第4話
祖父が言うには、井戸の脇にずぶ濡れで倒れていたらしい。救急搬送の結果は酸欠、しかし熱中症ではなく低体温症だった。
意識を取り戻した私は、潰れていく輸液のバッグを眺めながら彼の話をした。祖父は驚いたものの、口を挟むことなく最後まで聞き遂げた。そのあと枯れた手をさすりつつ、昔の話をしてくれた。
彼は祖父の伯父、私にとっては
そのあと井戸に蓋はしたものの、それ以上はもうどうにもできなかったらしい。埋めるのも壊すのも、あまりに悲しすぎたのだろう。
掠れた声で過去の痛みをなぞり、祖父は長い息を吐いた。兄と母親を一度に亡くした痛みは、曾祖父の心に大きな影を落としたのだろう。優しい人だったが最期まで笑ったことはなかった、と語る祖父の視線は何を見るでもなく、ぼんやりと宙を映していた。
――百年も、よう行かれんかったとは。
祖父は、下駄が落下の原因とは全く知らなかった。もちろん、片方を残して落ちたことなど知る由もない。私へ託された願いに頷き、買うてやらんとな、と力なく言った。
祖父は母には、熱中症と報告したらしい。医師はともかく母が相手では、色々とややこしくなると思ったのだろう。医師だって、祖父と旧知の仲でなければ「井戸に落ちたがどうやって出たのか覚えていない」なんて認めてくれなかったかもしれない。
夜、待合室の古びた公衆電話から掛けた電話には、母だけでなく父も出て来た。世話に行ったものが世話になってどうする、と尤もな意見を述べたあと、無事で良かったと溜め息交じりに漏らした。初めて聞く、悲痛な声だった。胸の棘はまた疼いたが、「悲しませるようなこと」は控えた。役に立たまいと荷物であろうと、私が消えて喜ぶ人ではない。もう一度詫びて、通話を終えた。
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