第12話 沈黙は幸せなり

「天城くんが何で私の家に⋯⋯」

「お兄さんはコンビニまで1人で出掛けた私を家まで送ってくれたんだよ」


 紬ちゃんは俺がここにいる理由を話してくれるが、神奈さんは信じられないと言った表情でこちらを見ている。

 俺の方が信じられないよ。まさかよりによって紬ちゃんのお姉さんが神奈さんだったなんて。

 まるでソシャゲのほしいSSRが出る確率1.5%のガチャで、200連しても出なかったくらいの引きの悪さだな。


「あなた⋯⋯ここで⋯⋯」


 神奈さんはまるで変質者を見るような蔑んだ目で、俺に視線を突き刺してきた。


「妹と2人? 何言ってるんだ? ここには⋯⋯」


 ちひろもいると言葉を続けようとしたが、隣を見るとそこには誰もいなかった。


「ここに何? 天城くんしかいないけど」


 ちひろの奴どこかに隠れやがったな! おかげで神奈さんの身体から殺気が漏れ始めているぞ!


「お姉ちゃん怒らないで! リウトお兄さんは私に手取り足取り教えてくれただけだよ」

「な、なんですって!」


 紬ちゃん! 主語! 主語が、肝心な言葉が抜けてる! その言い方じゃ俺が紬ちゃんにイタズラしているように思われるよ!


「いや、手取り足取り教えたのは料理であって、俺は紬ちゃんに変なことをしたわけじゃないぞ」

「紬の身体をデザートとして味わったというわけね! この鬼畜!」


 この娘、日頃真面目ぶっているけど想像力がエロいほうに豊だな。


「パパとの想い出を壊しただけじゃ飽きたらず、紬まで毒牙にかけるなんて⋯⋯もう絶対に許さない!」


 パパとの想い出? まさかそれって俺が壊してしまった⋯⋯。

 美術コンクールで大賞を取ったガラスの⋯⋯。

 しかし今は過去の件を気にするよりこの状況を何とかしないと。

 神奈さんは激昂して今にも俺に掴みかかってきそうだ。


「神奈っち待って! 私達、本当に料理をしていただけだから!」


 どこから現れたのか、ちひろが突然ドアを開け居間へと突入してくる。


「えっ? ちひろさんもいたんですか」


 ちひろの登場によって神奈さんの殺意が薄れていく。とりあえず救いの神⋯⋯いや救いの悪魔が現れたことによって俺の命は助かりそうだ。


「ふう⋯⋯危なかったわね。私に感謝しなさいよ」

「いや、そもそもちひろのせいでピンチに陥ったんだけど」


 こいつは隠れて俺が窮地に立たされる所を楽しんでいたに違いない。


「いやねえ、ちょっとトイレを借りてただけよ」

「あれ? さっきちひろお姉ちゃんトイレに行かなかったっけ?」


 純粋無垢な紬ちゃんが、ちひろの悪事を白日のもとに曝してくれる。


「え~と⋯⋯実は今日は少しお腹が痛くて⋯⋯」

「お前はお腹が痛いのに五郎のラーメンを食べようとしていたのか」


 腹が痛いのに油ギッシュで味が濃いラーメンを食べる奴はいないだろう。


「そ、そんなことより神奈っちが本当に紬ちゃんのお姉さんなの?」

「そうですが⋯⋯」

「話を誤魔化そうとするんじゃない」

「いやだって⋯⋯紬ちゃんが言っていたお姉さんだよ? 料理が壊滅的な」


 そういえば紬ちゃんはお姉さんは料理ができないと言っていたな。まさか完璧超人だと思われていた神奈さんにそんな弱点があるとは。


「料理が壊滅的! 紬はそんなことを言っていたの!」

「だ、だって本当のことだもん」

「オムライスを食べたらジャリジャリしてて味が独特だったって言ってたな」


 俺が紬ちゃんから聞いていたことを指摘すると、神奈さんは真っ赤になった顔を両手で隠す。


 くっ! 仕草が可愛いな。さすがは羽ヶ鷺のヒロイン。


「紬、あなた⋯⋯」


 今度は先程と同じように神奈さんの顔は真っ赤だが、少し怒っている表情をしていた。


「お、お姉ちゃん。それよりリウトお兄さんがせっかくオムライスを作ってくれたんだよ。温かい内に食べない?」


 紬ちゃんは神奈さんの怒りを逃れるためオムライスの話題を出す。すると神奈さんの視線が俺の作ったオムライスへと注がれる。


「私に⋯⋯天城くんが作ったこのハートの絵が書かれたオムライスを食べろと?」


 紬ちゃんにリクエストされたとはいえ、何だか無性に恥ずかしくなってきたぞ。


「お姉ちゃん食べないの? 材料が無駄になっちゃうよ? いつもご飯は残さないようにって言ってるよね」

「うっ! 確かにそうね。このオムライスには罪はないわ」


 その言い方だとまるで俺に罪があるような⋯⋯。


「天城くんいただきます」


 神奈さんは俺のことが嫌いだけど、しっかりと頭を下げる所が彼女の性格の良さを表している。


「私もいただきます」


 そして神奈姉妹がスプーンでオムライスをすくい口の中へと入れる。


「「お、美味しい!」」


 オムライスを食べると、神奈さんの少し不機嫌だった顔が至福の表情へと変わっていく。


「何ですかこれは! 卵がとろとろで⋯⋯まるでお店の味です」

「お姉ちゃんが作ってくれたオムライスと同じ料理とは思えないよ!」

「くっ! 確かにその通りですから否定はできないわ」


 良かった。どうやら2人とも俺の作ったオムライスを気に入ってくれたようだ。


「いいなあ、私も食べたいなあ」


 神奈姉妹がオムライスを美味しそうに食べている姿を見て、どうやらちひろの空腹感を刺激してしまったみたいだ。


「ちひろお姉さんには私のを上げるよ。あ~ん」


 紬ちゃんはオムライスをスプーンですくって、ちひろの口元へと持っていく。


「あ~ん⋯⋯う~ん本当に美味しい。これはお金が取れるレベルだわ」


 ちひろは俺のオムライスに最大の賛辞をくれる。女の子にご飯を美味しいって言ってもらえるなんて、料理を作れて本当に良かったと思う瞬間だ。


 それにしても美味しそうだな。そういえば俺達はラーメン屋に行こうとしていたんだっけ。

 そう考えると俺も急速に腹が減ってきた。そしてそれはぐ~っと音を出して周りにも主張し始めた。


「お兄さんもお腹が減っているの? それならお姉ちゃんの分をお兄さんにあげて」

「わ、私があげるの?」

「そうだよ。だってこのオムライスはお兄さんが作ったんだから」

「た、確かにそうね」


 どうやら神奈さんはオムライスを俺にくれるようだ。

 俺はこの時、新しいスプーンをもらって自分ですくって食べるものだと思っていた。だが神奈さんは、先程の紬ちゃんとちひろのように、自分が使っていたスプーンでオムライスをすくい、照れながら俺の前に持ってきた。


「あ、あ~ん」


 しかも男なら一度は彼女にやってほしいランキングベスト10に入る「あ~ん」までつけて。

 えっ? これは食べていいの? しかもこれは⋯⋯。


「間接キスじゃ⋯⋯」


 俺はボソッと思っていることを口に出してしまった。

 すると神奈さんの顔が一瞬で真っ赤になり、勢いよくオムライスを食べ始めた。


「えっ? ちょっと」


 しかし俺の声は届かず、神奈さんはこちらを無視するかのように、一心不乱にオムライスを口の中に入れていく。そしてオムライスはあっという間に神奈さんの胃の中に消えてしまうのだった。


「ご、こちそうさま。残念ですがオムライスはもうないので天城くんにあげることはできませんね」


 まさか神奈さんは俺と間接キスをするのが嫌で、オムライスを急いで食べたのか。

 くそう! 何で俺は余計な一言を言ってしまったんだ! せっかく神奈さんにあ~んをしてもらえるチャンスだったのに。

 もし俺がモテ男だったら間接キスを気にすることなく、今頃ドキドキをプラスしたオムライスを食べることができたと思うと、悔しくてしょうがない。


「お姉ちゃん食べるのはや~い。リウトお兄さんが作ったオムライスがよっぽと美味しかったんだね」


 紬ちゃんが感心しながら検討違いの言葉を口にしている。


「本当にそうかな~、別に理由があったりして」


 ちひろは、何故神奈さんが急いでオムライスを食べたのかわかっているようで、ニヤニヤしていた。何だか俺の気持ちも見透かされているようで少し恥ずかしいぞ。


 こうして俺は作ったオムライスを神奈姉妹に喜んでもらえたが、余計な一言を言ってしまったせいで神奈さんとの間接キスの機会を逃してしまうのであった。


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