第17話 ハンバーグを作ろう

「ただいま~」


 俺は神奈姉妹を連れて自宅へと戻ると、玄関には母さんの姿が見えた。


「あら、お帰りなさい。え~と、後ろにいるのは⋯⋯」

「昨日話した神奈結さんと妹の紬ちゃん」


 俺が母さんに紹介すると2人は前に出て頭を下げる。


「神奈 結です。今日は天城くんに料理を習いに来ました」

「妹の紬です。リウトお兄さんと一緒にハンバーグを作りに来ました」

「リウトから話は聞いています。お母さんのこと大変だったわね。困ったことがあったらおばさんに何でも言ってね」

「ありがとうございます」

「おばさんありがとう」


 母さんは昨日言っていたように、神奈姉妹を歓迎してくれたみたいだ。


「あの、これつまらない物ですが⋯⋯」


 そう言って神奈さんは自宅に来る前に買ったお土産用のチョコレートを母さんに渡す。


「あらあら、わざわざごめんなさいね。でも次からは手ぶらでいいから何時でも遊びに来てね」

「いえ、そんな」

「いいの。知らない中じゃないでしょ?」

「おば様、私のことを⋯⋯」

「当然よ。結ちゃんはリウトと小学校から一緒じゃない。だからさっきも言ったけど次からは気軽に遊びに来てね」

「はい、ありがとうございます」


 こうして和やかな雰囲気で、母さんと神奈姉妹のファーストコンタクトは終わる。


「それじゃあ早速ハンバーグを作るか」

「お願いします」

「楽しみ~」


 キッチンに到着すると、神奈さんにはコト姉が使っている薄ピンクのエプロンを、紬ちゃんには小さめの使い捨てのエプロンを渡して着てもらう。


「まずは何をすればいいのかな?」


 エプロンを身につけ、髪をポニーテールにした神奈さんが首を傾げて質問してくる。


「あっ、え~と⋯⋯まずは玉ねぎを⋯⋯」


 俺は神奈さんの姿が可愛くて思わず言葉が詰まってしまう。

 神奈さんのエプロン姿でポニーテールは反則だろ。しかも首まで傾げて!可愛すぎて真っ直ぐ見ることができない。

 しかし見た目は家事が得意そうだが、残念ながらこの新妻のような神奈さんは、料理ができないらしい。


「あら? 結ちゃんエプロン姿が似合ってるわね。リウトが見とれるのも頷けるわ」

「か、母さん何言ってるんだよ!」

「本当のことじゃない」


 さすがは我が母。俺の考えなどお見通しというわけか。だがそれを神奈さんの前で言ってほしくなかった。

 おかげで神奈さんはこちらを見てくれないじゃないか。


「ねえねえリウトお兄さん、私のエプロン姿も見とれちゃう?」


 紬ちゃんがくるっと回って貴族が挨拶するときのようにスカートの両端を持つ。


「紬ちゃん可愛いよ」

「えへへ、ありがとう」


 そして俺が紬ちゃんを褒めたら、何故か神奈さんの顔が真っ赤になっていた。


 えっ? 何で神奈さんの顔が赤くなるの?

 俺は疑問に思っていると答えを母さんが教えてくれた。


「結ちゃんごめんね。この子素直じゃなくて」


 ん? どういうことだ? 母さんは何を言ってるんだ? 素直じゃない? 俺は自分が話した言葉を振り返ってみる。

 あっ! 「紬ちゃん可愛い」って言ってるよ俺。これは神奈さんも可愛いって言ってるようなものだ。

 俺が余計なことを口にしたため、この場に微妙な空気が流れる。


「玉ねぎをどうすればいいの?」


 だが状況がわかっていない紬ちゃんが言葉を発して、再び時が流れ始めた。


「え~と⋯⋯外側の皮をむいてみじん切りにするんだ。これは包丁を使うからお姉ちゃんにやってもらおうか」

「は、はい」


 神奈さんは俺に突然声をかけられたことで驚いたのか、緊張している様子で包丁を手に取る。

 そして玉ねぎに切り込みを入れ、みじん切りを行うが⋯⋯まな板が傷つきそうなくらい力を入れていた。


「ス、ストップ」

「えっ?」


 俺は神奈さんのみじん切りを止める。


「ちょっと切る力が入り過ぎてない?」

「でも力を入れないとうまく切ることができませんよね」

「今回はみじん切りだからまだいいけど、力んで切ると大きさを統一にすることが難しくなるから軽くでいいんだ」

「確かにお姉ちゃんが切ったお野菜って大きさがバラバラだよね。たまに火が通ってない時があるし⋯⋯」


 紬ちゃんからの証言により、普段から力を入れて野菜を切っていることがわかり、すぐにその原因が思い浮かんだ。

 俺は神奈さんから包丁をもらい、お手本をみせる。


 トントントントン


 力をあまり入れず、リズミカルに玉ねぎを切っていくと粒の小さい塊がどんどん出来ていく。


「す、すごいです」

「お兄さんプロみたい」


 2人の称賛が心地良い。料理をしてきて心から良かったと思う瞬間だ。

 そして俺はもう一度神奈さんに包丁を渡す。


「今、俺は力を入れているように見えた?」

「見えませんでした。でも家の包丁は力を入れないと⋯⋯」

「それはたぶん刃先が摩耗しているんじゃないかな? 神奈さんの家の包丁って研いだことある?」

「ないと⋯⋯思います」


 やっぱりそうか。けっこう包丁を研がない家庭は多いって聞くからな。


「今度は力をを入れずにやってみてくれないかな」

「わ、わかりました」


 神奈さんは左手で玉ねぎを抑え、みじん切りを行う。

 多少ぎごちないが先程よりはスムーズに切れているように見える。


「ほ、本当ですね。力を入れなくても玉ねぎが切れていきます」


 手際よく玉ねぎが切れていくことが嬉しいのか、神奈さんから子どものように無邪気な笑顔が見られる。

 そして多少粒の違いはあるが、玉ねぎは見事みじん切りにされるのであった。


「出来ました」

「うん。これならハンバーグに使えるんじゃないかな」

「お姉ちゃんすご~い。それに今日は涙が出てないね」


 紬ちゃんの指摘通り神奈さんの目に光るものは見られない。


「ああ、それは切れ味の悪い包丁を使っているからだ。玉ねぎの繊維が潰れると、硫化アリルの成分が出て、涙を引き起こすんだ」

「なるほど。だから今日は涙は出ないのね」


 ボロボロ涙を流す神奈さんか⋯⋯見てみたかったというのが本音だが、今はその気持ちを抑えて、しっかりとハンバーグが作れるように指導しよう。


「包丁の切れ味って重要なんですね。もしかしてお刺身の食感が悪かったのも包丁のせいですか?」

「そうだね。切れ味が悪い包丁を使うと身がぐちゃっとつぶれて、刺身の見た目も食感も悪くなってしまうから」

「お姉ちゃんが切ったお刺身はそんな味がしてた」

「お刺身なら簡単に出来るからと思って紬に食べさせたんですけど⋯⋯」


 神奈さんは表情が暗くなり、紬ちゃんに対して申し訳なさそうにしている。


「でも原因がわかったし、次からは大丈夫だろ? 今度俺が包丁を研いで上げるよ」

「本当ですか! ありがとうございます」


 神奈さんは紬ちゃんにちゃんとした料理が出せることが嬉しいのか、本当に喜んでいるように見えた。


「じゃあここからは挽き肉に玉ねぎを混ぜて紬ちゃんにハンバーグの形を作って貰おうかな」

「うん! 私、がんばるね」


 こうして神奈姉妹とのハンバーグ作りは順調に進んで行き、後は焼くだけになるのだが。


「「ただいま~」」


 コト姉とユズが帰って来たのか、遠くから声が聞こえてきた。


「私が迎えに言ってくるわ」


 そう言って母さんが玄関へと向かうが⋯⋯。


「「エェェェェッ!」」


 突然玄関からコト姉とユズの声が上がった。そして大きな足音が聞こえたかと思うと、勢いよくリビングの扉が開かれる。


「二人ともお帰り~。今日はハンバーグだぞ」


 だが俺がノーテンキに答えた言葉にコト姉とユズは表情がなく、あるのは背後に見える大きな殺気だった。



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