第607話 それはそれで興味深い現象だね。
ドイルたちウニベルシタス一行は、
「僕としては滑空術という奴を体験してみたかったんだがね」
宿に落ち着いたドイルは若干残念そうに言った。
ドイルの部屋に、マルチェルとドリーが合流して翌日のために打ち合わせをしようとしていた。
「あれはそれなりに難しい。飛ぶだけなら我々にも何とかなりますが、お前を運んでとなると長時間は無理です」
イドで翼を創り出し、土魔法と風魔法を併用して推進力と揚力を得る。マルチェルでも真っ直ぐ飛ぶことは可能だが、空中機動にはセンスと経験が必要だった。
「わたしの方がマルチェルさんよりはましだと思うが、自在に飛べるとは言えないな」
若さを生かして「飛行時間」をそれなりに積み重ねたドリーでも、人を抱えて飛ぶのは無理だ。
もちろんドイル自身はまったく飛べない。土魔法を使って跳び上がることはできるだろうが、飛躍の頂点に達したら後は落ちるしかない。まったく訓練を積んでいないのだから当然の状態だった。
「ステファノはアバターを介して従魔の経験を共有できるからな。あれはいかさまに近い」
「ですが、その前に
マルチェルがドリーに釘を刺した。
「アバターか。あれも
ドイルの言う通りだった。あのヨシズミでさえギフトの進化は得たものの、アバターの解放には至っていなかった。
「ステファノだけの特殊な才能なのだろうか?」
「彼の言葉ではハンニバル師やサレルモ師にもアバターの存在を感じたようですよ?」
ドリーの疑問はマルチェルの補足によって修正された。「上級魔術師だけの特殊な才能が存在するのかどうか」という命題に。
「ヨシズミが元いた世界にアバターという概念はなかったそうだ。この世界特有の現象ということになるね」
獲物を見つけた猫のように、ドイルの瞳がぎらぎら輝く。
「ギフトそのものが存在しなかったそうだからね。随分こっちとは状況が違う」
「そうか。アバター以前にギフト自体がこの世界固有の特殊能力というわけだな」
舌なめずりしそうなドイルの様子に当てられながらも、ドリーは状況の特殊さを飲み込んだ。
「ギフトが鍵になるかもしれないのだな? すると、貴族がその鍵を握っていることになるか」
「まあね。今のところはという限定がつくが」
現時点ではギフト保持者の大多数は貴族階級に偏っている。その原因は「血統因子」だ。
ならば、同じように
「彼はどうなったでしょうか? マランツ師の弟子の……」
「ああ、ジロー・コリントか」
マルチェルの疑問に応えたのはドリーだった。彼女はウニベルシタスで剣術を指導する教官役を務めているが、魔法指導についても補佐を手伝っている。魔法科の事情に詳しかった。
「あれは随分実力をつけたはずだ。魔術の無駄を捨てて、魔法の合理性を受け入れるのに苦労していたがな」
一年間の在学で卒業し、王立アカデミーに復学したのだった。確か、その後首席で卒業したのではなかったか。
「だが、アバターを発現させたという話は聞かないな。やはり余程に難しいことのようだ」
「あいつはギフト持ちではなかったからね。サンプルとしては条件が足りない」
条件――貴族に生まれたギフト持ち――を言うなら、ネルソンやドイルの方が事例にふさわしい。その彼らにしてこれまでアバターの発現を見ることはなかった。
ステファノのケースが特殊なのか? ドイルは、かなり早い時期からステファノにアバターの発現が見られたことに注目していた。
「君の話では、アカデミー入学直後から彼にはアバターがついていたのだろう?」
「そうだ。ステファノ自身、『
元々は七色に魔力属性を当てはめたところから「虹」のイメージを利用したと、ステファノは語っていた。
しかし、その後瞑想法の練習中に魔物のように巨大な蛇と対話している。
「そうなると、
ドイルは2つの仮説を持っていた。
1つは、「ステファノのイメージ力が
2つめは、「ステファノは瞑想を通じて
「1つめの仮説は『思い込み』と言っているのと同じじゃありませんか?」
「強力な自己暗示と言ってもいいがね」
マルチェルにはどうにも信じられない仮説だった。
「アレの存在感は自己暗示などという生易しいものではない。わたしには何らかの『実在』であると感じられます」
「わたしもマルチェルさんに賛成だ。あれはこの世のものではない。だが、とてつもない力を持った『何か』だ」
観察系のギフト「蛇の目」を持つドリーは、
「実に面白いね。検討を進めるために、
ドイルはよだれを垂らしそうな顔をしていた。
「やはりイデア界の住人なのでしょうか?」
「それは浅はかだね」
マルチェルの思いつきを、ドイルはぴしゃりと否定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます