第39話 恋人という名の妹と昼食

 戸籍謄本を見つけてから5日経った。

 養子の件で誰かから接触があると思っていたが、大きな出来事はなく、俺は平和に暮らしている。

 そうなるとあの戸籍謄本を机の上に出したのは母さんだったのか。

 母さんがリビングに戸籍謄本を置いて買い物に行き、買い物から自宅に帰って来た母さんが戸籍謄本をしまえば、コト姉やユズに見られていないはずだ。

 だが何故母さんはリビングに戸籍謄本を置いたのか疑問が残る。本当は母さんに直接聞けば良いのだが「とうとうリウトに知られてしまったのね。もう琴音と柚葉にも隠しておけないわ」的な流れになってしまったら困るため、聞くに聞けない。


 だから俺はこのまま何も見ていない⋯⋯それで通そうと思い始めている。

 だがこの5日間で大きな変化はなかったが、小さな変化はあった。

 それは妹のユズのことだ。

 平日午後まで授業がある時は、料理の練習だとか言ってユズにお弁当を作ってもらっていることが多いのだが、その内容に変化があった。


 あれは今週の週始めの月曜日、いつものように朝、ユズに弁当をもらった時⋯⋯。


「きょ、今日のお弁当はいつもと趣向を変えた自信作です。お昼休みに感想を教えて下さい」


 この時、一緒に弁当を食べるわけでもないのに何故お昼休みに感想を? と一瞬考えたが俺は大して気にしていなかった。


 そして昼休み


 教室でちひろと悟の三人で昼飯を食べるため、3つの机を合体させる。


「リウトはユズちゃんが作った弁当だからいいよなぁ。俺なんか母ちゃんの作った前日の残り物で埋め尽くされた、愛のない弁当だぞ」

「確かにユズは前日の残り物は入れないな。けど弁当を作るのは大変なんだぞ。親に感謝して食べろよ」

「そうよ。でも柚葉ちゃんの作ったお弁当はいつも美味しそうだよね」

「今日のは自信作って言ってたぞ」

「本当? 私も少し食べたいなあ」

「あっ! ちひろさんずるいぞ! 俺もユズちゃんの愛の込もった弁当が食べたい」


 例え愛が込もっていたとしても、それは悟への愛じゃないけどなと思いつつ、弁当箱を開けた瞬間⋯⋯俺は光の速さで弁当箱を閉じた。


「悪い。今日は一人で食べるわ」


 俺は急いでこの場から離脱するため荷物をまとめる。


「何でだよ? まさかユズちゃんの弁当を独り占めする気か」

「えっ? リウト、今のって⋯⋯」


 ちっ! ちひろに弁当の中身を見られたか!

 だが俺の動体視力を持ってしてもギリギリ視認できた程度だ。ちひろがハッキリと見えたとは思えない。


「じゃあな!」


 俺は二人が追いかけられないよう、荷物を持ってダッシュで教室から離れる。


「まさかユズがあんな弁当を作るとは」


 とてもじゃないが人がいる所で食べられる物じゃないぞ。

 トイレ? さすがに食欲が。

 校舎裏? 不良がいるかもしれない。

 体育館倉庫? カップルがおせっせしているかもしれない。


 そうなると⋯⋯。


 俺はこの学園で一番見晴らしが良い場所、屋上へと足を運んだ。

 もう少し温かくなれば、屋上で昼食を取る者も出てくるとは思うが、今はまだ少し肌寒いため、誰も⋯⋯いた!


「兄さん遅いですよ。早くお昼ご飯を食べましょう」

「ユ、ユズ⋯⋯何でここに」


 屋上のベンチに1人で佇んでいたのはユズだった。


「兄さんのことですから、お弁当の中身を見てここに来ると思っていました」


 俺の得意分野である情報分析をユズに真似された⋯⋯だと⋯⋯。

 だが悔しいがユズの読み通り、俺はまんまと屋上に呼び出されてしまったようだ。


「それよりあの弁当はなんだ。とても人前で開けられる物じゃなかったぞ」


 そう言って俺は弁当箱のふたを開けてユズに中身を見せる。


 人参やハンバーグなどは全てハート型で、ご飯の上にはでんぶでLOVEと書かれており、新婚か! と叫びたくなる内容の弁当だった。


「こ、これは別に⋯⋯兄さんが好きだから書いたわけじゃないんだからね!」


 今度はツンデレか! と突っ込みたかったが、何故こんなことをしたのか理由を聞きたかったから、やめておく。


「それじゃあ何でこんなことしたんだ?」

「そ、それは⋯⋯」


 まさか俺が養子であることがばれてないよな? 兄さんと恋人になりたいから私の気持ちを込めたの! とか言われないよな?

 俺は心臓の鼓動が大きくなり、額に汗をかくことによって、ユズの言葉にすごく緊張していることが自分でもわかった。


「それは?」

「こ、恋人が出来た時の練習です! 彼氏にお弁当を作るのが私の夢ですから!」

 

 ユズは顔を真っ赤にさせながら叫ぶような声で語る。


「だっていきなり作ろうと思ってもできる物じゃないし、その時が来たらちゃんとした物を食べさせたいから! 兄さんは一生彼女ができないですし、恋人の手作りのお弁当を食べることなんかできないでしょ? 私に感謝してよね!」

「恋人はともかく、ユズがお弁当を作ってくれるのは感謝してるよ。いつもありがとう」


 ユズに辛辣な言葉をもらったが、朝早く起きて弁当を作ってくれることには本当に感謝している。普段は照れ臭くて言えないが、ユズがテンパっていることもあってこの時は素直に言えた。


「べ、別に私がしたくてしているからお礼なんか⋯⋯」


 素直に褒められたことが恥ずかしいのか、ユズはこちらに目を合わせてくれない。

 普通にしていても一般的に見て可愛いのに、こんな姿を見たら益々ファンが増えそうだな。

 だがこの場には誰もいないため、このようなユズを見れるのは俺1人だ。


 そしてユズは照れているのか、俺のことを無視して自分の弁当箱を取り出し、箸を使ってハンバーグを掴む。

 そのハンバーグを自分の口に入れるのかと思ったが、ユズはまさかの行動に出た。


「あ、あ~ん」


 ユズは頬を紅潮させ、俺の口にハンバーグを差し出してきた。

 こ、これは! 恋人にしてほしいランキングで常にベスト5に入るあ~んじゃないですか!

 彼女いない歴16年の俺にもついに⋯⋯だが悲しいかな、これは恋人ではなく妹だ。俺には本物の彼女とイチャコラする日は来るのだろうか。


「に、兄さん⋯⋯恥ずかしいから早く食べてください。彼女がいない兄さんのために今日は私が特別に食べさせてあげますから」


 正直恥ずかしいがここには誰もいない。仕方ない⋯⋯いつもお弁当を作ってもらっているし今日はユズに付き合うか。

 俺はユズが差し出してきたハンバーグを口に入れる。


「ど、どうですか?」


 ユズは上目遣いで、少し不安な表情をしながら問いかけてくる。


「いつもどうり美味しいよ」

「ほ、本当ですか! では次はこの卵焼きを食べてください」


 ユズは嬉しそうにどんどん俺の口におかずを運んでいく。


 こうして俺はユズの策略にはまり、二人だけの屋上で昼食の時間を楽しむのであった。


 しかしこの時、三階の校舎から二人に向けた視線が注がれていることに、リウトと柚葉は知るよしもなかった。

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