第50話 敵は近くにいることを忘れてはいけない
俺はちひろの無茶振りに思わず声を上げてしまう。
途中から何となく嫌な予感がしていたが、まさかの俺への丸投げだった。
「えっ? ちひろさんが作るんじゃないのかよ」
「天城くんが? 料理する事が出来るの?」
「男が作るカレーなら俺は試食しなくていいや」
先程まで試食会に前向きだったクラスメートも、俺が作ると知って、乗り気じゃなくなる。
「ほらリウト、言われてるよ。このままで悔しくないの?」
「ちひろのせいだろうが!」
こいつは本当に俺に責任を擦り付けるのが上手いな。だけどちひろに言われなくても、料理のことでガッカリされるのは俺のプライドが許さない。それならクラスメート達を唸らせるカレーを作ってやろうじゃないか。
だが今の俺がカレーを作ると言っても、放課後に人が集まるかどうかわからない。
しかしそんな不安を一蹴することができる人物が、俺の味方をするため言葉を発してくれた。
「私も天城くんが作った料理を頂いたことがありますけど、とても美味しかったです。みなさんも天城くんのカレーを一度食べてみて下さい」
俺の援護をしてくれたのは羽ヶ鷺のヒロイン、神奈さんだ。
まさか神奈さんが俺のフォローをしてくれるなんて思ってもみなかった。
正直に言って嬉しい。嬉しいけどその手は悪手だ。神奈さんは自分の人気がどれだけあるのかわかっていない。その証拠に⋯⋯。
「おいリウト! お前神奈さんに手料理食べさせたことがあるのか!」
「まさか神奈さんの家に入ったんじゃねえだろうな!」
「二人はそこまで進んでいたなんて。仲が悪いと思っていたけど恋人関係を隠すためのカモフラージュだったのね」
クラスメート達は俺が神奈さんに手料理を振る舞ったことについて、食いついてくる。
「ち、違います! 確かに私の家でオムライスを作ってくれましたが、私が料理を天城くんの御両親に作ったこ、こともあります!」
神奈さんは何故余計なことを言ってしまうのだろうか。もしかしたらパルプ○テを食らって混乱してしまったのか。
これでまた男子の俺に対する好感度は駄々下がりだろうな。
「相手の御両親にご飯を作るって⋯⋯それはもしかして恋人を通り越して許嫁!」
「まさか俺がどのメイドのDVDを買おうか迷っていた時にそんなことを⋯⋯。お前は⋯⋯俺達は1人の女の子より、画面の中にいる多くの恋人で満足しようと誓ったじゃねえか!」
悟と断じてそんな誓いをした覚えはない。そんな寂しい人生に俺を巻き込まないでくれ。
男子は嫉妬や恨みで、女子は妄想と恋ばなで盛り上がって収拾がつかなくなっている。
どうするかこれ⋯⋯俺が喋れば火に油を注ぐことになりそうだし、一番良いのは神奈さんが否定してくれることだが、ポンコツ化した神奈さんがこれ以上余計なことを言うのも勘弁してほしい。
もうこれはどうすることも出来ず、成るようにしかならないと考え始めた時。
「仕方ないなあ。これは貸し1だからね」
ちひろは俺の耳元でそう囁くと黒板の方へ向かう。
「ちひろ⋯⋯お前はこの混乱を静めることができるのか?」
俺にはどうにかする策はない。不本意だがこうなったら全てちひろに任せよう。
そしてちひろは教壇にたどり着くと、全員に向かって一声を放つ。
「みんな誤解してるよ。私とリウトで神奈っちの妹ちゃんにご飯をご馳走する機会があって、たまたま神奈っちも同席しただけだから」
ちひろが声を発すると皆の注意が俺ではなく、ちひろへと向く。
「でもそれなら天城くんの御両親に神奈さんが料理を振る舞ったのはどうしてなの?」
「それはリウトが神奈っちの妹⋯⋯紬ちゃんにご飯を作ったからそのお礼に神奈っちが料理を振る舞っただけ。だからこの話の中心にいるのは紬ちゃんで神奈っちは姉として対応しただけだよ」
水瀬さんの問いに対して、ちひろが答えていることは間違っていない。そして俺や神奈さんより第三者のちひろが言うことによって、この話の信憑性が高まったはずだ。
「そうだよな⋯⋯リウトと神奈さんが恋人なわけないよな」
「神奈さんごめんね。私達早とちりしちゃった」
「よくよく考えてみると天城が神奈さんと付き合うなんて、天地がひっくり返ってもありえねえよな」
それはちょっと言い過ぎじゃないかと都筑に問いたいが、せっかくちひろが場を収めてくれたのに、再び乱すようなことはできない。
「そういうわけで、みんな明日の放課後は調理室に集合ね」
「おう」
「わかった」
「楽しみにしてるね」
クラスメート達は先程とは違って好意的な意見を口にして、本日の新入生歓迎会の話し合いは終わりとなった。
「ふう⋯⋯何とかなったわ」
ちひろは教壇から降りると、やりきった感を出してこちらへと戻ってくる。
「リウト、感謝しなさいよね」
「ああ、ちひろには感謝⋯⋯って! 元々お前が俺を巻き込んだせいだろ!」
「そうだっけ?」
ちひろは本当に良い性格をしている。これまでこうやって何度も手玉に取られてきたことを今になって思い出す。
「でも私は本当にリウトのカレーのファンだからね。だからみんなにも食べて貰いたいって思ったわけですよ」
「ちひろ⋯⋯お前はそんなに俺のカレーを⋯⋯とでも言うと思ったか! 綺麗にまとめようとしても駄目だぞ」
「ばれたか⋯⋯」
ちひろは可愛らしく舌を出して笑っている。
だが俺は騙されないぞ。天使のような笑みを見せても、心の中は悪魔だってわかっているからな。
「それじゃあ私はバイトだから帰るね。明日は頼んだわよ」
「乗りかかった船だ。期待に添えるようがんばるよ」
「よろしくね~バイバ~イ」
そしてちひろは荷物を持って教室を出て行くのであった。
「さて、俺も明日の準備をしないとな」
俺はスマートフォンを取り出し、Sアプリを立ち上げる。
このSアプリを使えば、スコアを使って大抵の物は仕入れてくれるので、俺は明日の試食用のカレーに使う材料を発注する。
「具はオーソドックスの物でいいよな」
じゃがいも、人参、玉ねぎ、鶏肉。スパイスのガラムマサラ、シナモン、ローズマリー、後は――。
そして俺は必要な物を入力して、Sアプリの発注ボタンを押す。
これで明日の放課後には学園の購買部に届くはずだ。
こうして俺はカレーの試食用の材料を手配し、準備万端で明日の放課後を向かえるのであった。
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