第20話 口は災いの元

 瑠璃がとんでもいことを言い始めたため、クラスメートの視線が一斉にこちらへと向かってきた。


「てめえの血は何色だぁぁぁ!」


 そして悟が血の涙を流しながら、俺の顔面に左の拳を振りかざしてきた。

だが甘い。俺は右の掌でその拳を受け止める。


「何をするんだ。素行の評価がFになってもいいのか?」

「うるせえ! これは羽ヶ鷺学園男子全員の想いが込もった拳だ! 琴音先輩や柚葉ちゃんがいるというのに⋯⋯羨ましいぞ!」


 それが本音か。だが残念ながら俺と瑠璃はそんな関係じゃない。ここは誤解を解いておかないとクラスはおろか、学園全てを敵に回すことになってしまう。

 しかし当の本人である瑠璃は状況がわかっていないのかキョトンとした表情を浮かべ、検討違いなことを言い始めた。


「先輩方殺気立ってますが何かあったんですか? まさかこれは私を取り合って男と男の熱いバトル? ということは誰か動画配信をしているのでしょうか?」

「そんなんじゃない。早くみんなの誤解を解いてくれ」

「えっ? ちょっと待って下さい。私、ここまで走ってきたから髪が乱れているんですよ」


 そう言って瑠璃はカバンから鏡を出して、髪をクシで整え始めた。

 やばいぞこいつ。異世界お花畑系だけかと思ったが、何気に会話成立しない系でもあったのか。


「ストップ! 誰かカメラ止めて下さい」

「いや、これ生放送だから」


 とりあえず瑠璃がまだボケを続けていたので、俺は思わず突っ込みを入れてしまう。


「くそっ! リウトの奴余裕だな。だが俺の嫉妬パワーを舐めるなよ」


 出来れば欲しくないパワーだな。

 しかし悟の力が本当に強くなり、拳が俺の顔面に近づいてくる。


 正直このまま悟を倒すことは簡単だ。だが悟を倒した途端、残りの野郎共が襲いかかってきたらさすがに厳しいものがある。


 ここは瑠璃を連れて逃げるのが得策か?

 だが俺が行動に移る前、突然悟の後頭部をノートの角で攻撃するものがいた。


「いってぇぇ!」

「ち、ちひろ⋯⋯」


 まさかちひろが俺を助けてくれるなんて。いつもなら野郎共と一緒になって俺を陥れるのに。

 悟はちひろからの攻撃を食らい、思わず両手で後頭部を抑えている。

 確かにあれは痛い。しかし突然人に襲いかかってきたんだ。それぐらいの報いを受けるのは当然である。


「あんた達いい加減にしなさい。氷室先生にこんな所を見られたら私達までスコアを減らされるでしょ」


 ちひろの言うとおり、この学園では問題を起こした時は連帯責任になる。今回の場合は回りのやつらもケンカを止めなかったということで、ペナルティを受けるのは間違いないだろう。


「うぅ⋯⋯悪かった。つい頭に血が昇っちまってよお」

「まあ私は何となく予想できたことだから、そんなに驚かなかったけどね」


 ちひろは何を言っている? 予想できた⋯⋯だと⋯⋯。


「えっ? ちひろさんはリウトに恋人がいることを知っていたのか?」

「ううん。恋人がいることは知らなかったよ。だけどリウトが誰かと付き合うなら柚葉ちゃんか紬ちゃんかルリルリだと思っただけ」

「いやいや、何でそうなる。俺に恋人がいないことはちひろも知っているだろ? その根拠は何だ?」


 しかもユズは妹だし、紬ちゃんは小学校1年生⋯⋯二人に手を出したら俺は鬼畜と変態になるぞ。こうなると選択肢は瑠璃しかないじゃないか。ちなみに紬ちゃんの名前が出た時、隣の席の神奈さんから殺気が漏れ始めたが、とりあえず今は気にしないでおく。


「それは⋯⋯ぶっちゃけロリコンだと思っていたから」

「おいこら! どうやらちひろにはお仕置きが必要のようだな」


 やはりこいつを味方だと思ったのが間違いだった。

 俺は素早く動き、ちひろの前に移動すると両手で頬を掴み、横に引っ張る。


「いひゃいいひゃい。ぎょめんなしゃい」


 ちひろは情けない表情で謝罪の言葉を述べたため、とりあえず頬から手を離してやる。

 それにしてもちひろの頬は柔らかかったな。さっきは怒りで思わず触ってしまったが、今になって少し恥ずかしくなってきた。


「あの、先輩方すみません。何か色々展開が早すぎて私ついて行けないです」

「いや、大元は瑠璃だからな」


 最初に爆弾を投下してきた本人が何もわかってないなんて、もうこっちはツッコミどころ満載で疲れるわ。


「ルリルリはなんでリウトに私の部屋で一心同体になりましょうなんて言ったの?」

「えっ? それはその⋯⋯え~と⋯⋯」


 ちひろの言葉に瑠璃は慌てふためく。

 そりゃ言えないからな。俺達がやっていることはコト姉とユズしか知らないことで、他の人には公表していない。


「二人はどういう関係なんだ?」


 後頭部の痛みから復活した悟も、瑠璃に俺達の関係を問い詰めていく。


「私達は⋯⋯パートナーという関係です」


 おおい! 今それを言っちゃうか。パートナーなんて言うと益々ただならぬ関係だと誤解されるだけだろうが。


「パートナー⋯⋯だと⋯⋯。まさか人生のパートナーとか言うんじゃないだろうな」


 やはり誤解された。だけど瑠璃が言っていることは間違ってはいない。俺と瑠璃の関係はパートナーと言うのが最も正しい表現だろう。


「いえ⋯⋯その⋯⋯私の秘密を⋯⋯」

「る、瑠璃!」


 俺は慌てて瑠璃の口を右手で塞ぐ。

 瑠璃は何を言うつもりだったんだ! 秘密なんて言葉を使ったら、余計話が拗れるだけだろうが!

 これ以上瑠璃がしゃべるととんでもない事態になりそうだな。


「瑠璃、もう時間がないから行くぞ!」

「わっかりました!」


 俺は瑠璃の手を取り、急ぎこの場を離脱することを選択する。


「ちひろ、後は頼んだ」

「ちょ、ちょっと! 頼まれても何もできないわよ」


 ちひろは何か言っていたが俺は振り返らず、瑠璃と一緒に教室を出ていくのであった。


 そして俺達は学園を出て、瑠璃の家へと向かう。


「ふうふう⋯⋯せ、先輩。もうここまでくれば大丈夫じゃないですか」


 教室から走って来たためか、瑠璃は肩で息をしていた。


「私、体力最低値ですから。元引きこもりを舐めないで下さい」

「悪かったな。だけどお前が教室で変なことを言うからだぞ」

「でも間違ったことは言ってないですよね」

「確かにそうだが⋯⋯言い方ってやつがあるだろ? 何ならみんなにばらしてもいいんだぞ」

「いや! 先輩、それだけは恥ずかしいから勘弁してください」


 確かに瑠璃はこう見えて恥ずかしがり屋な所があるから、秘密を暴露するのは可哀想だ。今回だけは許してやることにしよう。


「先輩先輩! それより私、さっき先輩の手で連れ去られて異世界のお姫様になった気分でした」


 なるほど。差し詰め俺は敵に囲まれて今にも襲われそうなお姫様を颯爽と助けだした王子と言った所か。瑠璃も可愛いこと言うじゃないか。


「俺のことが王子に見えたか?」

「いえ、お姫様を拐う魔王です」


 俺は瑠璃の言葉に対して透かさずデコピンを食らわす。


「いたいです!」

「誰が魔王だ」


 そして俺はもう一度デコピンをするため、親指と中指で輪っかを作る。


「ごめんなさいごめんなさい! 先輩は魔王じゃありません!」

「当たり前だ。こんなに優しい顔をした魔王がどこにいる」


 俺は瑠璃に向かって温和な笑みを向ける。


「す、すいません⋯⋯先輩は魔王じゃありません。大魔王でした」

「てい!」


 俺はさっきより力を込めて、瑠璃の額にデコピンを放つ。


「いったあ~い!!」


 瑠璃は先程より痛みがあるのか大声を上げ、両手で額を抑える。


「どうやらまだお仕置きが足りないようだな」

「嘘です嘘です! 先輩は王子様です!」

「そうだろうそうだろう」


 俺が魔王だなんてありえない。瑠璃もわかってくれて良かった。


「それより変なことを言ってないで早く行くぞ」

「は、はい⋯⋯闇落ち王子様」

「ん? 何か言ったか?」


 瑠璃が今小声で何かを口にしていたように感じたが、気のせいか。


「何も言ってません! 早く私の家に行きましょう!」


 こうして俺達は秘密の行為をするため、瑠璃の部屋へと向かう。



 瑠璃の部屋にて


 俺はもう何度もこの部屋にやってきた。土曜日の午後は俺と瑠璃の秘密の時間。

 部屋には漫画やDVDが入った大きな本棚、テレビ、可愛らしい人形、そしてベッドがある。

 俺はいつものようにベッドに腰をかけると瑠璃も慣れたように隣に座ってくる。


「それじゃあ先輩やりましょう」

「ああ」


 そしてこれから1時間、俺と瑠璃との秘密の時間が始まるのであった。






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