第19話 神妙な顔をされると気になって仕方ない
「え~と⋯⋯結ちゃん飲み物ないね。お姉ちゃんが持ってくるよ」
「今日ケーキを買ってきたんです。二人とも食べてください」
コト姉とユズは俺達が恋人ではないとわかり、先程とは打って変わって神奈さんを歓迎し始めた。
「あ、ありがとうございます」
「お姉ちゃんケーキだって! やったあ」
神奈さんはコト姉とユズの、手のひらくるっくるの対応に驚きを隠せないようで動揺しているように見えた。だがこれであの殺伐とした空間がなくなり、俺は心から安堵する。
それにしても母さんには困ったものだ。イタズラする内容をちゃんと考えてほしい。勘違いされたまま神奈さん達が帰ったら、二人からどんな拷問をかけられるかわからなかったぞ。
「結ちゃん、これからも
「
コト姉とユズが放った言葉で、友人とクラスメートが強調されているのは気のせいか?
どうやら二人はまだ、神奈さんへの警戒心を完全に解いているわけではなさそうだ。
俺を嫌っている神奈さんと付き合うことなんて絶対ないのに。今日だって紬ちゃんがいなきゃ家にくることはなかっただろう。
「ただいま」
そして俺達がケーキを食べている時、玄関から親父の声が聞こえてきた。
「お父さんを迎えに行ってくるわ」
母さんはケーキを食べている手を止め、玄関へと向かう。すると⋯⋯。
「な、なんだと!」
親父の叫び声がリビングまで響き渡る。
何だかこれと同じ状況をさっき経験しなかったか? まさかとは思うけどまた母さんは神奈さんのことを俺の恋人だって伝えているわけじゃないよな。
俺は親父がどんな様子でリビングに現れるか注視する。今度神奈さんのことを彼女扱いしたらすぐに否定してやるぞ。
そしてリビングの扉が開くとスーツ姿の親父が現れた。
「ただいま。母さんに聞いたが、今日はリウトの友人が来ているんだってな。え~と⋯⋯神奈⋯⋯結さんと紬ちゃんだね」
ん? 今親父の奴、神奈さんの名前を口にする時言い淀んだよな。
「お父さんもしかして結ちゃんが可愛いからって緊張しているの?」
「そ、そんなわけないだろ!」
そう言いつつ親父は言葉を詰まらせている。
「いい年したおっさんが女子高生に見惚れるとは情けないぜ」
「バカヤロー、そんなんじゃない」
親父は俺の言葉に対して冷静に返答してきた。
おかしい⋯⋯いつもの親父なら俺の言葉に鉄拳の1つも飛んでくる所だが。神奈さん達がいるから遠慮しているのか?
「えっと⋯⋯神奈 結です。今日は天城くんに料理を教わりに来ました」
「妹の紬です」
「父親の強斎です。今日はゆっくりしていって下さい」
神奈さんも親父の様子がおかしいことに気づいているのか、状況に少し戸惑っているように見える。
「今ハンバーグを焼きますね」
「あっ! 結ちゃん。お父さんのご飯は私が用意しますからそのままケーキを食べてて」
「はい、わかりました」
そして母さんはキッチンに向かい、俺達はまたケーキに手をつける。
そういえばさっき母さんが親父を迎えに行った時、驚いた声を上げていたのはなんだったんだろう?
「玄関で声が聞こえたけど何かあったの?」
俺はふと疑問に思っていると、コト姉も同じ考えだったのか、親父に問いかけていた。
「ああ、リウトが女の子の友達を連れてきたから驚いただけだ」
「お母さんが最初、結ちゃんのことリウトちゃんの彼女だって冗談で言うからお姉ちゃんも驚いたよ」
「結さんがリウトの彼女? それは笑えない冗談だな」
「でしょ~」
そしてこの後、和やかな雰囲気のまま夕食の時間は終わり、神奈さんと紬ちゃんは自宅へと帰るのだった。
「ただいま」
俺は神奈さんと紬ちゃんを家まで送って自宅に戻ってくると、既に時間は20時を越えていた。
この時間だとだいたいコト姉かユズが風呂に入っている。俺は部屋に戻って少し休んでから風呂に入るか。
そして俺は部屋に戻りベッドに横になっていると、先程リビングであった、親父の神奈さんへの対応を思い浮かべていた。
親父は借りにもボディーガードを生業としている。家族に対しては感情を露にするが、他では冷静沈着だ。しかし今日の親父は違った。
神奈姉妹と初めて会った時、どこか動揺していたよな?
まさか知り合いだったとか? だが初対面じゃなかったとしたら何故隠す。まさかコト姉の言うとおり本当に神奈さんの容姿に見とれていたとか?
さすがにそれはないか。もしそんな事態になれば母さんが⋯⋯。
そういえばあの時、母さんは何も言わなかったな。いつもなら「へえ、お父さんは私以外の、しかも女子高生に見とれるんですか」っと殺気を見せてもおかしくないのに。
コンコン
俺はリビングでの出来事を思い返していると、不意にドアがノックされる。
コト姉かユズが風呂が終わったから呼びに来てくれたのかな?
しかし部屋の外にいるのは俺の予想だにしない人物だった。
「リウト、入るけどいいか?」
お、親父!
中学くらいから俺の部屋など来たことがなかったのに。いったいなんの用だ。
「ああ、大丈夫だ」
とりあえず俺は親父に部屋の中に入るよう促す。
ドアを開け、親父が部屋に入ってくると神妙な顔をしており、どこかいつもと雰囲気が違っていた。
「どうしたんだ? 部屋に来るなんて何年ぶりだよ」
「たまには親子の会話ってやつをしてもいいだろ」
そう言うと親父はベッドに腰をおろす。
「親父が親子の会話をしたいのはコト姉とユズだけだろ?」
「まあそういうな。たまには男同士の話も良いものだろ?」
やはり今日の親父はおかしい。これは神奈さんと会ったことが関係しているのだろうか。
いつもなら「当たり前だ! 息子と話をして何が楽しい」と言ってきそうなものだ。
「何か親父の様子がおかしくないか?」
「そんなことはない。それより⋯⋯どうだ、高校生活は?」
「コト姉とユズのせいで嫉妬されることはあるけど楽しくやっているよ」
「そうか⋯⋯何度も言っているが自分の⋯⋯」
「わかってる」
親父は勉強や運動など教育のことはほとんど口出ししてこなかったが、このことだけは幼い頃から何回も言われていた。
「自分の行動には責任を持て⋯⋯だろ」
この時俺は無意識に左腕を抑えてしまう。俺が自分の実力を理解せず、先走った結果を。
「痛むのか」
「たまに痺れる程度だよ」
「そうか⋯⋯」
親父は俺の左腕を見て、何とも言えない表情をしていた。
俺の左腕の肘の部分には大きな傷がある。これは忘れもしない6年前の夏、家族で遠出した先の川で、俺は溺れている女の子を助けたからだ。だが俺は女の子が流されて岩にぶつかりそうになったところをかばったため、左腕と後頭部を損傷することになった。そして頭の方の傷は大したことはなかったが、左腕は手術をすることになり、以前と同じ様に動かすことが出来なくなってしまったのだ。
「リウト⋯⋯お前その女の子のことを恨んでいるのか?」
「そりゃあ当時は恨んでいないと言ったら嘘になるけど⋯⋯自分が取った行動の結果だから今は気にしてないよ」
俺は怪我のせいで、幼い頃からやっていた野球をやめることになった。そして塞ぎこんでいた時期があったが、家族のお陰で立ち直ることができ、今の俺がある。それに後で親父に聞いた話だが、その助けた女の子も頭を打ったが無事だったので、今はその結果を受け入れることが出来ている。
「それならいい」
親父はそう一言残すと、ベッドから立ち上がり部屋を出ていく。
「えっ? それだけ?」
「ああ、誰が好き好んでこの部屋にいるか」
「俺も親父と話すことなどない。とっとと出てけ」
親父はいったい何が言いたかったんだ? 神奈さんと会った時の反応といい謎は深まるだけだった。しかし考えても仕方ないので、俺は風呂に入るため一階へと降りることにした。
翌日の放課後
本日は土曜日⋯⋯授業が終わると翌日が日曜日で休みのためか、クラスメートからはどこか普段より笑顔が見られるような気がする。
それは俺も同じで、新学年になってから初めての休みで少しワクワクしているが、今日はどうしてもやらなきゃならないことがあった。
「先輩先輩せんぱ~い!」
突如教室のドアが開くと、血相をかいた瑠璃が叫びながら俺の所にやってきた。
そしてこの後、こともあろうにクラスメート達を騒然とさせる言葉を放つのだった。
「先輩! 早く私の部屋で一心同体になりましょう」
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