第38話 余計なことを口にしてはいけない
「な、何のことだ?」
俺はどもりながら渇いた声で返事をする。
不本意ながら今の俺を見たら、誰もが何かを隠していると察するだろう。
「隠しても無駄ですよ。証拠は上がっていますから」
それはユズも同じだったようで、疑いの眼差しでこちらを見つめてくる。
しょ、証拠? 証拠とは戸籍謄本のことか? だがユズに隠していることなど他にも山ほどある。
例えばユズが押し入れで懺悔タイムをしていることを俺が知っていることや、そこの棚にある大河ドラマのDVDの中身がグラビアアイドルのものとか、タブレットの中にある世界の風景というフォルダーの中身が、大人向けのコスプレ動画であることとか。
ここは自分から罪を告白すると、実はそのことじゃなかったっていう落ちも考えられるから、黙秘することが正解のはずだ。
「何のことだ?」
「とぼけないで下さい。出来れば兄さんの口から直接聞きたいです」
ユズは養子であることを俺が知っていると思っているのか? それで今日、戸籍謄本を見つけてしまい、真実を聞きにきたのか?
ユズは真剣な眼差しで俺のことを見ている。こんなユズを見るのは初めてかもしれない。そんなに俺と血が繋がっていないことを知りたいのか?
初めは何とかこの場を誤魔化そうと考えていたけど、ユズの真摯な態度を見て、はぐらかそうとしている自分が何だが恥ずかしくなってきた。
この先どうなるかわからないけど、今日知ったことを全部ユズに話そう。
俺は養子であることをユズに伝える決心がつき、口を開く。
「今日戸籍⋯⋯」
「瑠璃さんと何があったんですか」
えっ? 瑠璃?
俺とユズの言葉が重なったが、どうやらユズが聞きたいことは養子のことじゃなかったようだ。
「戸籍? それは⋯⋯」
「何でもない何でもない! それで瑠璃のことだよな!」
俺は捲し立てるように有無を言わさずユズの言葉を遮る。
あ、危ねえ⋯⋯危うく自分から養子のことをゲロる所だった。聞かれてもいないことを答える必要はないよな。
先程までの決心はどこへ行ったのやら、俺はユズに真実を伝えないことを選択する。
「瑠璃さんが兄さん達のエクセプション試験が終わった後元気がなくて⋯⋯」
これは封鎖サッカーの時に俺のことを奴隷商人と言ってしまったことかな?
「それならもう解決したから大丈夫だ」
「ほ、本当ですか! 良かったあ。あんなに落ち込んでいる瑠璃さんを見たのは⋯⋯その⋯⋯あの時以来でしたから」
これは中学の時、瑠璃が虐められていたことを言っているのだろう。
「ちょっと変なことを言って後悔していただけだ。もし心配なら瑠璃に電話をしてみたらどうだ? 元気な声が聞けると思うぞ」
「そうですね。ちょっと電話してみます」
そう言うとユズは安心したのか立ち上がり、部屋を出て行こうとするが⋯⋯。
「きゃっ!」
突然可愛らしい声が聞こえるとユズが前にいる俺の元へと倒れてきた。
「おっと」
俺はユズが床に身体をうちつけないよう支えようとするが、正座をしていたため反応が遅れ、目測を誤ってしまう。
そしてその結果。
ふわりとユズから甘い香りを感じ、頬に少し湿ったものが触れた。
「い、今のは⋯⋯」
俺の間違いじゃなければユズの唇が俺の頬に⋯⋯。
偶然だけどキスされたよな?
夢じゃない。何より俺の胸にうずくまっているユズの耳が真っ赤なことが、キスをした証明になっていた。
「ユ、ユズ⋯⋯」
俺はユズに問いかけてみるが返事はない。
今回のことは事故だから別に気にしなくていいのに。
しかし最近ユズと2人で会うとハプニングばかりだな。まさか神様が俺とユズの血が繋がっていないことを知ってくっつけようとしているのか?
俺はあり得ない妄想をしていると、突然ユズが立ち上がり俺に背を向ける。
「兄さん」
「は、はい」
俺は何故かユズに呼ばれて思わず返事がどもってしまう。
「今日のエクセプション試験カッコよかったです。い、今のキスはその御褒美ですから」
そう言葉にすると、ユズは慌てた様子で部屋を出ていく。
「カッコいい⋯⋯だと⋯⋯」
ユズが押し入れモードじゃないのに俺のことを褒めるなんていつ以来だ。
それにエクセプション試験を見ててくれたんだな。観客席にはいなかったからてっきり先に帰ったのかと思っていた。
「キスが御褒美か⋯⋯子供がするようなことだな」
そういえば昔小さかった頃、ユズにそんなことをされたような記憶があった。
俺は無意識にニヤニヤと笑ってしまったが、ある考えにたどり着き、急に真顔になる。
けど待てよ。子供の頃ならともかく、今のユズだったらキスが御褒美なんて絶対しなかったはずだ。何か心境の変化でもあったのか? 例えばテーブルの上にある戸籍謄本を見たとか⋯⋯。
それはまずい! 例え血が繋がっていなくても俺達は兄妹なんだ!
だけどあんなに可愛い妹に迫られたら⋯⋯。
それにもし理性が勝ってユズを拒絶したら⋯⋯ユズに対して申し訳ない気持ちで一杯になるし、家の中の雰囲気は悪くなるだろう。
だが本当にユズは俺が養子だということを知っているのか?
もしかしたらいつものように押し入れで何か叫んでくれるかもしれないな。
俺は自室の押し入れを開け、ユズからの言葉を待つことにする。
しかしユズは部屋にいる気配はするものの、特に何かを叫んでいる様子はない。
「リウト、柚葉、ごはんよ~」
そして俺は母さんから夕飯の準備が出来たと言われたため、一度リビングに降りる。夕飯を食べた後、俺は再び部屋に戻り耳を澄ませるが、結局この日はユズの部屋から叫び声が聞こえることはなかった。
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