第572話 教わらずして真理に至る者を天才と呼ぶのだ。
「とにかく俺が生徒の得意属性を見極めればいいんですね?」
「できるか?」
「魔力視があるので」
ステファノにそう言われてもマランツは驚かなかった。それくらいは当然だろうと予期していた。
「属性がわかったら、生徒と魔力を共鳴させた状態で指導役がその属性の魔術を使って見せるのだ」
「なるほど。そうやって使用する因果の『場所』を示してやるんですね?」
マランツの説明はわかりやすかった。さすがに何人もの弟子を育ててきただけのことはある。
感心しながら、ステファノはこの方法の問題点に気づいていた。
「そうすると、生徒が手に入れる因果は指導役が使えるものに限られますね」
「その通りだ。したがって、『有能な指導者』の下につくことが人生を左右する一大事となる」
「それは……」
流儀間の争いが絶えないはずであった。流儀の良し悪しは指導者の質で決まる。
しかし、そうだとすると――。
「弟子は師匠を超えられないことになりますね」
精々師匠のコピーにしかなれないのが弟子の定めと言うことになる。
「普通はな。そこに天才が現れる。教わらずして真理に至る者を天才と呼ぶのだ」
お前のようにな、とマランツは心の中でつけ加えた。
「ああ。だから上級魔術師が生まれるのですね」
「彼らは特別な存在じゃ。上級魔術は学べるものではなく、彼らもまた他人に伝えようとはせん」
「上級魔術が広まったら、戦争の被害はとんでもないことになります」
戦争がなくとも人は人を殺している。こいつはそんなことも考えずに生きているのかと、マランツは
「上級魔術師が生まれる理屈はわかっておらん。恐らくギフトの恩恵だろうと言われておるがな」
「やっぱりそうですか。メシヤ流では『イデア界へのアクセス能力』が上級魔術師に必要な条件だろうと推測しています」
「お前たちはそのアクセス能力とやらを持っているわけだ?」
それが魔法という新しい技法を唱える彼らの秘密であろうと、マランツは推測していた。
(その秘密をジローのために手に入れねばならん!)
「はい。俺たちだけでなく、ウニベルシタスで学ぶものは遠からずその力を身につけることになります」
「何だと? 生徒の全員がか?」
「多分数年以内には」
あっけらかんと答えるステファノに、マランツは目を丸く見開いた。
「そ、それでは、国中に上級魔術師があふれるではないか!」
「極端に言うとそういうことです。あ、でも、生徒には『リミッター』の付与に同意してもらいますよ?」
「リミッターとは何だ?」
煙に巻かれた顔をするマランツに、ステファノはリミッターの何たるかを説明した。
「『正当な理由なく生命あるものを害さない』じゃと? その掟を脳に刻み込むというのか」
「簡単に言えばそういうことです」
「ううむ……。その掟では『狂人』を抑えることはできんな」
己が正しいと思い込んだ狂人は、
「そのリスクはあります。社会的なルールを守れない逸脱者にはイデアへのアクセスを禁ずることになるでしょう」
「その手段も持っているわけだな」
マランツが思った以上に、メシヤ流の力は大きそうだった。しかも、深い部分まで魔術的現象を理解し、技術応用していることが想像できる。
「当面は生活魔法に限定して教授し、その後はリミッターとやらで攻撃魔法の乱用を防止するというわけか」
「生活魔法が世の中に行き渡ったら、誰もが腹一杯食べられる世界になるでしょう。攻撃魔法など必要なくなると思いますよ?」
衣食足りて礼節を知る。そういう言葉があるそうですからねと、ステファノは嬉しそうに言った。
全員に行き渡る量のパンがあるなら、奪い合う必要はないのだ。
「ルネッサンスとはこの世を理想郷にする業か……」
魔法教授の準備を通じて、マランツはウニベルシタスが成し遂げようとしている事業の規模を理解し始めた。
それは途方もなく壮大なプランであり、人間の醜さを知り尽くした身からすると随分と理想主義に傾いていると思えた。
「そんなに難しく考えなくても……普通に飯さえ食えたら幸せでしょう」
ステファノにとっては「食」が幸福の基本指標だった。腹が一杯になれば悪いことをするやつはいない。ステファノの世界は平和で、わかりやすかった。
「人の心はそれほど単純なものでは……まあ、いいか。お前の言うことにも一理はある。世界に食を満たすだけでも一大事業なのだからな。それ以上多くを求めるのは無茶なことか」
ステファノの言葉に異を唱えようとしたマランツだったが、途中で気が変わった。この世から飢餓がなくなる。結構なことではないか、そう思ったのだ。
「……わかっています。食が行き渡っても、犯罪や悪人はなくならないだろうと。でも、食べられるだけでも今よりマシじゃありません?」
「そうだな。随分とマシな世の中になる気がする」
マランツは小さな理想を語るステファノがまぶしく感じられた。
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