第5話 エクセプション試験

 配られた用紙に目を通すと、確かに氷室先生の言うとおり、一年間コミュニケーションを取っていればできる問題だった。


 試験の内容はこうだ。

 全ての問いに対して本人とペアの者の解答を記載しろ。


 1.ペアの者の名前をフルネームで答えよ

 2.出身中学を答えよ

 3.羽ヶ鷺学園までの通学方法を答えよ

 4.趣味を答えよ

 5.好きな食べ物を答えよ

 6.得意な教科を答えよ

 7.大事にしているものを答えよ

 8.これだけはやめてほしいというものを答えよ


「時間が来たら皆の前で発表してもらうからな」


 なるほど⋯⋯自己紹介の代わりがこのエクセプション試験になるんだな。確かにこの内容ならクラスメートに自分のことが伝わる。そしてこれからの一年間を円滑に進めるために7、8のことはするなと警告することもできる。ただ、逆に弄る奴もいそうだけど、その場合はそいつのコミュニケーションの成績は限りなくゼロに近いものになるだろう。ここはそういう学校だ。


「ちなみに一問正解するごとにペアで1,000スコアとなっている。制限時間は10分だ。始めろ!」


 二人共に全問正解すれば16,000ポイントか⋯⋯これはでかいな。1スコアで1円の物が購入できることから、学生に取っては嬉しい臨時収入だ。


(リウト、全問正解しなさいよ)

(ちひろこそ間違えるんじゃないぞ)


 俺とちひろは視線で会話をし、問題に取り組む。

 辺りがペンの動く音に支配される中、俺は時間ギリギリまで間違いがないか確認し、試験を終える。


「それでは左後ろのペアから順番に発表しろ」


 そうなると俺達は一番最後になるのか。まあ順番なんかどうでもいい。今はクラスメート達のデータを集めるのが先決だ。


 そして俺を避けるため、一番左後ろに座った神奈さんとペアの水瀬さんが立ち上がり、試験の内容を発表する。


「水瀬 ゆり、羽ヶ鷺中学校出身、通学方法は徒歩です――」


 クラスメート達は最初の発表ということもあり、真剣に聞いているように見えたが、どうやらそれだけではなさそうだ。神奈さんの佇まい、声、そして容姿に見惚れているのだ。

 誰もが認める人気者の神奈さん。そんな人に嫌われているなんてこれからの俺の一年間は大変そうだな。


 そして神奈さんと水瀬さんの発表が終わり、正解は6問と5問で計11点となった。


「11点か⋯⋯この1年、まあまあ交流を深めていたようだな。では次のペア発表しろ」


 氷室先生の声で次々とクラスメート達が解答を発表するが、皆7問目と8問目に苦戦してきるのか、9点前後の点数が多い。中には解答するのを諦めてネタに走るものも多く、笑いが起きることも少なくない。だが氷室先生はハッキリと名言されていないがこれもありだ。今回はコミュニケーションの試験のため、人を楽しませることが出来れば後日評価の所で加点される可能性が高い。

 そしてクラスメートの自己紹介が終わっていく中、最初に発表した神奈さん、水瀬さんペアの得点を越えることなく、俺達の出番がやってくる。


「ほう⋯⋯男女のペアか。珍しいな」

「そういう風に仕組んだんでしょ」


 俺は氷室先生の問いに答えると先生はニヤリと笑みを浮かべた。

 この試験は仲が良い奴がいないと成立しない。クラス替えの時にある程度答えられるペアができるようにしたとしか思えない。その証拠に30人程のクラスメート達は氷室先生が二人組を作れと言った時、すぐにペアが出来たのがいい証拠だ。

 1年の時の情報から俺がちひろと組むことは、初めからわかっていたのだろう。


「察しがいいな。頭の良い生徒は嫌いじゃないぞ」

「そりゃどうも」


 とりあえず担任の先生とのファーストコンタクトは悪くないようだ。教師と仲良くなって損はないからな。


「それじゃあ初めますね。名前は上野 ちひろ、出身中学は赤梅第二中学校、自転車通学、趣味は食べ歩き、好きな食べ物はチョコレートパフェ、得意な教科は体育、大事にしているものはプロ野球選手のニジローからもらったサイン、やめてほしいことは胸が小さいと弄られること」


 俺が全て答えると周囲から「8問目の答えはネタ?」という声が聞こえてくる。

 そしてちひろからは⋯⋯。


「いやだ、全問正解? まさかリウトって私のストーカー?」

「ちがうわ!」


 俺は即座にちひろの言葉を否定するが、周囲からヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


「えっ? まじで?」

「確かに全問正解は普通じゃないよな」

「こわ~い」


 クラスメート達から完璧にストーカー扱いされてないか! このままだと俺の学園ライフに陰りができてしまうぞ!


「静かにしろ! 上野、次はお前の番だ」

「は~い。天城 リウト、出身中学は羽ヶ鷺中学、通学は徒歩、趣味は料理、好きな食べ物はカレー、好きな教科は数学」


 ここまでは完璧だ。後2問正解すればパーフェクト。もし全問正解ならちひろにストーカーと言い返してやろう。ちなみに問7、問8の答えはスマフォとシスコンと弄られることだ。


「大事なものは⋯⋯姉と妹」


 しかし残念ながらちひろと答えは同じにならなかったが、その解答が最悪だった。


「そういえば天城君のお姉さんって生徒会長をしていたよね?」

「琴音先輩だろ? すごく可愛い人だよな」


 周囲からコト姉の話題が出てくる。

 さすがは我が姉であり生徒会長の人気は絶大のようだ。

 だがこれでは俺がシスコンだと弄られてしまう! と思ったがクラスメート達の言葉は俺の予想とは違っていた。


「あんな素敵な人と1つ屋根の下で暮らせるなんて羨ましい~」

「俺も琴音先輩の弟になりたい」

「今度琴音先輩を紹介してくれよ」


 以外と皆の意見は好意的なもので安堵する。


「ちひろ⋯⋯残念ながら答えはスマフォだ。俺をシスコン扱いするのはやめてくれよ」

「ごめんごめん。間違えちゃった。それで最後の問題なんだけどデータ収集マニアって呼ばれることかな」

「それも違う。シスコンって呼ばれることだ」


 ちひろが2問間違えたことで俺達の点数は14点となる。悪くない結果だな。そしてこれで全員の発表が終わると、氷室先生が椅子から立ち上がり声を発する。


「自己紹介は初対面の者に自分をアピールする最初の場だ。自分のことを簡潔に相手に伝えることも大事だが、相手のことを理解することも心がけろ。過去の歴史でも相手のことを理解せずに戦争に発展したという事例もある。学生時代はもちろんだが社会人になっても人とのコミュニケーションは必須となる可能性があるから、相手を理解する気持ちを忘れるな。今日のホームルームは以上だ。号令の挨拶は天城、お前がやれ」

「起立、礼」


 俺は氷室先生に突然号令を振られ驚いたが、何となく言われる予感がしたので無難に号令を済ませることができた。


 そして今日は授業はなく、ホームルームで学園は終了ということで帰宅しようとすると。


「いや~、シスコンって言われたくない気持ちすげえわかるわ。俺も1つ上に姉貴がいてさ。もしシスコン扱いされた日には蕁麻疹ができちまうよ」

「俺はそこまで姉を嫌っているわけじゃないから⋯⋯木田 悟くん」

「おっ!名前覚えてくれたんだな」

「自己紹介のインパクトが凄かったからな」


 この木田くんは先程の自己紹介で大事なものは引き出しの二重底に隠している大人のDVD(ここで公表している時点で隠していない)、やめてほしいことはDVDのコレクションを捨てられることと口にしていた英雄だからな。

 まあそんなことはなくても、木田くんの名前は最初から知っていたが。


「俺のことは悟でいいぜ」

「俺もリウトといいよ」

「確かリウトは妹もいるんだよな?」

「ああ、この羽ヶ鷺の1年で柚葉って言うんだ」

「そっか。今度妹さんも紹介してくれよ。俺、何とかなくリウトとは仲良く出来そうな気がするんだ。これからよろしくな」


 そう言って悟は右手を出してきたので俺も握手をするために右手を出そうとしたが、ガラガラと教室のドアが開き思わずそちらに視線を送る。


「リウトちゃん!」


 突然2年の教室に入ってきたのは我が姉コト姉だった。

 俺は何だか嫌な予感がしたのでコト姉から顔を背けるが⋯⋯。


「あっ! リウトちゃんだ! どう? 新しいクラスは? 今日は生徒会の仕事で一緒に帰れなくてお姉ちゃん寂しいけど我慢するね。代わりにじゃないけど夕飯はリウトちゃんの好きなカレーを作るから。それとお姉ちゃんがいないからって羽目をはずしちゃだめだぞ。悪いことしたら明日の朝起こしてあげないんだから」


 そしてコト姉は俺の姿を見つけると矢継ぎ早にしゃべりどこかに行ってしまった。せっかくシスコン疑惑がなくなったと思ったら、コト姉がどでかい爆弾を落としていきやがった。


「リウトくんってシスコンじゃないんだよね?」

「けど今のやりとりを見たら琴音さんがブラコンって感じだったな」

「どちらにせよあんなに綺麗なお姉さんに甘やかされるなんて⋯⋯妬ましいことだ」


 クラスメート達は琴音の行動を見て、何とかギリギリ俺はシスコンではないと踏みとどまってくれたようだ。しかし状況は良いとは言えない。

 ここはとっとと悟と握手をして、この場を離れたほうが良さそうな気がしてきた。


 そして俺の嫌な予感は的中してしまうことになる。

 なぜなら今度は妹のユズが現れたからだ。


「ど、どうしたユズ? ここは2年の教室だぞ?」

「お姉ちゃんから今日の夕飯の材料を買ってきてほしいと頼まれましたから、兄さん付き合って下さい」


 ユズは2年生の教室で知らない人ばかりなため、自宅では見せない優等生モードに入っていた。


「わかった。すぐに行くからちょっと待っててくれ」

「それじゃあ私、校門の所で待っていますから。早く来て下さいね、兄さん」


 ユズは照れた表情でニコッと笑顔を見せるとこの場を離れる。

 俺にとっては見慣れた光景であったが、どうやらクラスメート達は違ったようだ。


「えっ? 何? 今のリウトの妹!」

「すごく可愛い子だったわね。こう⋯⋯護りたくなるオーラを発していたわ」

「今の笑顔、凄く可愛いな」


 クラスメート達に取っては初見であるユズの登場に、ざわざわとざわめき始める。

 これはユズのことでクラスメートから質問責めに合いそうだ。すぐにでもここを離れた方がいいな。


 とりあえず悟との握手が途中だったので、俺は視線を自分の右手に移すが⋯⋯何故か悟は握手する手を右手から左手に代えていた。


「何故握手する手を代えたんだ?」

「それは決まっているだろ? お前に敵意を持っているからだ!」


 突然先程まで友好的だった悟が俺に対して殺意を露にしてきた。


「みんなのお姉ちゃんである琴音さんに甘やかされ、羽ヶ鷺学園の妹である柚葉ちゃんには兄さんと言われ笑顔を独り占めにする。そいつが敵じゃなかったら何て言うんだ!」


 お前さっき初めて柚葉のこと知ったはずだろ? それなのに羽ヶ鷺学園の妹って言う言葉がよく出てくるな。


 とりあえずこの危ない奴とは距離を取った方がいいかもしれない。

 それに俺の敵は悟だけではなさそうだからな。


「う~ん⋯⋯天城くんの今の様子を見ているとやっぱりシスコンなのかな?」

「でしょ。私間違っていないよね」


 クラスメートである佐々木さんの言葉にちひろが同意する。ちひろめ⋯⋯お前が俺の大事なものを姉と妹なんてことを言わなければ、こんなことにはならなかったんだぞ。後でおしおきが必要だな。


「このシスコン野郎が!」

「俺と代わりやがれ!」

「天城は生まれた時から勝ち組か? そんなこと神が許しても俺が許さねえ!」


 嫉妬に駆られた野獣達が、俺を痛めつけようと声を上げている。だがコト姉とユズのことで嫉妬されるのは予想出来たため、俺は既に危機を察知して教室から飛び出していた。


「くそっ! もう教室から逃げているぞ!」

「早く追いかけろ! 捕まえた者には10,000スコア進呈しよう!」


 悟め、スコアを使ってまで俺を捕らえるつもりなのか。初対面の男にどれだけ敵意を向けているんだよ。


 こうしてコト姉とユズの登場によって、俺は新年度早々クラスの男達の恨みを買い、教室から逃げ出すはめになるのであった。


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