第13話 神奈姉妹

 神奈姉妹がオムライスを食べ終わった後、俺とちひろは改めてここにきた経緯を神奈さんに話すと、神奈さんは三つ指をつき頭を下げてきた。


「妹を⋯⋯紬を自宅まで送り届けて頂きありがとうございます」


 俺はその所作が美しく、思わず神奈さんに見とれてしまった。これが羽ヶ鷺のヒロインの成せる技か。


「最初に紬ちゃんの様子が変だったから声をかけようって言ったのはリウトだよ」

「そうなの?」

「ああ、さすがにこんなに小さな子が1人でコンビニにいるのはおかしいと思ってね」


 ちひろが神奈さんとの仲を取り持とうとしているのか、俺のことを持ち上げてきた。

 出来れば俺も神奈さんとは仲良くしたいと思っているが、さっきちひろが俺を陥れる為に隠れたことは忘れていないからな。


「天城くん、お昼を作ってくれたこともそうだけど改めて紬を保護してくれてありがとうございます。紬もちゃんとお礼を言いなさい」

「リウトお兄さんありがとう」

「紬ちゃん、もう1人で出かけちゃダメだぞ」

「ごめんなさい」


 お礼を言われるのは嬉しいけどこれは俺が自己満足のために勝手にやったこと。

 俺は昔から親父には口酸っぱく言われていたことがある⋯⋯責任が取れないなら手を貸すなと。

 普通なら子供の教育として、困っている人がいたら助けろと言うだろう。だけどたぶんこれはボディーガードという危険な職業についている親父ならではの教えだったんだと、小学校の時に初めてわかった。

 だが困っている人がいたら助けるのが人というもの。今は親父の教えを理解しながらも助けられる人は助けるのが俺のスタンスだ。


「そういえば紬ちゃんが言っていたけど今は2人だけで暮らしているの?」


 空気を変えるためかちひろが神奈さんに質問する。


「はい、父は⋯⋯その⋯⋯遠くに行っていて、母は病気でしばらく入院が必要なので⋯⋯」


 この家には女の子2人だけか⋯⋯少し心配ではあるな。


「大変だね。私にできることがあったら何でも言って。協力するから」

「本当! それなら美味しいご飯が食べたいよ。今日の夜からまたお姉ちゃんの料理かと思うと⋯⋯」


 紬ちゃんは神奈さんの料理を思い出したのか、絶望した表情を浮かべ震えている。

 俺はその様子を見て、どんだけまずい料理が出てくるのか少し興味が沸いてきたが、本人にとっては死活問題なのだろう。


「私だって美味しい物を作ろうとがんばっているのに」


 もしかして神奈さんの両指の絆創膏は料理でついた傷だったのかな。しかし悲しいかな、どうやらその努力は報われていないようだ。それに神奈さんの疲労が気になる。今の神奈さんはこの家のことを1人で切り盛りしようとしているため、倒れないか心配だ。


「それなんだけどお母さんが戻ってくるまで出来合いの物じゃダメなのか? お店の惣菜やレンチンの物とか」


 そうすれば少なくとも料理の負担は減るだろう。


「恥ずかしい話、うちにはあまりお金はありませんし、お店の味は濃い物が多いからあまり紬には食べさせたくないです」

「確かに外食系は味が濃いものが多いな。けどだからといって焦げてジャリジャリのオムライスを食べさせるのもどうかと」

「うっ! 返す言葉もありません」


 神奈さんは俺の指摘にうつむき、表情が暗くなる。

 これは逆に自炊した方が、紬ちゃんの体調が悪くなるんじゃとは言えないな。


「お姉ちゃんがんばって美味しいご飯を作ってよ~」

「う、うん。もっとがんばるね」

「ママはいつ帰ってくるの? ママの⋯⋯ママのご飯が食べたいよう」


 紬ちゃんはお母さんのご飯を思い出してしまったのか、今にも泣きそうな表情をしている。

 無理もない。紬ちゃんくらいの年齢なら普通は母親にべったりだからな。父親もいないし寂しい気持ちは尚更だろう。

 だが酷なようだが、今はいない両親に頼るのではなく、いる二人で頑張るしかない。そのためにも⋯⋯。


「紬ちゃん、俺は神奈さんは頑張っていると思うよ」

「「えっ?」」


 俺の言葉に神奈姉妹が驚きの声をあげる。


「確かにお姉ちゃんの料理は⋯⋯その、あれかもしれないけどそれ以外のことはしっかりとやっているだろ? 例えば部屋の掃除だったり、洗濯やアイロンがけとか」


 神奈家の居間はチリ1つなく、2人の洋服もよれている所など見られない。これは神奈さんが家事を完璧にこなしているからだろう。


「うん」

「慣れない料理をがんばろうとしているし、両親がいない中でちゃんとしている神奈さんを俺は尊敬するよ。ただお姉ちゃんも紬ちゃんと同じでお母さんが入院して不安なんだ。だから紬ちゃんもお母さんが戻ってくるまで、お姉ちゃんと協力して二人で頑張れるかな?」


 神奈さんにとって一番支えてほしいのは、きっと姉妹である紬ちゃんだから。


「わかった⋯⋯紬もお姉ちゃんに負担をかけないようにがんばる」

「良い子だ」


 俺は言うことを聞いてくれた紬ちゃんの頭を右手でポンポンと撫でる。

 すると紬ちゃんは目を細め気持ち良さそうな表情をしていた。


「天城くん、その⋯⋯ありがとう」

「料理のことだったら俺達も協力するからさ」


 いつもの神奈さんだったら俺の提案を受け入れることは絶対にしないけど⋯⋯。


「おねがいします⋯⋯」


 俺への嫌悪感と紬ちゃんの食事のことを天秤にかけて、どうやら食事の方を取ったように見えた。


「さすがリウト、頭ポンポンなんてイケメンの行動だね。これは紬ちゃんもリウトに惚れちゃったんじゃないかな」

「なっ!」


 横からちひろが余計なことを言ってきて、穏やかだった神奈さんの表情が変わっていく。

 こ、こいつは! 最近ちひろは、俺を陥れるために生きているんじゃないかと疑いたくなるぞ。


 そしてこの後、さらに爆弾が投下されることになる。


「私、お兄さんのこと大好きだよ。将来お兄さんみたいに料理ができる人のお嫁さんになりたいな」

「10年経ってまだ気持ちが変わらなかったらまた今のセリフを言ってくれ」


 きっと紬ちゃんは大きくなったら神奈さんと同じ様に美人になるから、思わず本音を伝えてしまう。すると目の前にいる羽ヶ鷺のヒロインの表情が怒り狂い、鬼と化していた。


 や、やばい。つい素直に答えてしまった。せっかく神奈さんと距離が縮められたと思ったのに全て台無しだ。

 とりあえず今はこの状況を何とかしないと。


「さて、それじゃあそろそろお暇するか」


 俺はそう言うと急ぎ通学用のバックを持ち、玄関へとダッシュする。


「あっ! 待ちなさい! やっぱりここに来た目的は紬にいけないことをするためだったのね!」


 神奈さんは鬼の形相と化して俺を追いかけてくる。

 それにやっぱりって何だ。やっぱりって。

 神奈さんは初めから俺のことを、小さい女の子にイタズラをする変態だと思っていたのか!

 どうやら距離を縮められたと思ったのは俺だけだったようだな。

 だが今はそんなことを考えるよりここから逃げなくては。


「リウトバイバイ」

「お兄さんまたきてね」

「逃げるなあ!」


 こうして俺は悪魔の表情をしているちひろ、笑顔の紬ちゃん、そして激昂した神奈さんを背に、アパートから逃げ出すのであった。

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