第10話 初見では行きにくい所⋯⋯それは

 放課後


 今日までは半日のため昼前に授業が終了となっていた。


 さて、これからどうするか。

 昨日一昨日は軽いランニングや筋トレしか出来ていなかったから、今日は本格的にトレーニングをするかな。

 だがその前に昼飯をどうしようか迷う。家で作って食べるかそれとも帰りがけにラーメンでも食べるか。

 俺はどうするか思案していると、不意に背後から肩を叩かれる。


「リウト、今日この後時間ある?」

「少しならあるぞ」


 これはちひろからの昼飯の誘いか? それならちょうど良かった。


「そう⋯⋯だったらラーメン食べに行かない。1人だと私可愛いから視線を集めちゃうの」

「それは女子高生がラーメン店に1人でいるのが珍しいからじゃ⋯⋯」

「まあそうとも言うかもね。それでどう?」

「いいぞ。俺も昼飯をどうするか迷っていた所だったからな」

「けどその前にコンビニに寄ってもいい?」

「わかった」


 こうして俺は今日の昼飯はちひろと食べることになり、教室を出ようとしたその時。


「神奈、お前はこれから話があるから職員室へ来い」

「は、はい」


 神奈さんは氷室先生に呼び止められ、教室の外へと連れさられて行ったのだった。


「朝の件かな?」

「ああ、たぶんな。手の傷や疲れている神奈さんを見て、氷室先生も放って置けなかったんだろう」


 だがこんな状態でも神奈さんは欠伸1つせず、午前の授業をしっかりと聞いていたので、さすが羽ヶ鷺のヒロインだと感心した。

 問題があるなら解決されるといいが。だが自分に出来ることは何もないので、俺はちひろと一緒に教室を後にするのであった。



 俺達は校門を出るとまずは近くにある大手チェーン店のコンビニ、ルーソンへと向かう。


「そういえばちひろが食べたいラーメンって何?」


 ラーメンと言っても塩、醤油、味噌、豚骨と様々な種類がある。自分で行きたいと言ったからには何か食べたい物があるんだろう。


「え~と油と野菜とかいっぱい乗せる所。確か五郎ってお店だったと思う」


 駅前にある美味しいけど量が半端ないマシマシな所だ。


「凄い所をチョイスしたな」

「1度食べてみたくて。でも友達は一緒に行ってくれないんだよ」

「そりゃそうだ。あそこはほぼ男性客だぞ。それに食べるのが遅いと待っている客からのプレッシャーがあるが堪えられるか?」

「がんばる」


 う~ん少し不安だがちひろが食べたいって言うなら付き合うか。確かに女子だけだとトッピングも言いづらい所だしな。


 そしてコンビニにたどり着くと、俺は用はないので店の外でちひろを待つことにした。

 それにしても腹が減ってきた。ちひろから五郎の話を聞いて益々食欲が沸いてきたぞ。


 ぐう~。


 ほら見ろ。もう俺の体がラーメンを求めている⋯⋯って今のは俺じゃない。

 俺は腹の音が聞こえてきた右隣に視線を向けると、そこには小さな女の子の姿があった。

 小学生低学年? 幼稚園の年長? くらいに見えるが、コンビニのガラスに手をついて中を覗いている。

 1人でコンビニに来るには少し年齢が幼いような気がするが。コンビニの中に母親でもいるのだろうか?

 だがこの女の子を観察していると、さっきから客が外に出る度に視線を向け、口元には少しヨダレが見える。

 まさかと思うがお腹の音も鳴っていたし、客が持っている食べ物をロックオンしているのか。

 この女の子の連れの人はいなそうだし、ここは話しかけて事情を聞いた方がいいかもしれない。

 俺はどうするか迷っていると、ルーソンで買ったお菓子の袋を手にちひろが戻ってきた。


「お待たせ~さあ行こう」

「あ、ああ」

「ん? どうしたの?」


 どうやらちひろは俺の様子がおかしいことに気づいたようだ。


「なるほど⋯⋯そういうことか」


 そして俺の視線の先にいる女の子を見て悟ったのか、探偵が謎解きをしたようにドヤ顔をしてきた。


「いいよ。リウト行ってきな。あなたの中の感情を私は止めることはできないから」


 さすがにこのまま訳ありっぽい女の子を放置していくことはできないと、ちひろは感じてくれたようだ。短い付き合いだが俺のことを理解してくれている親友のような存在なだけはある。

 俺1人で話しかければこのご時世、変質者扱いされるが、ちひろがいればそのような事態は回避出来るだろう。


「ちょっと行ってくる」


 俺はちひろに声をかけ女の子の方に近づいていく。だが何故か俺を送り出したちひろは上着のポケットからスマートフォンを取り出し、こちらにレンズを向けてきた。


「おい、どういうつもりだ?」

「いや、リウトが幼気いたいけな少女にイタズラする瞬間を動画に収めようと思って」


 前言撤回。ちひろは俺のことを理解するどころか陥れようと画策してやがった。


「もうちひろが話しかけてこい」

「冗談、冗談だから。もし何かあっても動画に取っておけば私達が心配で声をかけたって証拠になるでしょ」

「最初からそう言ってくれ」


 ちひろの冗談に俺は冷や汗をかき、改めて女の子に話しかけようと視線を向けると⋯⋯コンビニのガラスに張り付いていた女の子は既にいなかった。


 俺は女の子がどこに行ったのか慌てて周囲を見渡す。すると女の子はちひろの側におり、ちひろが持ったお菓子の袋に視線を向けていた。


「食べる?」

「うん!」


 女の子は元気よく答えると、ちひろにもらったスナック菓子を勢いよく食べ始めた。

 やっぱりこの子はお腹が空いていたのか。それにしても凄い食べっぷりだ。


「美味しかった~」


 女の子はものの一分程でスナック菓子を食べ終わると、ようやくこちらへと視線を向けてきた。


「お姉ちゃんお菓子ありがとう」


 女の子はお腹が膨れたことで余裕が出来たのか、礼儀正しくちひろに頭を下げてくる。


「お腹が空いて倒れそうだったよ」


 このぐらいの女の子が1人でいて空腹になるということは⋯⋯俺は嫌な想像をしてしまった。

 虐待? もしくは家が貧乏で食べるものもないのか?


「え~と、あなたのお父さんかお母さんは近くにいないの?」

「私はあなたじゃないよつむぎだよ」

「そっかあ。私はちひろ、こっちはリウトっていうの。よろしくね」


 ちひろは目線を紬ちゃんの所まで下げ、優しく問いかける。


「ママはお仕事でパパは遠くで私のことを見守ってくれているから近くにいないよ」


 今の紬ちゃんの言葉で俺は悟った。たぶんもう紬ちゃんのお父さんはこの世にはいないことを。


「教えてくれてありがとう。それで紬ちゃんはここで何をしていたのかな?」

「私、その⋯⋯お腹が空いちゃって。がんばってコンビニまで来たんだけどお金がなくてそれで⋯⋯」


 お客さんの食べ物を眺めていたというわけか。


「ママは今病気で入院してて、お姉ちゃんがいるんだけど⋯⋯お姉ちゃんのご飯はすごく⋯⋯その⋯⋯美味しくなくて⋯⋯」


 母親が家にいないから姉がご飯の用意をしているのか。だがおそらくちゃんとご飯を用意出来ていないことから、姉は紬ちゃんと年が近く幼いのだろう。


「家には他に誰かいないのかな? おじいちゃんとかおばあちゃんとか⋯⋯」


 俺もちひろに習って目線を下げ、紬ちゃんに問いかけてみる。


「ううん、いないよ。今は私とお姉ちゃんの2人だけだよ」


 紬ちゃんの答えに俺とちひろは顔を合わせる。

 大丈夫なのか? 幼い姉妹だけで家にいるなんて。何だかすごく心配になってきたぞ。


「そっか⋯⋯とりあえずお姉ちゃんが心配するかもしれないから紬ちゃんを家まで送るよ。お家の場所はわかるかな?」

「うん、わかるよ。こっちこっち~」


 紬ちゃんは先頭に立ち、俺達を自宅の方へと案内する。


「ちひろ、今日はラーメンなしで」

「わかってる。さすがにこの子をこのまま放っておくわけにはいかないもんね」


 俺達は意見が一致し、紬ちゃんの後を追いかける。

 だがこの時の俺は、この後予想だにしない事態に巻き込まれるとは、夢にも思っていなかった。



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