第18話 ボタンのかけ間違えは早く直した方がいい

「へ、へえ~。あなたがリウトちゃんの⋯⋯」

「新学年早々女性を家に連れ込むなんて⋯⋯いやらしいですね」


 な、なんか殺伐とした空気になってないか? 今日は誰もが好きなハンバーグの日なのに。


「はは、今日はハンバーグの気分じゃなくてカレーの気分だったかな?」


 俺は場の空気を和まそうとしたが誰も返事をしてくれない。

 これはいつまでも現実逃避をしている場合じゃなさそうだ。


 ええ、わかってます。2人の機嫌が悪いのは神奈さんがここにいるからだ。こんなことになるなら先にコト姉とユズに神奈さんが来ることを言っておくべきだったか。

 だがもう遅い。俺はリスクマネジメントを怠ってしまったのだ。


「初めまして、天城くんのクラスメートの神奈 結です。今日は天城くんに料理を習ってハンバーグを作りました。お二人にも食べて頂けると嬉しいです」

「まさか花嫁修行で来てるの!」

「確かに将来の花嫁修行には役に立つと思いますけど」


 なんかコト姉と神奈さんの話がずれているような。たぶんコト姉は俺のための花嫁修行で家に来ていると思っているぞ。そして勘違いしているのがもう一人⋯⋯。


「そう簡単に天城家の味が盗めると思わないで下さいね。私は兄さんとお姉ちゃんのご飯を毎日食べていますから容易く美味しいなんて言いませんよ」

「私も忌憚なき意見の方が嬉しいです」


 なんだか神奈さんの料理にユズの舌が受けて立つという構図になっている。このままボタンをかけ間違えたままだととんでもないことになりそうだぞ。


「二人とも神奈さんは⋯⋯」

「リウトちゃんは黙ってて!」

「兄さんは口を出さないで下さい!」

「は、はい」


 俺は二人の恐ろしい剣幕に頷くことしか出来なかった。


「え~と⋯⋯妹の紬です。お邪魔しています」

「リウトちゃんのお姉ちゃんの琴音だよ」

「愚兄の妹の柚葉です」


 二人の殺気に紬ちゃんも少し怯えているように見える。それに愚兄とはなんだ、愚妹よ。


「ねえお姉ちゃん。まさかとは思うけど兄さんの狙いは紬ちゃんってことはないよね?」

「え~、それはないと思うなあ」

「でも兄さんって妹大好きなシスコンじゃないですか」

「違うよ。リウトちゃんはお姉ちゃん大好きのシスコンだよ」


 二人は小声で話しているが全て俺には聞こえている。全くもって謂れのない事実を。これは将来本当に彼女を連れてきた日には、血の雨が降りそうだな。これは結婚が決まるまでは、家族に紹介するのは止めておこうとこの時俺は心に誓う。


「ふふ⋯⋯何だか面白そうになってきたわね」


 そしてたちが悪いことに、母さんはこの状況がわかっていて娘達を止めないという困った人だ。どうやら天城家で俺の話を聞いてくれる人はいないらしい。


「お母さんお腹が空いてきちゃった。今日はお父さんは遅いから先に食べちゃいましょう」

「わかりました。すぐにハンバーグを焼きますね」


 神奈さんがキッチンへと向かったので俺も後に続く。

 そして背後から。


「お手並み拝見だね」

「そう簡単に認められるとは思わないで下さいね」


 コト姉とユズの小姑のような言葉が聞こえてくるのであった。


 神奈さんがハンバーグを焼き終えると、俺が手作りしたデミグラスソースをかけ、横にはグラッセとブロッコリーを添える。そしてこれもハンバーグと同時並行で作っていたクリームスープとご飯を出して出来上がりだ。


「ハンバーグ、うまく焼けたかな」

「俺が見る限り大丈夫だと思うけど。たぶんコト姉とユズも満足するんじゃないかな」

「そうだったら嬉しいな」


 だが今のコト姉とユズの心は正常じゃないため、いちゃもんをつけてくる可能性も否定は出来ない。

 現に⋯⋯。


「何だか仲が良さそうだね」

「公共の場ですることじゃありません」


 神奈さんと普通の会話をしていただけでこれだ。頼むから嫁いびりみたいなことは止めてくれよ。


「おばさん、何だかお姉ちゃん達が機嫌悪そうに見えるけど私の気のせいかな?」

「紬ちゃんは気にしなくていいのよ」


 本当に紬ちゃんは気にしなくていい。出来れば純粋な紬ちゃんには、姉妹の嫉妬など見せたくないものだ。

 そして神奈さんと紬ちゃんの手によって料理が並べられていく。


「ど、どうぞ皆さん食べてみて下さい」

「「「「「「いただきます」」」」」」


 そして皆が一斉にナイフとフォークを使ってハンバーグに手をつける。


「見た目⋯⋯は良い感じだね」

「でも問題は味です。美味しくなきゃ私は認めません。いえ、美味しくても認めません」


 いや、もう本当にやめて。こっちは恥ずかしくて仕方ないです。

 そして小姑化した2人がハンバーグを口にいれると⋯⋯。


「美味しい⋯⋯くない」

「口の中に肉汁がジュワっと広がり、肉の旨味が一気に襲いかかってきます。そしてこのデミグラスソースがハンバーグとハーモニーを奏で、さらに美味しさを倍増しています」


 コト姉は泣きながら一心不乱にハンバーグを食べいる。口では美味しくないと言っているが、その様子から満足しているのは間違いない。

 ユズは言わずもがな、料理評論家のように感想を述べているから、ハンバーグを美味しいと思っているのだろう。


「美味しい! お姉ちゃん美味しいよ!」

「そうね。私も美味しいと思うわ」

「ほ、本当ですか!」


 紬ちゃんは喜びを爆発させ、母さんも満足気にしている様子を見て、神奈さんは胸を撫で下ろす。


「くっ! けど認めないんだからね! ポッと出の子に、カル○スの原液くらい濃密な時を過ごした私とリウトちゃんの絆は引き離せないから!」

「カル○スって⋯⋯何だか逆に薄い繋がりに思えてきたぞ」

「兄さんはちゃんと妹大好きの性癖を結先輩に伝えているんですか? 後で鍵がかかった机の引き出しにある、タイトルお兄ちゃんだけのメイドの本が見つかり別れても知りませんよ」

「「別れる?」」


 ユズの言葉に俺と神奈さんの声が重なる。

 そしてユズは何故その本があることを知っている。まさか俺がいない時に部屋を漁っているのか!

 だが今はそのことを指摘すると、余計窮地に追い込まれるのでスルーしておこう。


「いや、そもそも俺と神奈さんは付き合ってないぞ」

「そ、そうです! 私が天城くんと付き合うなんてありえません」


 うっ! 事実だが羽ヶ鷺のヒロインにそこまで否定されると悲しいものがある。


「で、でもお母さんが玄関で⋯⋯」

「兄さんの恋人が来てるって言ってました」


 そういえばコト姉とユズが帰って来た時に驚いた声が上がっていたがまさか⋯⋯。


 ここにいる全員の視線が母さんへと注がれる。


「リウトが女の子を連れてきたから、てっきり恋人かと思って⋯⋯ごめんなさいね」


 母さんは年甲斐もなくテヘペロをして誤魔化そうとしている。

 どうりでおかしいと思った。いくら俺が女の子を連れてきたからって、コト姉とユズがあそこまで敵意をむき出しにするなんて。


「「よ、良かったあ」」


 コト姉とユズが俺に恋人がいないことがわかってか、安堵のため息をついている。

 2人が勘違いしていることに気づいて良かった。それにもし俺が彼女を連れてきた時のデータが取れたからな。

 とにかくこれで和やかな食事がやっと出来る⋯⋯と思っていたら、予想外の人物が爆弾を落としてきた。


「お姉ちゃんとリウトお兄さんは恋人じゃないよ。だってお兄さんの恋人は私だから」


 そう言って紬ちゃんは俺の右腕に抱きついてくる。


「そうだね。俺も紬ちゃんのこと大好きだよ」

「結婚の約束もしてくれたもんね」


 この時俺は子供の言っていることを否定するのもどうかと思い同意したが⋯⋯。


「リウトちゃんどういうこと?」

「いくら妹大好きだからってさすがにドン引きです」

「天城くん⋯⋯やっぱりあなた最初から紬を毒牙にかけるつもりで!」

「刑務所に行ってもお母さんがちゃんと差し入れしてあげますからね」


 そしてここにいる全員から冷ややかな視線を浴びることになるのであった。


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