第49話 カレーが嫌いな人はほとんどいない

そして時はAクラスの教室へと戻る。


「男子はDクラスでメイド喫茶をやるから、そっちに行きたいのよね」


 ちひろはどこでその情報を仕入れたのか、確信を持った表情で宣言する。


「そ、そんなことないぞ。なあみんな」


 悟の問いに男子達は一糸乱れず頷く。お前らチームワークバッチリだな。


「それじゃあ当日、Dクラスのメイド喫茶には行かないってことでいいよね?」

「それは⋯⋯せっかく色々な人と交流を持つチャンスだから、時間のある限り、俺は多くの場所を回りたいと思っている。たまたまその中にDクラスも入っているかもしれないけど」


 悟の言葉に再び男子達は激しく同意する。

 そんなことで女子達が納得すると思っているのか? 余計火に油を注ぐだけだと思うが⋯⋯。


「最低ね」

「これだから男は⋯⋯」


 女子達の冷ややか視線が男子達に突き刺さる。


「仕方がないだろ? 本物のメイドさんに奉仕してもらう機会なんて、庶民の俺達にはないんだ!」


 確かに悟の言うとおり、こんな機会がないとメイドのソフィアさんはおろか、お嬢様のアリアに奉仕してもらうことなどないからな。


「今回はあまり手の込んだ物じゃなくて、新入生歓迎会を楽しまないか?」

「わかりたくないけど悟の気持ちもわかるといえばわかるわ」

「ちひろさんにもメイドの素晴らしさがわかってくれたか!」

「違うわよ! 去年の新入生歓迎会も文化祭もスコアを取るために頑張ったから、あまり楽しめなかったしね」


 確かに去年は自分達の出し物に手一杯で、他のクラスを回ることがほとんどできなかったな。


「だったら注文して作るものより、温めてすぐに出せる物はどう?」

「確かにそれだと楽だけどよ。それじゃあ一位を狙うことは諦めるってことか?」

「いえ、


 ちひろはよくわかっている。上位を狙うのは問題ないが一位を狙うのは難しいことが。もう今年の新入生歓迎会は余程のことがない限り、Dクラスのメイド喫茶を破ることは困難だろう。


「それじゃあうちのクラスは何をするんだ?」


 悟の疑問は最もだ。クラスの視線がちひろに集まる。

 ちひろは何を言うつもり何だろう。普通の学園ならキッチン、調理器具の設備から何を作るかだいたい予想できるが、この学園はホテル並みの設備があるため、作れる物は無限にあり、ちひろが何を言うか想像が出来ない。


「それは⋯⋯」


 そしてちひろは教壇の前まで歩き、一度言葉を切って溜めを作る。

 こいつ⋯⋯場を盛り上げる方法がわかっていやがる。


「カレーよ!」


 カレー? 確かに作り置きできるけどそれで客を呼ぶことができるのか?


「レトルトのカレーを温めるのか? 確かに手間はかからないけどそれで上位を狙うのは無理があるんじゃね」

「別に家でも食べられるしなあ」

「わざわざ新入生歓迎会で食べるものじゃないよね」


 都筑を筆頭に、クラスメート達からはちひろの意見に対して否定的なものが多い。


「レトルト? バカね。スパイスから作る本格カレーに決まっているでしょ」

「スパイスからカレーを作るなんて凄いですね。尊敬してしまいます」


 神奈さんがキラキラした目でちひろを見つめている。

 まあ神奈さんは料理が苦手で、ジャリジャリオムライスを作る程だからな。


「でも本当に旨いのかよ」

「最近のレトルト食品は良く出来ているから、余計なことをしない方がいいんじゃないか」

「確かに。私なんて下手に凝りすぎて失敗しちゃうことがよくあるよ」


 学校でカレーを出すなんて一般的ではない上、素人がスパイスから作るとなると、クラスメート達はさらに懐疑的な意見を発してくる。


「それでは一度、新入生歓迎会で提供するカレーをちひろさんに作って頂くのはどうでしょうか?」


 神奈さんがこの場をまとめるための妥協案を提示してくる。


「そうだな。まずは食べてみてから考えよう」

「試食用とはいえ、女子が作ったカレーが食べられるなんてラッキーだぜ」

「俺も俺も! 明日は昼飯抜いて腹一杯食べてやるぞ」

「バカじゃないの。試食用だから、そんなにたくさん食べたらみんなの分がなくなっちゃうわよ」


 クラスメート達は神奈さんの意見に賛成し、明日の放課後にカレーを試食することに決まったが⋯⋯。

 ちひろは料理が出来るのだろうか? 今まで何度か俺の家でご馳走したことはあったけど、ちひろの料理は食べたことがない。

 だけどカレーって家庭の味があるし、スパイスの入れる物と量を間違えなければ、悲惨なものは出来ないはず⋯⋯。

 いや、油断は禁物だ。その悲惨な物を実際に作る人が目の前にいるのだから。

 俺は無意識に神奈さんへと視線を向ける。


「な、なんですか? 私の方を見て」


 すると神奈さんは俺の視線に気づき、訝しい目付きで俺の方を見てきた。


「いや、何でもないです」

「何だか今、天城くんがすごく失礼なことを考えているように見えましたが」


 す、するどい。この娘はニュ○タイプか何かか?


「気のせいじゃないかなあ」

「そうですか。それならいいのですが⋯⋯」


 神奈さんはどこか納得していないように見えたが、どうやら誤魔化すことに成功したようだ。


「それじゃあ今日は解散かな? 試食の材料費はクラスで割って支払うから。ちひろさん、明日は頼むぜ」


 悟の言葉で今日の新入生歓迎会についての話し合いは終わりかと思ったが、この後ちひろはとんでもないことを言ってきた。


「えっ? 私はカレーを作らないよ」


 ちひろの言葉を聞いてクラス全員が固まる。


「あれだけ本格スパイスカレーとか言っていたからてっきりちひろさんが用意するものかと」

「いやいや、私料理そんなに得意じゃないし。家で食べるのはいつもレトルトカレーだよ」


 何だか話が変な方向に向かっているぞ。それならちひろは、何で自分が作れないのにカレーをやるなんて言い出したんだ。


「じゃあ明日の試食会はどうするんだよ」


 都筑の疑問は最もだ。ちひろが用意しないなら誰が明日のカレーを用意するんだ。


「私は最初から自分が作るなんて一言も言ってないからね」

「確かにそうだけど⋯⋯」


 クラスメート達はちひろの支離滅裂な言葉に驚きを隠せない。


「けど安心して! 私はカレーを作るプロを知っているから!」

「「「カレーを作るプロ?」」」


 ちひろの言葉に皆の声が重なる。何だか嫌な予感がしてくるのは気のせいだろうか。


 教壇の前にいたちひろは、ツカツカと足音を鳴らしながらこちらの方へ向かってくる。そして俺の所を通り過ぎたと思ったら、後ろからポンっと肩を叩かれた。


「頼んだわよ、リウト」

「やっぱりそうなるのかよ!」


 俺ははずれて欲しかった予想が当たり、思わず嘆きの声を上げてしまうのであった。

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