第41話 男には堪えなければならない時がある
俺とコト姉はICカードを使って、羽ヶ鷺駅の改札を通る。
辰川駅まで電車で8駅、20分程で到着する。途中には国立の公園もあって、休日でもそこそこ電車は混むが、学生がいる平日程ではない。
しかし駅のホームに着いた俺達の周囲には多くの人がおり、むしろ平日より混雑しているように見える。
「今日は電車混んでるね」
「何かイベントでもあるのかな?」
俺は急いでスマートフォンで調べてみると⋯⋯。
「今日は国立の公園で食べ物のイベントがあるのと、辰川ステージガーデンのホールでアイドルのライブがあるみたい」
「そうなんだあ⋯⋯それじゃあ電車の中は混み混みかもしれないね。お姉ちゃんは通勤ラッシュを経験したことないから大丈夫かなあ」
「俺も経験したことないけどね」
正直帰りたい衝動に駆られるが、コト姉はデート? を諦める気はないようだし、このまま行くしかないよな。
そして待つこと10分、快速辰川行きの電車が来てたので、俺達は電車に乗り込む。
しかし想像通り、いや想像以上に電車は混んでいたので、俺はコト姉の手を取り、ドア付近へと移動する。
そして俺は両手をドアに手をついてスペースをつくり、そこにコト姉を入れる。
これだけ混んでいるとコト姉は人波に押されかねないし、何よりよからぬ奴らに痴漢をされる可能性がある。家族の俺が言うのも何だが、この姉にはそれだけの魅力が備わっている。
そして羽ヶ鷺から次の駅に到着すると、さらに多くの人が電車に乗ってきた。
「くっ!」
背中に食らう圧がより強くなり、思わず呻き声を上げてしまう。
「リウトちゃん大丈夫?」
コト姉は俺が呻き声を上げてしまったからか、上目遣いで心配そうに語りかけてくる。
「全然大丈夫」
本当は背中もドアを押さえている手も痛いし、全然大丈夫じゃないが、コト姉に心配をかけたくないから強がって見せる。
「ごめんね。お姉ちゃんのために⋯⋯」
「何のこと?」
たぶんコト姉のためにスペースを作っているのがバレバレだと思うが、何だが恥ずかしくて俺は知らない振りをする。
「男の子だね」
コト姉は頬を紅潮させ、優しい笑顔を向けてきた。
やっぱりばれてるか。俺はその顔を直視することができずそっぽを向くと、不意に胸の所に暖かいものを感じた。
「コ、コト姉」
あろう事かコト姉は俺の胸に顔を埋めてきたため、俺は驚いてしまう。
「ふふ⋯⋯リウトちゃん成分を充電中。いつもなら逃げられちゃうけど今なら充電し放題だね」
いやいや、この姉は甘い匂いを振り撒いて何をやっちゃってくれてるの! もう背中や腕が痛いなんて言ってる場合じゃない。こんなことされたら俺の理性が壊れそうなんだけど。
辰川駅まで後7駅、堪えられるか。
そして俺はコト姉の甘い誘惑に堪えながら、何とか辰川駅まで到着することができた。しかしまだデート前にも限らず、俺の精神は既に息絶え絶えになってしまうのだった。
辰川市⋯⋯都心へのアクセスをしやすいということで近年栄えてきた都市。商業施設も充実しており、モノレールが通っている半面、緑豊な所も残っていることから、住みやすい地域とされ人気がある。
俺達は電車を降りて改札口を出るが、俺は先程のコト姉の誘惑攻撃に疲労困憊だった。
「リウトちゃんどうしたの? 何だが疲れてるみたいだけど」
「コト姉のせいだろ」
この姉は人の気も知らないでニコニコしやがって⋯⋯まさか俺が養子だということを知ってアピールしてるのか!
いや、ユズと違ってコト姉はいつもこのくらいのことはやってきてたよな。正直判断が難しい所だ。
「疲れているならどこかで休もうか?」
現在時間は午前10時。商業施設や飲食店が開き始めた所だ。
「そうだな。そうしてくれると助かるよ」
コト姉とのデート? は始まったばかり。ここで力尽きるわけにはいかない。
俺達は辰川の改札口を出て、飲食店がある北側へと足を向ける。すると看板を持ったメイドっぽい服を着た女性の声が辺りに響き、俺達の耳に入ってきた。
「本日は喫茶ショコラでカップル限定デザートを提供しています。これを食べれば恋人同士の仲もさらに深まること間違いなし。ぜひ起こし下さ~い」
カップル限定か⋯⋯だけど俺達はカップルじゃないからスルーだな。
俺はなるべくコト姉の顔を見ないように、メイドっぽい服の女性の前を通り過ぎようとするが。
「ねえねえリウトちゃん。お姉ちゃんデザート食べたいなあ」
絶対そう言うと思った。だから視線を合わせないようにしていたんだが。
「でも俺達はカップルじゃないだろ?」
「いいでしょ別に。喫茶ショコラに入ろうよ~」
ここは断固として断りたい所だが、コト姉は一度言い出したら聞かない所があるからな。
いやいや、いつまでも甘やかしちゃダメだ。それに休憩しに行くのに、そんなカップル限定みたいなデザートを食べて休まるとは思えない。
しかし俺の思いを無視するかのようにメイドさんがこちらに話しかけてくる。
「そこの素敵なカップルさん」
「それは私達のこと!」
コト姉は嬉しそうな表情で、メイドさんの言葉に光の速さで反応する。
「は、はい⋯⋯そうです」
メイドさんもコト姉の反応の良さに、若干引き気味に見えるのは気のせいだろうか。
「リウトちゃん、このメイドさんなかなかやるね。一目で私達が恋人って見破るなんて」
「いや、メイドさんは男女でいる人達みんなにそう言ってるんだろ?」
この姉は何を言ってるのだろうか。もしコト姉と血が繋がっていないことがばれたら、いつの間にか俺と付き合うようになったと周りに風潮して、外堀から埋められそうで怖い。
「そ、そんなことないですよ。二人からは幸せのオーラが⋯⋯特に女の子から出ていますから」
今この人どもったよね。けどコト姉から幸せのオーラが出ているのは間違いではないけど。
「ほら、このメイドさん私達のことわかってくれてるよ。ねえ、リウトちゃん行こうよ~」
コト姉はよっぽど行きたいのか、俺の腕に自分の腕を絡め、引っ張ってくる。
「わかったよ。コト姉が行きたいなら付き合うよ」
正直あまり気は進まない。
けれどこういうカップル系の喫茶店で一番恥ずかしいのは、パフェなどをお互いに食べさせるとか、1つのジュースを2人で飲むやつだから、それをやらなければいいだけだ。コト姉は文句を言うかも知れないけど。
「本当? ありがとう」
コト姉は俺の了承を得られたことが嬉しいのか、笑顔で喜びを表している。
そして俺とコト姉はメイドさんの案内でアンティークな雰囲気の喫茶店へと案内されるのだが⋯⋯。
「は、嵌められた⋯⋯」
この後俺は喫茶ショコラで頼んだデザートを見て、ひどく後悔することになるのであった。
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