第40話 姉と出かけることはデートじゃない

 ユズの変化に戸惑いながらも日々は過ぎていく。


 今日は日曜日。俺はいつものように惰眠を貪っていると布団の中から気配を感じ、脳が覚醒していく。

 どうやら侵入者は布団の中で俺の足を抱き枕に寝ているようだが、犯人はすぐにわかった。

 この⋯⋯これはコト姉に間違いない。

 ユズだったらもっと大きな幸せが俺の足を包んでいるだろう。


「コト姉⋯⋯勝手に布団に入るなって言ってるだろ」


 俺は布団を捲らずにそう言うと、コト姉は観念したのか諦めて布団から出てきた。


「お姉ちゃんだってよくわかったね。2人の心が結ばれている証拠かな」

「⋯⋯ソウダネ」


 とりあえず俺はコト姉の問いに適当に答える。

 もし胸が小さいからわかったなんて口にしたら、温厚なコト姉も激怒することは間違いないからだ。

 そのため数年前から胸の話題は天城家では禁句となっている。


「最近リウトちゃんがお姉ちゃんに冷たい気がする」

「そんなことはない。いつもと変わらない対応だと思うよ」


 確かに養子の件が発覚してから、コト姉とは少し距離を取っていた。コト姉は何かおかしいと感じていたんだな。


「それはユズちゃんと仲良くなったから? 屋上で楽しそうにお昼を食べていたしね」

「見てたのか?」

「うん⋯⋯ユズちゃんがリウトちゃんにあ~んしていた所を見たよ」


 よりによってそこか。この後コト姉がなんて言うか容易に想像できるぞ。


「ユズちゃんだけずるい! お姉ちゃんだってあ~んしたいよ」


 やはりな。こうなったらもうコト姉は止められない。


「お姉ちゃんだってリウトちゃんにいっぱいアピールしてたのに」

「アピール? 布団の中で寝ていたこと?」

「それとベッドのシーツをクンクンしたり、リウトちゃんのリコーダーをペロペロしたり」

「それアピールじゃなくね? むしろストーカーだろ!」


 うちの姉がこんなヤバい奴になっていたとは!


「リウトちゃん嫌だなあ⋯⋯半分冗談だよ~」

「半分? 半分ってどっち!」


 ベッドのシーツをクンカクンカはまだいいとしてリコーダーペロペロはヤバいだろ。身内から犯罪者が出るのは勘弁してほしい。


「そんなことより⋯⋯」

「そんなことで片付けられることじゃないような⋯⋯」

「今日はお姉ちゃんとのデートに付き合ってもらうから。30分後に駅前で待ってるね」


 そう言ってコト姉は部屋を出ていってしまった。


「やれやれ、人の予定を聞かないで勝手に決めて」


 まあ別に彼女もいないからいいけどな。こうやって二人で出かけることは何度もあるし、もしすっぽかしたらコト姉に後で何を言われるかわからない。それにコト姉が養子の件を知っていたら、何かアクションを起こしてくるかもしれない。


 俺はベッドから起き上がり、いつもより少しおしゃれな服を着て、洗面所へと向かうのだった。


 羽ヶ鷺駅⋯⋯東京から電車で1時間くらいの場所にあり、駅前にはデパートや飲食店があるが、基本若者が遊ぶ所は少ない。


「今日は予想通り暑いな」


 天気予報だと最高気温は27度、少し汗ばむ陽気のため、俺は白のTシャツに黒のジャケットを着ている。


 現在時刻は9時20分、コト姉との待ち合わせまで後10分。

 さて、コト姉は来ているだろうか。俺より先に家を出たからもういるはずだが。

 同じ家に住んでいるのだから、わざわざ外で待ち合わせしなくてもいいじゃないかと思うが、おそらくコト姉はデートの雰囲気を味わいたいと考えているはずなので、指摘するようなことはしない。


 俺は駅前に到着するとコンビニの前にいるコト姉の姿をすぐに見つけることが出来た。

 何故ならコト姉はその可愛らしい容姿で目立つということもあるが、他に害虫が2匹群がっているからだ。


「ねえねえきみ可愛いねぇ、誰かと待ち合わせ?」

「俺達と一緒に遊びに行かない?」


 俺と同じ歳くらいの茶髪のロングヘアと金髪の中分けが、コト姉を口説こうとしている。コト姉はそんな二人に対して無視を決め込んでいた。


「何? シカトしてんの?」

「だったらどこまで俺達を無視できるか試しちゃおっかなあ」


 そう言って二人はコト姉の手を取ろうとするが⋯⋯。


「人の連れに手を出さないでもらおうか」


 俺は二人の背後からコト姉に伸ばしていた手を掴み、無理矢理静止させる。


「リウトちゃん!」


 コト姉は俺の姿を見つけると二人から逃れ、俺の背後へと逃げる。


「いてて! なんだてめえは」


 俺はコト姉の安全が確認出来たので、二人の手を離してやる。すると二人は俺に対して怒りを込めた目で睨み付けてきた。

 やれやれ、無駄な争いはしたくないんだが。


「俺は⋯⋯」

「彼氏だよ!」


 俺が弟だと口にしようとしたら、コト姉は俺の腕に自分の腕を絡め、彼氏だと宣言した。

 普段なら「コト姉何を言ってるんだ」と問いただす所だ。だが彼氏にしておいた方が、目の前の二人は諦めてくれる可能性が高いので、俺は黙っている。


「ちっ! 彼氏持ちかよ」

「それなら早く言えよ」


 そう二人は捨て台詞を残して、この場を立ち去っていく。

 やれやれ、あいつら。もしコト姉に手を出したらこの場に血の雨が降る所だったぞ。

 俺は逃げていく二人を見て安堵のため息をつく。


「リウトちゃ~ん! 怖かったよぉぉ」


 コト姉は改めて俺の正面に回り、胸の中に飛び込んでくる。


「はいはい。怖かったな」

「ひどい! お姉ちゃんの扱いがぞんざいだよ!」

「ああ、ごめんごめん」


 俺は感情のない言葉でコト姉に謝罪する。


「もう! リウトちゃんはお姉ちゃんを何だと思ってるの? か弱い女の子だよ」

「そうだな。それより⋯⋯」


 俺はこの会話を終わらせるため、コト姉に視線を向ける。


「今日のコト姉⋯⋯すごく可愛いよ」


 コト姉の今日の服装は、シンプルに白のワンピースだった。清楚な雰囲気のコト姉にはまさにお似合いの服装だ。


「そ、そうかな」

「ああ、清楚で可憐なコト姉によく似合っているよ」

「ふふ⋯⋯ありがとう。リウトちゃんもカッコいいよ」


 そう言ってコト姉は全身を見せるため、その場でクルリと回ると、ワンピースのスカートがふわりと舞う。


 お世辞じゃなく本当に可愛らしい人だ。100人いたら100人コト姉のことを可愛いと言うだろう。それくらいコト姉の容姿は整っている。

 ちなみに何で俺がこのような歯に衣着せぬセリフを言うかというと、母さんとコト姉に、例え姉妹とのデートでも服装を褒めるようにと仕込まれたからだ。そうじゃなきゃこんな恥ずかしいセリフを言えるはずもない。


「それじゃあ行こうか」

「うん。リウトちゃん行きたい所ある?」

「いや、俺は特に」

「お姉ちゃん辰川で買い物したいなあ」

「いいよ。それじゃあ電車に乗ろうか」


 そして俺達は今日のデートの目的地である辰川に行くため、駅の改札へと向かうのであった。

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