第613話 誰かに踊らされているのかも……。

「王立アカデミーとウニベルシタスの違いは、入学の間口を開いているかどうかだ」

「それ以外にも授業内容が違うと思うが」

「それは些細なことさ。授業内容なんて社会の需要次第で変わっていくものだからね。それよりも、入学資格に貴族家からの推薦2件を必要とするアカデミーが、圧倒的に閉鎖的だということ」


 ウニベルシタスでは初年度こそ貴族家からのを受け入れたが、それは入学志望者を募るためだった。運営が順調に立ち上がった現在、推薦は必要条件ではない。

 入学可否は試験成績によって判断していた。


「ウニベルシタス単体では受け入れられる学生の量は限られているからね。『教育の自由』を語るのは時期尚早かもしれないが――」


 大事なのは教育の機会が「外に開かれている」かどうかだと、ドイルは強調した。

 王立アカデミーの校風がどれ程闊達なものであっても、アカデミーは貴族と富豪が囲い込んだ箱庭に過ぎない。


「アカデミーは既存の社会システムを前提とし、それを維持する。精々、貴族階級と富裕層の勢力バランスが小競り合いを起こす可能性しかないだろう」


 富豪たちも貴族階級がなくなっては困るのだ。彼らこそが最大にして、最良の顧客なのだから。


「既存の秩序からはみ出す者は排斥されるようにできている。僕やネルソンのようにね」


 それは「法」でも「校則」でもない、暗黙のルールだ。秩序の内部にいる限り、そんなルールが存在することにさえ気づかない。


「どうやら騎士団の中に、『教育の自由』を快く思わない勢力があるらしい」


 それが問題の本質だとドイルは主張した。魔法への反発は表面的な現象に過ぎない、と。


「それがお前の見立てですか? 貴族たちが反発するというのはわかりますが、騎士階級に疎まれる理由がよくわかりませんね」

「そこは僕も不思議に思っている。騎士の大半は爵位を持たぬ平民だ。階級秩序の恩恵を受けているわけではないんだが……」


「誰かに踊らされているのかも……」


 マルチェルとドイルのやり取りを聞いて、ドリーがふと考えを漏らした。


「なるほど。頭が弱い騎士たちを裏からそそのかす奴がいるということか」

「ほう。それならありそうな話ですね」


 ドリーの思いつきに、残りの2人も同調した。


「とにかく明日シュルツ団長に会って、話を聞いてみましょう。団員の様子を見るには、訓練を見学させてもらうという名目で近づけばいいでしょう」

「そうだな。王立騎士団の訓練内容にはわたしも興味がある」


 ドイルだけは訓練見学に興味がなかったが、団員に接触する「口実」と言われて渋々同行することを納得した。


 ◆◆◆


 翌日、宿で朝食を済ませると、3人は王城に向かった。王立騎士団は王城の外壁に近い一角にある。

 前回はネロを案内役にしていたが、今回はウニベルシタスの3人だけで来ている。事前に使いを出して、騎士団長シュルツに面会の約束を取りつけていた。


 門衛にギルモア家の紋章を見せて約束を確認してもらい、入城の許可を得た。


「サポリの町にいながらにして王都に先触れができるとは。魔耳話器まじわきとはとてつもない代物だな」


 まだまだ一般に普及するところまではいかない魔耳話器まじわきだが、各町の公的機関や有力者には行き渡り始めている。

 王立騎士団シュルツ団長も魔耳話器まじわき配給を受けた一人だった。


 城門には騎士団からの迎えが待っていた。


「アラン、久しぶりですね」

「こんにちは、みなさん。ようこそ王都へ」


 3人を出迎えたのは、ウニベルシタスで研修留学を行ったアランだった。


「忙しい所に邪魔をしてすまない」

「気にするな。騎士団は人の出入りが多い所だ。来客や見学はいつものことだ」


 剣を交えて鍛え合ったドリーとアランは、互いに気兼ねなく言葉を交わした。

 体格でドリーに勝るアランだったが、剣を取って撃ち合えば3本の内1本取れるかどうかという力量差だった。


 魔法師でもあるドリー相手に剣技で及ばないのは悔しいと、在学中は随分とドリーに食い下がった。おかげで腕を上げていたが、ドリーも進化しているために追いつくことはできなかった。


 それでも根に持つところがないのは、アランの屈託ない性格ゆえだろう。


 ぽんぽんと互いの肩や背中をたたき合って、まるで男同士のようにその後の鍛えぶりを確かめた。


「積もる話は用事が済んでからにしよう。団長の所に案内するのでついて来てくれ」


 アランは笑顔で背中を向けて歩き出した。


(アランには魔法師に対して含むところがなさそうに見えますが……)


 ドリーとの隔意ないやり取りを見て、マルチェルは考えを巡らせていた。

 騎士団内部の「魔法嫌い」は、全体に広がっているわけではないらしいと。


(あれが芝居だとすると、まんまとしてやられていることになります。――アランに演技は無理でしょうがね)


 かつてジュリアーノ王子暗殺を企てる刺客をあぶり出そうと、アランに芝居をさせた時のことを思い出す。

 ひどい大根役者ぶりだったことを思い出して、マルチェルは笑いをかみ殺した。


「団長、アランです。よろしいでしょうか?」

「よし。入れ!」


 マルチェル以外の2人には初となる王立騎士団の兵舎。その中央付近にある団長室にアランは一行を導いた。


 使い込んだ机の後ろに座っていたシュルツが静かに立ち上がると、机の前に進み出た。

 

「久しぶりですな」

「これはご丁寧に」


 シュルツは一直線にマルチェルの前に歩み寄り、右手を差し出した。マルチェルはためらいなくその手を握る。


 互いに目の奥をのぞき込むような視線を交わした後、シュルツは3人にソファーを示した。


「どうぞおかけください。アラン、メイドに茶の手配を指示してくれ。そのまま下がってよし」

「はっ! 失礼します!」


 4人だけが残った部屋には「誰が会話の口火を切るのか」を探り合う、妙な緊張感が漂った。

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