第614話 どうと聞かれても何と答えるべきか……。

 普通ならホスト・・・であるシュルツ団長が会話の糸口を作るところだろう。

 しかし、相手側には若手時代のであるマルチェルがいる。若干の気後れは否めない。


「こほん――」

「騎士という人種は魔法が嫌いなのかね?」


 のどの塊を取り除いて会話を始めようとしたシュルツを、無神経にぶった切るドイルだった。一切の忖度なく、デリケートな話題を正面から投げ込んだ。


「は? いきなり何を?」


 名乗りもせず質問をぶつけてきたドイルを見て、シュルツは目を白黒させた。失礼だと憤る前に、相手の意図が理解できない。

 理解できない動きをする未知の生物は、誰にとっても不気味だ。


「ええと、君はウニベルシタス教授の――ドイル、で良いのかな?」


 シュルツは手元の来客通知から目を上げて尋ねた。

 通知には3つの名前と肩書がある。マルチェルは旧知であり、女性はドリーだけ。残る1人が、この空気を読まない男ということになる。


「その通りだ。それで? 質問の答えを聞かせてもらえるかね?」


 自己紹介、社交辞令のやり取り――お会いできて光栄だとか、お元気ですかとか――をすべて切り捨てて、ドイルは知りたいことを聞く。


 マルチェルは居心地悪さに目をそらし、ドリーは顔を押さえて天井を見上げた。


 こんこんこん。


 シュルツが口を開こうとした瞬間にメイドがワゴンを押して紅茶を持ってきた。ドイル以外の3人は、救われる思いで肩の力を抜いた。


「うちの連れがせっかちで失礼しました。王立騎士団の団員の間で魔法を否定する意見が飛び交っているという評判が聞こえて来ましてね。ウニベルシタスのやり方に問題があるのだろうかと気になって、こちらまで調査に来たというわけです」


 紅茶を給し終え、メイドが退室したところで、マルチェルがドイルの質問を引き取って言葉を加えた。


「なるほど。そういうことか。質問の趣旨を理解した」


 シュルツはそう言って腕組みをすると、しばし瞑目して沈思した。


「うーん。わたしの知る範囲では心当たりがないな。団員同士での馬鹿話かもしれない。団員に直接聞いてみた方が早いだろうな」

「ここに呼んでもらえるかね?」

「わたしを疑っているわけではないのか?」


 シュルツが黒幕だった場合、同席させると団員に圧力をかけて答えを誘導するかもしれない。あるいは、シュルツの顔色を見て答え方を変えるという可能性もある。


 だが、ドイルは一向に意に介さなかった。


「どうでもいい。嘘をつかれても、介入されても構わないさ。すべての行動はたった1つの事実につながっている。目の前で質問に答えてくれるなら、どんな状況でも問題など皆無だ」


 天上天下唯我独尊。

 

 ドイルがギフトをフル稼働させれば、対象の脈拍、呼吸数、発汗度合い、視線の動き、表情筋の緊張、言葉の選択、口調の変化、音声の抑揚、強弱、身体言語など、すべてが情報の発信源となる。

 ドイルは客観的事実を探求する科学者だ。嘘をつかれれば、彼にとっては判断材料が増えるだけのことだった。


「こういう人間を連れてきてすみませんね。社交性というものが欠けていることを謝罪します。そこを無視してくれれば、実害はありません」

「そ、そうですか? それではアランを呼びましょう」


 怒りを通り過ぎて呆れる思いで、シュルツは副官を呼びつけてアランを連れてこさせた。


「お呼びでしょうか?」

「うむ。そこに座れ。こちらの皆さんからお前に聞きたいことがあるそうだ。自由に答えてよろしい」


 シュルツはアランを空いているソファーに座らせた。先ほどまで3人と一緒にいたアランは、何事だろうかとかすかに眉毛を動かした。


「質問はわたしからさせてもらいましょう。あなたは魔法についてどう考えていますか?」

「どうと聞かれても何と答えるべきか……。まあ、便利なものだとは感じているが」


 マルチェルがウニベルシタスを代表して質問を始めた。ドイルたちは頷き、聞き役に回った。

 アランの方はまだこの状況に対応できていない。何のための質問なのかもわからないまま、頭に浮かんだことを答えた。


 ウニベルシタスでの研修中に、アランたちは初歩の生活魔法を使えるようになっていた。ネロも自分も、魔法の素質を持っているなどとは思ってもみなかった。

 騎士団に入団すると平民出身者でも聖教会の祝福を受ける。眠っているかもしれないギフトや魔力を法王様に見定めてもらうためである。


 2人ともギフトと魔力、どちらも持たないと判定された。


 失望はなかった。平民としてはごく普通のことだ。体を鍛え、剣術の達人となって一流の騎士を目指そうと思った。


 ところが、ウニベルシタスでは誰でも魔法を使えるようになると言われた。最初は信じられなかったが、目の前にステファノという例があった。

 イドを実感できるようになってからは進歩が早かった。やがて魔核マジコアを練れるようになり、魔法を使えるようになった。


「騎士という仕事に魔法は役立っていますか?」


 マルチェルの質問が一歩具体的になった。


「騎士の仕事に、ですか?」


 アランは一呼吸間を空けて考える。騎士の仕事とは「戦うこと」である。


「直接は役に立たないかな? 練習すれば目くらまし程度には使えるかもしれない」


 闇の中「ともしびの術」を目の前で使うとか、「微風そよかぜの術」で土埃を飛ばすとか。敵の顔に水飛沫しぶきを浴びせてもいい。

 ちょっとでも気を散らしたり、視界を邪魔することができれば戦いが有利に運ぶだろう。


 だが、命を削り合う戦いの最中に魔核を練り、術式を構築する余裕があるだろうか? 魔法師ではないアランにはまったく自信がなかった。

 それくらいなら、相手の目に唾でもかけてやる方が手っ取り早い。


「それよりは、遠征や合戦時の野営に役立ちそうだな」


 火起こし、水くみが楽になるし、便所用の穴掘りにも魔法が使える。夜の明かりも困らない。

 役立つといってもその程度ではあった。


「騎士にとって魔法が邪魔になるということはありませんか?」

「うん? 別に邪魔にはならんでしょう。嫌いなら使わなければいいだけだし」


 結局のところアランにとって魔法とはその程度の存在だった。あれば便利だが、なければないで困らない。


「むしろ、あれだな。イドの制御こそ研修の成果と言うべきだろうな」


 初めてアランの声に力が籠った。

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