第596話 サレルモは「手加減」という縛りを投げ捨てていた。
「蛇の巣」
ステファノが静かにつぶやくと、円周状に
行き場をなくした熱は、空に向かう柱となって吹き上げた。
ドゴォオオーッ!
上昇気流が上空できのこの形に雲を作った。
「うわあ。やり過ぎでしょう。アレが当たったらさすがに死にますよ?」
「くっ! 貴様、一体何だというんだ!」
奥の手を完全に封じられてサレルモは感情をむき出しにした。
サレルモにはわかっていたのだ。
自分があの鏡の輪に囲い込まれていたら死んでいたと。
本気で命の取り合いをしていたら、いまごろサレルモは殺されていた。
(
ならば「体術」で倒すしかない。折れそうになる心を励まして、サレルモは走り出した。
上級魔術師である自分がこんなところで負けるわけにはいかない。
走り寄りながらサレルモはけん制の火球を連発する。その火球1発でさえ、威力は火魔術の最高クラスだ。
つまり、当たれば人を殺せる。
サレルモは「手加減」という縛りを投げ捨てていた。
(こいつが死ぬわけがない)
シヴァの業火さえしのぎ切った男だ。ただの火球など目くらましにもならないだろう。
「ピーッ!」
お返しとばかり、上空から雷丸が火球を飛ばしてくる。相変わらずこちらは威力を抑えたものだ。
それなのに微妙にタイミングと位置をずらして、サレルモの動きをかく乱してくる。
(従魔ごときになぜこんな知恵がある?)
歯噛みしながらサレルモは火球をかわし、はたき落とした。
サレルモ自身は気づいていなかったが、追い詰められた焦りから防御の動きが普段より雑になっていた。
轟!
ステファノを中心に爆発的上昇気流が円筒状に発生した。サレルモの火球は吸い上げられ、気流に巻き込まれて上空に撃ち上げられた。
(ちっ! 術が通らん!)
サレルモは術の狙いを前方の地面に変えた。
(飛び散れっ!)
ドドンッ!
土魔術を受けて、試合場の敷石が爆発した。敷石の破片が粉になった破片の尾を引きながら放射状に広がってステファノに迫る。
ステファノは表情も変えずに踏み込みを続けた。
格闘の間合いに入り、地面を踏みしめて正拳を出す。みぞおちに迫るステファノの拳に右手を添えて、サレルモは受け流した。そのまま戻す右手が攻撃になっている。
溜めのない刹那の返しなので、サレルモの反撃は手首から先での裏撃ちだ。拳さえ握り込んでない。手の甲と指先で相手の顔面をぱちんと叩きにいく。
顔を叩かれれば誰でも目を閉じる。その瞬間息が止まる。
それだけで逆襲の起動が一瞬遅れることになる。
その隙を突いて連打に移行するのが、サレルモの得意技だった。
ぬるっ!
それがサレルモの感触だった。ステファノの顔面を狙った裏拳は餅のような見えない塊に絡めとられた。
ステファノの両手がすぐにその手を捕まえに来る。
鉄壁の型なら敵の腕を取ったら投げに転じる局面だ。
「ジャン派捕縄術」なら、ここから関節技への展開がある。
サレルモは右腕にまとったイドを膨らませながら脱ぎ捨て、腕を引いた。ステファノの両手は置き去りにされるところを、逆にイドの鎧の内圧を高め、両手首をクロスさせてサレルモの右腕を押し下げる。
「
サレルモは慌てて薄くなっていた自らのイドを右手に送り込みつつ、間合いを取ろうと跳び下がった。
(チャンスだ!)
追撃の一手を繰り出そうとしたステファノは、刺すような視線を背中に感じて動きを止めた。
(何だ、この眼は?)
殺気ではないが、凍りつく敵意を感じる。ステファノがどう動くか、見極めようとしているようだった。
(見極められてる?)
どこまでできるのか? 弱点はどこにあるか? 値踏みする冷たい目が自分を見据えている。
ステファノは勝利への意欲を急激に失った。
サレルモ師の上級魔術「シヴァの業火」に返し技を見せたのはやり過ぎだった――。
ステファノは後悔した。
最初の術を受け損ねて火傷した。そこで負けを認めていれば良かった。
どうすれば技を返せるか、あれだけの高熱を術者本人はどうやってさばいているのか? それが気になって、つい術を写し取ってしまった。
ステファノは上級魔術を使いこなす。その事実を自ら認めてしまった。
4番目の上級魔術師として王国軍に組み入れられてしまうのか――。
(いや、まだだ!)
ステファノ自身は上級魔術を
目立ったのは最高出力の「白熱」を封じ込めた円形防御陣だけだった。
(防御と人まねが得意な術者ということにしよう)
サレルモ師から写し取った「真空と雷気の盾」――ステファノは「
実際には「真空」をイメージし、因果に落とし込むことが極めて難しい。気圧差を利用した窒息魔法を操るステファノだからこそついていける領域だったのだが。
勘違いがありつつも、ステファノは自ら負けにいく腹を決めた。
(よし、後は負けを認めるタイミングの見極めだ!)
接近戦に持ち込んで打撃の撃ち合いになれば、無理なく攻撃を受けるタイミングが見つかるはずだ。ステファノはそう考えて、嬉々としてサレルモの間合いに踏み込んで行った。
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