第6話 動体視力が良くても良いことばかりじゃない
「追え! 奴を逃がすな!」
クラスメートの男共が後ろから俺を捕らえるため追ってくる。
「新学期早々勘弁してほしいのだが」
外に逃げるにしても、このままだと下駄箱で靴を履き替える時に捕まってしまいそうだ。だが俺は敢えて下駄箱へと向かっている。
何故ならそこには追手を退けるキーパーソンがいるからだ。
「ユズ!」
俺は下駄箱で靴を履こうとしているユズに声をかける。
「あれ? 兄さん早いですね」
「すぐにでもお前に会いたかったからな」
「何ですかそれ」
もしここが自宅とか誰も知り合いがいない場所だったら「は? 何言ってるんですか。兄さんなんて死ねばいいのに」と辛辣な言葉を浴びせられただろう。
「くっ! 柚葉ちゃんを盾にするとはな」
「卑怯な男だ」
俺の背後では悔しそうな表情をしたクラスメート達がいる。さすがにユズの前では暴挙に出るわけにはいかないのだろう。
それと俺の中ではずるいと卑怯は敗者の戯言だと思っているので、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
「兄さん、友人の方達が何か言ってますけど⋯⋯」
「気にしないでいい。ほら買い物に行くぞ」
「あっ! 兄さん」
俺はユズの手を引き、急ぎ学園の玄関を出る。するとクラスメート達はその様子を見ていることしか出来ず、俺は無事に学園を脱出することに成功するのであった。
「今日はカレーの材料を買いに行くんだよな?」
「う、うん⋯⋯」
学園を出てから商店街へと向かう途中、幾度かユズに話しかけるが優等生モードが継続されたままで、何故か俺の方に目線を合わせてくれない状態が続いていた。
「ユズのクラスはどんな感じだ?」
「まだ初日だからよくわからないかな。けど瑠璃さんが同じクラスだったから良かったです」
「瑠璃の千里眼が当たってたんだな」
「いえ、クラスはBクラスではなくAクラスでした」
「違うのかよ!」
やはりそんな都合の良いスキルなんてあるわけがないよな。そんなものが本当にあるなら俺は手持ちのスコアを全て使ってでも手に入れるだろう。
「まあけど瑠璃のこと頼むな」
「わかっていますよ」
瑠璃は今でこそ明るく、自分の道を行く娘になったが、中学の時虐められて引きこもりになっていた時期があった。
羽ヶ鷺学園には素行というチェック項目があるから、表立って何かをされることはないとは思うが、心配なことは確かだ。
「私の友達ですから」
「まあ何かあったら兄さんも頼ってくれよ?」
「わかってます。仕方ないですけどその時は兄さんを頼って上げます」
仕方ないって⋯⋯ユズは本当に素直じゃないな。だが学園を出て緊張が解けたのか、口調が普段の兄をディスるものへと戻っていた。
そして話をしていたらいつの間にか商店街へとたどり着いていたので、俺達はまずカレーの材料を買うために八百屋へと向かう。
「いらっしゃい!」
八百屋の前へと到着すると威勢の良い声が聞こえてきたので、俺とユズは頭を下げ挨拶をする。
「マサさんこんにちは」
「こんにちは」
「おっ! 柚葉ちゃん高校生になったんだね! おじさんも後20年若ければアタックしたんだけどな」
相変わらず面白い人だ。この人は八百屋の主人のマサさんで、俺達が生まれる前からこの場所で八百屋を営んでいる。よくこの店を利用する俺達とは顔馴染みだ。
「バカだねあんた! あんたが20年若くても35歳だろ? 手を出したら立派な犯罪者じゃないか」
そしてマサさんの後ろから現れたのが、マサさんの奥さんであるハナさんだ。
「それよりあんた気づかないのかい? リウトくんと柚葉ちゃんがとうとう付き合うようになったんだよ。祝福してあげないと」
「「えっ!」」
俺とユズはハナさんの言葉に思わず声をあげてしまう。俺とユズが付き合う⋯⋯だと⋯⋯。
「何でそんな話になるんですか? なあユズ」
しかし同意を求めたユズから返事がない。俺は不審に思いユズの顔を覗き込むが、何故かユズは顔を真っ赤にしていた。
おいおいどうしたユズ⋯⋯まるで恋人と言われて照れているように見えるぞ。
「だって二人とも仲良く手を繋いでいるじゃないか」
俺とユズはハナさんの言葉でハッとなり慌てて繋いでいた手を離す。
そして俺達の様子を見たハナさんからさらに追撃の言葉が発せられる。
「ユズちゃん良かったね。長年の想いが報われて⋯⋯おばちゃん自分のことのように嬉しいよ」
「ハハハナさん! 何言ってるんですか! 私と兄さんが付き合うなんて兄さんが異世界に行って勇者になるくらいありえない話です!」
何か例えが瑠璃っぽいな。どうやらユズは友人に色々毒されているらしい。
「でもその手は⋯⋯」
「こ、これは兄さんが現実の女性と手を繋ぐことなど一生出来ないことだから、せめて妹と繋がせろって迫られて」
「言い訳するにしてもその例えひどくね」
確かに女性と手を繋ぐことなんてコト姉とユズくらいだけど⋯⋯あれ? 俺の人生ってけっこう寂しくないか。
「ふふ⋯⋯わかっているわよユズちゃん」
「2人は兄妹だもんな! 付き合うなんてあり得ねえよな!」
「マサさんもハナさんもからかわないで下さいよ」
「そ、そうですよ。まあ私は最初から2人が本気じゃないということはわかっていましたけどね」
いや、ユズはどう見ても本気にしていただろと思ったが、俺から手を繋いで疑われることをしてしまったから突っ込まない。
「はは、わりいな二人とも。それより何か買いに来てくれたのか?」
「はい。にんじん、玉ねぎ、ジャガイモをお願いします」
俺はマサさんに今日のカレーで使う野菜を伝える。
「ユズちゃんちょっといい?」
「はい」
ハナさんが俺とマサさんから少し離れた所にユズを呼び出し、何か話し始める。
俺は代金を支払い品物を受け取ると、ユズはハナさんとの話が終わったのかこちらに戻ってきた。
「まいどあり~」
「ユズちゃんがんばんなよ」
そしてマサさんとハナさんに見送られながら俺達は八百屋を後にする。
それにしてもユズはハナさんと何を話していたんだろう?
「ユズ、ハナさんが頑張ってって言ってたけど何なんだ?」
俺は2人の話が気になったのでユズに問いかけてみる。
「べ、別に兄さんには関係ありません!」
「関係ない言うには焦りすぎじゃないか?」
「そんなことありませんから。ただ⋯⋯高校生活を頑張れって言われただけです」
「そうか。確かにうちの学校は少し特殊だから大変かもかもしれないが頑張れよ」
「う、うん」
ユズは自分のことで兄を頼るのが恥ずかしいのか、俯きながら頷く。
今日のユズはいつもより素直だな。
この時の俺はユズの様子に少し驚きながらも嬉しく思っていたことで油断していたのか、商店街にあるドラッグストアーから出てきた人とぶつかってしまう。
「キャッ!」
俺は倒れることはなかったが、相手は可愛らしい声をあげ地面に尻餅をついてしまった。
どうやら声からして女の子とぶつかってしまったようだ。
「すみません! 大丈夫ですか?」
俺は慌てて女の子に手を差し伸べるが、よく見ると制服が俺達と同じ羽ヶ鷺学園の物だった。
そして女の子で俺達と同じ羽ヶ鷺学園の制服ということは⋯⋯俺は鍛え上げられた動体視力で無意識に視線がスカートの下へと向かってしまった。
「あ、天城くんどこを見ているんですか!」
女の子は素早くスカートを抑えながら大きな声を上げ、この時俺は初めて押し倒してしまった子が誰か気づいた。
「か、神奈さん⋯⋯」
そう⋯⋯俺とぶつかってしまったのはクラスメートの神奈 結さんだった。
「天城くん⋯⋯見た?」
神奈さんが言う見たはスカートの中をということだろう。答えはもちろんイエスだがここはとぼけるべきかそれとも⋯⋯。
「す、少しな」
見てないというと「うそをつかないで!」と問い質される可能性があるので、ここは無難な答えを返答しておく。
「どんな下着だった?」
「水色と白のストライプで、両脇に白いリボンが付いているのが特徴だったな」
「どこが少しですか!」
はっ! つい聞かれたことを正直に答えてしまった!
神奈さんは怒りを露にすると、右手からスナップの効いたビンタがこちらに向かって飛んでくる。俺はまともに左頬にくらうと吹き飛ばされ、地面を転がってしまう。
「やっぱり天城くんは最低ですね」
神奈さんは地面に倒れた俺を上から見下ろし、蔑んだ目で言葉を放ちこの場を立ち去っていった。
くそっ! 自分の動体視力が恨めしい。だって見えた物は見えたんだから仕方ないじゃないか。
そして俺はこの時、蔑んだ目が1つではないことに気づいた。
「兄さん⋯⋯いえもう兄と呼ぶのもおぞましいです。性欲に犯された変態は死んでください」
もし俺がドMだったらここは大喜びする所だが、残念ながら俺にはそのような趣向はないため、ユズの冷徹な視線に震えるだけだった。
「いや、嘘をつくのも誠実ではないし、ここは正直に言った俺を褒める所じゃないか」
「変態が誠実とか正直とか綺麗な言葉を使わないで下さい。さよなら」
そしてユズは俺をおいて、1人自宅の方へと歩いていく。
ユズに嫌われてしまったか。本当に自分の動体視力が憎いぜ。
こうして俺は同級生の下着を見るというラッキースケベに遭遇することが出来たが、代わりに妹からの信頼を失い1人寂しく帰路に着くのであった。
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