第43話過去の記憶を忘れてはいけない

「バイオレンスなことは止めてください!」


 バイオレンス? 暴力ってことか?


「どうせ1人何だろ?」

「俺達と一緒に遊ぼうぜ」


 少女は英語交じりの言葉を話し、ニット帽を被ったチャラそうな男二人の手を振り払おうとしている。

 やれやれ、どうしてナンパをするならスマートにできないのかね(ナンパをしたことは1度もないが)。


「もう! こんなことならソフィアを連れて来れば良かった」

「えっ? 何? もう1人いるの?」

「それなら2対2でちょうどいいじゃん」


 チャラ男二人は少女の話をまるで聞いておらず、自分勝手な解釈をしている。周囲にいる者達も遠巻きで見ているだけで、誰も少女を助けようとしない。

 日本の助け合いの精神はどこに行ったんだ? 俺は親父の言っていた自分の行動には責任を持てという言葉が頭に思い浮かんだが、さすがにこの状況は見て見ぬ振りはできない。


「ちょっと、その女の子は嫌がってるんじゃないかな?」

「なんだてめえは!」


 チャラ男達は俺の姿を見ると睨み付け、脅すような口調で威嚇してくる。


「あの! 助けてください! この人達が突然トークしてきて困っているの」


 少女が明確に助けを求め、嫌がっていることを主張する。

 これで少女を助けても問題ないはずだ。これがもしただの痴話喧嘩だったら洒落にならないからな。


「関係ねえ奴は引っ込んでろ!」


 いや、関係ないのはあんた達も同じじゃないのか? 何でこういう奴らは自分中心的な考えしかできないのだろうか。


「とりあえず警察を呼んだからナンパするなら早くした方がいいぞ」

「「け、警察!」」


 日本の国家権力と聞いてチャラ男達はビビったのか、思わず少女の手を離してしまう。


「お、おい! 俺は前に警察沙汰になってて次に問題を犯したらやばいんだ」

「俺だってそうだ。こんなことで捕まってたまるか⋯⋯逃げるぞ!」


 そしてチャラ男達二人はこちらには構わず、一目散にこの場から逃げ出した。



 チャラ男達がいなくなると遠巻きに見ていた見物人達もいなくなり、この場は再び人の波が流れ始める。


「あの⋯⋯ありがとうございました」


 チャラ男に絡まれていた少女が俺に向かって頭を下げてきた。

 そして何故か俺の顔をジーっと見てくる。


「な、何かな?」


 こんな可愛い子に見つめられると照れるな。女性に対して耐性が出来ていない俺には、この瞳を真っ直ぐ受け止めることは難しい。

 ん? この子瞳の色が茶色だな。それに顔の造りもどこか日本人離れしているような⋯⋯もしかしてハーフか何かなのか?


「ポリスオフィサーは呼んでないのよね?」


 確かに俺が警察を呼んだというのは、チャラ男達を追い払うための嘘だ。けど何故この子がそれを⋯⋯。


「よくわかったね」

「だって昔と変わってないんだもん」

「えっ?」


 今この子なんて言った? 昔と変わってない? 俺はこの子と会ったことがあるのか?

 しかしこんな薄い茶色の髪と瞳をしている子なんて俺の記憶にはないぞ。


「これはお礼よ」


 俺がこの子の素性について考えていると、不意に頬に湿ったものを感じた。


「えっ?」


 俺は一瞬のことでよくわからなかったが、今のはキス⋯⋯だよな。

 キスをされた場所をさわってみると僅かに濡れた感触がある。間違いではない、今俺はこの子にキスされたんだ。

 このような美少女にキスをされ、普通なら小躍りでもするところだが、俺にはキスの感触を味わう時間などなかった。なぜなら目の前にはお花を摘みに行ったはずのコト姉の姿が見えたからだ。


「どどど、どいうこと! 何でリウトちゃんが女の子とキスしてるのよ!」

「コ、コト姉! いつからそこに!」


 最悪だ。まさかコト姉にキスされているところを見られるなんて。とにかくこの子からもコト姉に事情を説明してもらおう。たぶん俺が言ってもコト姉は話を聞いてくれなさそうだしな。


「お嬢様~⋯⋯お嬢様~」


 だがこの緊迫した場面で、どこからか誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。


「お嬢様?」


 そしてその声は段々とこちらへと近づいてくる。


「ごめんなさいね。私もう行くから」

「えっ? ちょっと!」

「また会いましょう。天城 リウトくん」


 えっ? 俺はこの子に名前を教えていないよな。

 名前についてはコト姉がさっき俺のことを呼んでいたから、それを聞いていたのかもしれないけど、名字については誰も口にしていないはずだ。

 やっぱりこの子は俺のことを⋯⋯。


 女の子は可愛らしくウインクをすると、颯爽とこの場から立ち去ってしまった。


「何だったんだいったい⋯⋯」


 そして女の子がここから離れていってから、すぐにお嬢様と叫んでいた人⋯⋯いや、金髪のメイドさんがこちらに来て、話しかけてきた。


「こちらに薄い茶色の髪、茶色の瞳をした絶世の美少女が来ませんでしたか?」


 見た目からして外国の血が入っているのは間違いないと思うが、その流暢な日本語と、何よりその美しいメイド姿に、思わず絶世の美少女はあなたなのでは? と問いかけそうになる。

 まるで本から出てきたような姿に、俺だけではなく周囲の男達が見惚れていた。


「その子なら向こうに行きましたよ」


 俺はこの時、このメイドさんに魅了されていたのか、考えもなしに素直に女の子の行き先を答える。


「ありがとうございました。それでは失礼いたします」


 メイドさんは両手を前で組み、美しい所作で頭を下げると猛スピードでこの場から立ち去っていく。


 まさか経った数分の間に、とんでもない美少女二人と出会うなんて思っても見なかった。それにしても最初に会った茶色の瞳の子は誰なんだ? 俺のことを知っているようだったからもしかしたらまた会えるかもしれないな。

 俺はそのような思いを抱きつつ、この場を後にする。


「コト姉、そろそろ帰ろうか」


 しかしコト姉からの返事はなかったため、視線を送ると何だが俯きワナワナと震えているように見えた。


「コト姉、そろそろ帰ろうかじゃないよ! さっきの茶色の髪の子は誰? 何でリウトちゃんにキ、キ、キ、キスしてるの!」

「いや、俺にも何が何だか⋯⋯」


 何事もなかったかのように羽ヶ鷺へ帰ろうと思ったが、やはり無理だったか。コト姉はこれまで見たことがない程狼狽え、取り乱している。


「それにお姉ちゃんがいるのに金髪のメイドさんに見とれていたでしょ! リウトちゃんの浮気者! こうなったらお姉ちゃんもリウトちゃんにキ、キ、キスするんだから!」


 こうして男二人に絡まれた美少女を助けたのはいいが、その様子をコト姉に見られていたため、この後俺は、嫉妬に狂う姉を止めるのに大変な労力を使うはめになったのだ。

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