第606話 騎士たちがなぜ魔法を毛嫌いするのか?

「魔法に頼るのは正しいことなのか?」

「どうかしたのか、ネロ? 俺たちは騎士だが、使えるものは利用したらいいじゃないか」


 ネロが魔法に対して懐疑的になっている。そういう噂が王立騎士団の騎士たちの間に広がっていた。

 ネルソンたちウニベルシタス側にもその声は届いていた。しかし、特に問題はないと考え、放置していた。


「批判精神は健全なことだろう」


 教授会に当たる内部ミーティングで、ネルソンは騎士団内部の反魔法の動向についてそう評した。


「確かにね。僕の授業では物事を疑うことを教えているくらいだ。健全な批判なら大歓迎だね」


 ドイルもネルソンに同意した。


「その通りだとわしも思うが、最近どうも教室の空気が重くなっておる」


 首を傾げて懸念を表明したのは、魔法講師のマランツだった。

 騎士階級の間で魔法を邪道だとする派閥ができているらしいという。各地の騎士団から派遣されてくる生徒の一部にそのような思想が見られると。


「俺もそれは感じていました。魔法やイドの修業は剣技の上達の邪魔になるという生徒がいます」


 ステファノが自分の体験を述べた。


「なるほど。その意見にも一理はあるな。イドの鎧に頼ってしまえば、剣での防御が疎かになりかねない」

「それはわかる。したッケ、授業じゃ剣技の方サ優先してッペ?」


 ドリーの言葉にヨシズミが反論した。2人は剣術の指導を担当している。


 ある程度剣術のレベルが上がってから、イドの鎧を防御に取り入れるよう指導しているのだった。


「しかし、不思議だな。そもそもうちでは生活魔法しか教えていないだろう?」

「その通りです。魔術の素養を持って入学した生徒から魔視脳まじのうを覚醒させるケースが出てきましたが、その場合は対象の生徒を説得して禁忌付与具プロヒビターを使わせてもらいます」


 ドイルの疑問にステファノが答える。

 禁忌付与具プロヒビターは魔視脳にリミッターを書き込む魔道具だ。

 

「正当な理由ない限り生物を攻撃しない」


 その制約を魔視脳に付加する。そもそも悪人以外には制約とはならない条件である。

 普通は意味を納得すればリミッターの付与に同意が得られた。


「同意が得られない場合は『破門』だったな」

「はい。それ以降の在学は認めず、退学処分の上、ウニベルシタスは本人との絶縁を宣言します」


 厳しいようだが、「不当な目的のために攻撃魔法を使用する」と言っている人間と縁を持ち続けることはできない。ネルソン以下ウニベルシタスの総意として学則に定めた条件だった。


「となると不思議だな。騎士たちがなぜ魔法を毛嫌いするのか?」


 不合理を前にすると追求せずにはいられないドイルが眉間にしわを寄せた。


「深い意味はないのでは? 以前から騎士の間に魔術師を嫌う風潮はありました」


 かつて騎士の1人だったマルチェルが言った。


「うむ。わたしとしては我々と関わり深いネロがそのような言動を取っているというのが気になる」

「そうですね。彼の場合は『食わず嫌い』というのとも違うはずですね」


 ネルソンは批判を受けることに抵抗はないが、事情を知るはずのネロから否定的な意見が出ていることが気になっていた。そこに何かの事情が働いているのではないかと。

 マルチェルも不自然さを感じることは否定できない。


「一度王都に行ってみましょうか?」

「お前がか、マルチェル?」


 何か誤解があるなら早めに解いた方がいい。マルチェルはそう思い、王立騎士団を尋ねてみようと考えた。


「はい。王立騎士団長のシュルツ氏とは旧知の仲です。言いにくいことも言ってくれるでしょう」

「そうか。それでは任せる。仕事を調整して行ってきてくれ」

「おっと。その話、僕も乗らせてもらうよ」

「うん? お前も王都に行くのか?」


 マルチェルの王立騎士団訪問が決まりかけたところで、ドイルが話に割り込んだ。


「だって、気になるじゃないか。ルネッサンスの担い手は富裕層と下級貴族に騎士階級だ。騎士たちにウニベルシタスの評判が悪いとなると、放っておけないね」

「それは殊勝な心掛けですね。察するところ、お前が気になるのは『科学』の評判ではないかと思いますが」


 マルチェルが胡散臭そうにドイルを見下ろした。

 もともとドイルは魔術を毛嫌いしてきた。魔法については「特殊な自然現象」として科学との折り合いをつけているが、積極的な魔法肯定派とは思えない。

 騎士たちが魔法だけではなくウニベルシタス全般を否定することで、彼の大事な「科学」まで共倒れになることを恐れているのではないか。


 いかにも唯我独尊のドイルにふさわしい思考パターンだ。


「うーん。何だか心配です。俺がついていきましょうか?」


 マルチェルとドイルの顔色を見比べながらステファノが頭を掻いた。


「科学に関わることとなるとドイル先生が突っ走らないか心配です。魔法に詳しい人間が一緒に行った方がいいんじゃないですか?」

「ステファノの言うことにも一理ありますね。魔法のことで何か論争が起きても、わたしたちでは十分な回答ができないでしょうから」

「それならドリー女史に同行してもらおう。君なら騎士とも話が通じるだろう」


 ドリーは開校以来5年ウニベルシタスで修行を続け、魔視脳まじのう覚醒済みだ。今では上級魔術者並みの実力を身につけていた。騎士たちへの剣術指導は彼女が中心となって行っている。


「学長のお言葉に従います。――ドイル先生とステファノが雁首を揃えるとなると、悪い予感しかしませんから」

「まったくです。ふふふ……」


 ドリーとマルチェルは顔を見合わせて笑った。


「おいおい。君は随分と信用がないようだね、ステファノ」

「えぇ? 先生と一緒にしないでください!」


 まったくこたえていないドイルと、顔をしかめるステファノ。表情の対比を見て、ネルソンたちは笑い声を大きくした。

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