞いたことありますけどカレーにアイスを入れるなんて初めて聞きました」
コト姉とユズに喜んでもらうために試行錯誤した結果、たどり着いたのがこのカレーだ。どうやらクラスメート達からも好評で俺は安心する。
「このカレー⋯⋯紬にも食べさせてあげたいなあ」
そして神奈さんから微かだがポツリと声が聞こえた。なるほど⋯⋯紬ちゃんにか。
「リウト、こっちの中辛には何が入っているの?」
「ちひろには前にご馳走した時に教えたはずなんだが」
「もう忘れちゃった。ほら、クラスのみんなも聞きたがってるから教えてよ」
確かにちひろの言うとおり、クラスメートはこちらに注目している。何だか少し恥ずかしいぞ。
「え~と⋯⋯中辛は粉チーズと味噌を入れて風味とコクが出るように作りました」
「へえ~、その2つは家で作ったカレーに入れたことがあるけどこんなに美味しく出来なかったよ」
「元のルーの味が違うのからかな?」
この言葉が返ってくるということは、どうやら白井さんと水瀬さんは家でも料理をするようだ。自宅に帰ったらタブレットに入力しておこ。
「天城、こんな量じゃ全然足りねえ。もっとカレーはないのか?」
都筑は俺のカレーを気にいってくれたようだが、残念ながらここにある物でもう終わりだ。
「何言ってんの都筑! あんた男が作るカレーなら試食しなくていいとか言ってたじゃない!」
「だってよ⋯⋯まさかこんなに美味しいカレーが出てくるなんて思わなかったから。白井だって驚いてたろ?」
「そうね。これはもうお店で売ってるレベルだわ。このカレーを出せば新入生歓迎会でうちのクラスは上位を狙えるんじゃない?」
クラスメート達は白井の言葉に頷く。
「ふふ⋯⋯どうやら私の思惑どおりの結果になったようね」
「ちひろさんの言うとおり、このカレーなら他のクラスと勝負できますね」
確かにちひろが案を出したから皆にカレーを振る舞うことになったけど、何だが釈然としないのは気のせいか?
「それにしても天城がこんなに料理が上手いとはな」
「今度私に料理を教えてほしいなあ」
「私も私も」
しかし俺はクラスメートから褒められることによって、ちひろの独断先行を許してやるかと思い始めるのであった。
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