第7話 妹の機嫌を取るのは難しい
「ただいま」
俺はユズに見捨てられ1人で自宅へと戻ったが、家の中から返事が返ってこない。この時間は父さんと母さんは仕事、姉さんは生徒会、ユズは玄関に靴があるから帰っていると思うが、先程の件で俺と話したくないといった所か。
とりあえず俺は八百屋で買ってきた食材を冷蔵庫にしまい、そして部屋に通学用のカバンを置くと、何や隣の部屋から声が聞こえてきた。
「ああ! 私は兄さんになんてことを言ってしまったの!」
どうやらいつものようにユズの懺悔タイムが始まったらしい。
「本当は兄さんが私以外の下着を見て嫉妬しただけなのに」
嫉妬って⋯⋯ユズのブラコンは大概だな。
「でも私は悪くない。兄さんが悪いよね。鼻の下をデレデレと伸ばして」
マジか! でも仕方ないよな。偶然とはいえ羽ヶ鷺のヒロインの秘密が目の前に広がっていたら、誰もが視線向け、至福な表情をするだろう。
「兄さんは⋯⋯誰でも興奮するのかな⋯⋯例えば私でも⋯⋯」
ユズが1人で話を変な方向に持っていこうとしている。さすがの俺でも実の妹の下着で興奮する変態ではない。確かにユズは世間一般で見てもかなり可愛いとは思う。それに同じ家で暮らしているとユズもコト姉も油断しているのか、たまに下着があらわになっている時があり見慣れているしな。
「どうしよう⋯⋯兄さん怒っているかな」
ユズの不安そうな声が聞こえ、言い過ぎたと後悔している様子が壁越しでも伝わってくる。
「よし」
俺は自室で制服を脱いで一階へと降りる。そしてキッチンにある冷蔵庫を開けると⋯⋯。
「卵、牛乳、市販のバニラアイス⋯⋯これならできるな」
ボウルに卵黄、サラダ油、牛乳を入れ泡立て器で混ぜて薄力粉、ベーキングパウダーを投入し、再度混ぜる。
別のボウルに卵白を入れてハンドミキサーで混ぜ、グラニュー糖を入れツノができるまで泡立たせ、2つのボウルの中身を少しずつ混ぜる。混ぜた物をバターを溶かしたフライパンに入れ焼き色がついたら裏返し三分程蒸す。そして出来上がった物の上に市販のバニラアイスを乗せればパンケーキが完成する。
俺は出来上がったパンケーキを持ち、二階のユズの部屋の前へと向かう。
そしてドアをノックすると、不機嫌そうな表情をしたユズがドアの隙間から顔を出す。
「なんのようですか?」
「いや⋯⋯小腹が空いたからパンケーキを作ったんだがユズも食べないか?」
「本当! け、けどいらないです」
ユズは一瞬喜んだ表情を見せたが、今俺に対して怒っていることを思い出したのか、すぐにまた不機嫌そうな顔をしてドアを閉める。
ダメだったか。ユズはパンケーキが好きだからいけると思ったんだが。だがまだ諦めるのは早い。それならこのパンケーキの良さを部屋の外から語るとしようか。
「そうか⋯⋯このふんわりととろける口当たり。程よい甘さが舌の上に広がると至福の幸せが身体中に膨らんで、そしてこのバニラアイスを加えると味変して更に新しい新境地を開拓するが⋯⋯」
ここで敢えて言葉を切る。
一度はパンケーキをいらないと言ったユズだが俺の予想ではドアに耳を当ててこちらの様子を窺っているはずだ。
伊達に15年も兄妹はしていない。
「この究極の味は時間が経つに連れて熱と美味を失っていく。仕方ない⋯⋯これは俺が食べるしかないな」
俺は階段を降りたように見せかけるため、
「待って!」
するとユズは勢いよくドアを開けるが、すぐ側に俺がいたので驚いた表情を浮かべている。
「兄さん、嵌めましたね」
「人聞きの悪い。誰も一階に降りるなんて言ってないだろ」
「うぅ」
何やらユズが唸っているようだが俺は無視して部屋に入る。
「ちょっと兄さん勝手に入らないで!」
ユズはまだ素直になれないようなので、俺は皿に乗ったパンケーキをユズの顔の近くに持っていく。
「食べるだろ?」
「し、仕方ないですね。食べ物に罪はありませんから」
ほんと我が妹は素直じゃないな。いったい誰に似たのやら。
とりあえず俺はユズの部屋に入る許可を得たのでテーブルにパンケーキが乗った皿を置き食べるよう促す。
「どうぞ召し上がれ」
「こんなことで誤魔化せるとは思わないで下さいね」
「わかってるよ」
ユズは口では苦言を呈しているが、目を輝かせながらフォークを取りパンケーキに集中していた。そしてフォークでパンケーキを切り口に運ぶと⋯⋯。
「う~ん美味しい。兄さんが作るパンケーキは絶品です」
ユズは顔をほころばせながらパンケーキをパクパクと食べていく。ここで敢えて指摘することはしないが、先程までの不機嫌な顔はもうどこにもなかった。
「あれ? そういえば兄さんは小腹が空いたって言ってましたが、兄さんの分のパンケーキがありませんね」
「俺は大丈夫だよ。ユズが全部食べていいぞ」
元々ユズの機嫌を治すために作った物だしな。
「いいえ、私だけで頂くのは申し訳ないです⋯⋯あ、あ~ん」
ユズは顔を真っ赤にしながら、パンケーキを乗せたフォークを俺の口元へと運んできた。
そんなに恥ずかしいならやらきゃいいのに。
だが妹が恥ずかしいのにしてくれた行動を無にすることはできない。
俺は目の前にあるパンケーキにかぶりつく。
「う、うまい⋯⋯これを作った奴は天才だな」
ふわふわした程よい甘さのパンケーキが口の中でとろけるようになくなっていく。自分で言うのも何だか上手くできたと思う。
「何言ってるんですか。けど兄さんの料理やお菓子作りの腕だけは私も認めていますけど」
「そこに誠実と真面目という言葉を付け足してくれ」
「さっき女性の下着を、某忍者漫画の瞳術並にガン見していた人の言う台詞ですか」
しまった! せっかくパンケーキでユズの機嫌が戻ったのに、自分から台無しにしてしまった。
くそっ! 何か他にユズの気を紛らす話題はないのか!
俺は何かないかとユズの部屋の中を見渡す。
すると⋯⋯。
こ、これは!
ユズのベッドの上にカラフルに彩られた桃源郷が目に入った。
「兄さん何を見て⋯⋯ああっ!」
ユズは叫ぶような声を上げ、両手で俺の視界を塞いできた。
「みみ見ました?」
答えはもちろんイエス。一瞬の出来事であったがまたしても俺の動体視力が活躍してしまった。ユズが顔を赤くして慌ててるのには理由がある。何故ならベッドの上には色とりどりの下着が散乱していたからだ。
これはまさかとは思うが、さっき1人懺悔している時に、下着がどうのこうの言っていたが実物を出していたのか?
ちなみに出されていた下着は5枚。オーソドックスの白、薄い水色、白と黒のストライプ。ここまではいい⋯⋯15歳のユズには年相応の下着といっていいだろう。だが残りの2枚は違う。赤と黒の下着だった。
子供だと思っていたユズがまさかあんなに大人の下着を持っていたとは⋯⋯俺は驚きを隠せない。
いや、今はそのことよりユズからの問いに答えねば。ここはやはり嘘をつかず誠実に答えるべきか。俺は指の隙間から涙目になり、顔を赤くしたユズに向かって宣言する。
「もちろん見た。とても素敵下着だった思うが、背伸びするのも程々にな」
「いやぁぁっ!」
突然ユズが発狂して俺の目を押し潰そうとしているのか、力を入れてくる。
「ユ、ユズ⋯⋯痛い、痛いから!」
「こ、こうなったらもう壁ドンで兄さんの記憶を消すしか⋯⋯」
「いや、壁ドンはそんな物騒な技じゃない」
ユズは普段見ない程パニックに陥っていた。このままだと俺の身に危険が降りかかってきそうだ。
「こうなったらもう兄さんの命を奪って私も⋯⋯」
「ユズ、早まるな! 落ち着け! 別に兄に下着を見られても気にすることじゃないだろ?」
「兄さんだから気にするんですよ!」
家族以外に見られた方がきつい気がするが⋯⋯。ユズの基準がわからない。
とにかくこのままここにいるのは得策じゃない。
俺は両手でユズの手を素早く外す。
「あっ!」
するとユズはベッドに散乱した下着を見られる方が嫌なのか、下着を隠しに向かったのでその隙に俺はこの部屋を脱出する。
「兄さん待ってください! まだ記憶を消去していません」
背後から恐ろしい言葉が聞こえてきたが、俺は後ろを振り向かずそのまま自室へと逃げ込むのであった。
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